目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話:知らない寝室

 シャツのボタンをはずしたり、革製チュニックの紐をほどいたり。

 レビヤタは、まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のように嬉々として獲物の服を脱がせている。


「可愛いサキを手放したのは少し惜しかったけれど、もっと良いものが手に入ったからヨシとしよう」


 そんなことを言いながら、レビヤタは抵抗できない獲物の唇を奪う。

 せっかく手に入れたサキを湖面に浮かべた理由は、私を釣る為だったようだ。


「勇者というのは正義感とか仲間を想う気持ちとかが強いそうだから、サキを壊せば君は1人でも攻め込んで来ると思っていたよ」


 喋ることもできない相手に、レビヤタは一方的に話している。

 サキの心を壊す溜めにの映像を見せたのか。

 私の中で怒りの感情が湧き上がってくるけれど、今は殺気を悟らせてはいけない。

 レビヤタは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、脱がせた衣服を傍らに立つ使用人に差し出した。


「これは処分しておいてくれ」

「畏まりました」


 服を手に、使用人はその場から立ち去った。

 レビヤタは邪魔な衣服を取り除いた獲物を抱え上げて、建物の中へと歩いていく。 


「お客様のために、部屋を用意してあるんだよ」


 言いながらレビヤタが獲物を運び込んだ場所は、ゲームの絵コンテでは見たことがない部屋だった。

 そもそも、主人公がレビヤタに捕らわれるエピソードなんて無いから。

 レビヤタがサキよりも主人公を気に入るなんて展開は存在しなかった。

 全エピソードを知る私には、それが異常なことに思える。


「ほら、見てごらん。最高級の寝具を揃えたんだ」


 部屋の中には、貴族の令嬢の寝室かと思うような天蓋カーテン付きベッドがある。

 サキが弄ばれたベッドは水色を基調としていたけれど、こちらは天蓋の外側に真紅のベルベットが使われていた。

 こんなときでなければダイブして転がってその上質な寝具を堪能したいところだけど。

 今はそれどころじゃない。


「さて、君が気持ちよく眠れるように、快楽をあげようか」


 天蓋カーテンをめくり、ベッドの上に獲物を寝かせて、レビヤタが怪しく微笑む。

 そっと閉じられた天蓋カーテンの外で、私は隠密スキルを使いながら、彼に大ダメージを与えるときを待っていた。


 ……つまり、レビヤタが捕らえた【獲物】は私じゃない。


 私はあるものを身代わりに、難を逃れていた。

 それこそが、レビヤタにとって致命的な一撃となるもの。


「君に彼氏はいるのかな? まあ、いたとしても二度と会えないけどね」


 天蓋カーテンの向こう側、ちょっと息を乱したレビヤタの声が聞こえる。

 見なくても、何をしてるか大体分かるけど。

 そろそろいい頃かな?


「さあ? そいつの恋愛事情なんか知らないわ」

「なにっ?!」


 私はわざと大きな声で言ってやった。

 レビヤタが驚いた声と、ベッドが軋む音が天蓋カーテンの中から聞こえる。

 カーテンが揺れて、呆然とするレビヤタが顔を出した。


「いつの間に……」

「お姫様抱っこされた直後に入れ替わったのよ」


 思考がフリーズしかかりながら、レビヤタが問う。

 私は涼しい顔でかなり前から入れ替わっていたことを告げた。


「そういえば、抱き上げた直後に少し重くなったが……。身体の力が抜けたからではなかったのか……」

「あんたみたいな変態の家に、私が何も準備せずに1人で来ると思った? それなりに仕込みはしてきたのよ」 


 ファーが得意とする回避スキルの1つ、【空蝉の術うつせみのじゅつ】。

 自分と別のものを入れ替えて、危険から逃れるスキルだよ。

 私はレビヤタに抱き上げられる瞬間、身代わりにした奴と入れ替わって隠れていた。


「薔薇の香りで動けなかった筈だが……?」

「私はそういうのが効きにくい体質なの。一瞬かかってもすぐ効果が切れるわ」


 私は根性値が高いおかげで、状態異常からの回復が早い。

 高度な状態異常系でも、効くのはほんの2~3秒くらいなの。

 薔薇の香りでフラッとしたけれど、レビヤタが抱き上げた時点で治り始めた。


「ところで、見て? あなたが私と間違えて抱いた奴を」

「? ……なっ?! ゴ……ゴブリン……だと……?」


 私に言われて、レビヤタは天蓋カーテンの間から出していた顔を引っ込めて内側を確認する。

 途端に、彼は驚きに引き攣った声を上げた。


 レビヤタが私だと思っていた者。

 服を脱がせて、お姫様抱っこで寝室まで運んで、行為に及んだ相手。

 それは、この世界で最も醜いといわれる魔物ゴブリンだったの。


「ゴブリンって異種族を相手にしても受胎するらしいね。パパになれたかもよ?」

「グヒッ?」


 ゴブリンはここに来る途中で見つけて、後頭部殴打で気絶させた奴。

 レビヤタにいろいろされてる間に気が付いてたみたいだけど、好みの相手だったらしく無抵抗でされるがままになっていた。

 私たちが話してるのが自分のことだと分かったらしく、相槌を打ってくる。


「そ……ん……な……」

「グヒッ? グヒグヒッ?!」


 掠れた声が天蓋カーテンの向こうから聞こえた後、ドサッと倒れる音がした。

 ゴブリン女子が心配してるっぽい声も聞こえる。

 レビヤタは、美しくないものの身体を貪った現実が受け入れられなかったみたい。


(……どうなったかな……?)


 私は天蓋カーテンを少しめくって覗いてみた。

 灰のように白く枯れ果てた男が、ベッドの上でうつ伏せに倒れている。

 美にこだわる潔癖症の彼は、強い精神ダメージを受けてブッ倒れた。

 ゴブリン女子が、心配そうにその身体を揺すっているのが見えた。


 レビヤタは物理ダメージや属性ダメージが効きにくい。

 それは、【快楽】という特殊なパッシブスキルを持つから。

 痛みを快感に変えることで、レビヤタはダメージによる生命力の低下がないという。


 サキとの絆スキル【聖なる慈雨】なら、痛みではなく浄化なのでレビヤタを倒せるけれど、今は使えない。

 だから私は、レビヤタにトラウマ級の精神ダメージを与えて再起不能にしてやったの。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?