レビヤタを倒した後、天界へ帰ってみると、なんだか騒然としていた。
天使たちが手分けして何かを探しているような?
低木の茂みをかき分けたり、建物の陰を確認したり、井戸を覗き込んだり。
天使たちの中にはミカとファーもいる。
私は彼等に話しかけてみた。
「どうしたの?」
「ヒロ! レビヤタを倒したんだね」
「そうか。だからサキの意識が戻ったんだな」
ファーは私の姿を見た途端、レビヤタ討伐成功を察してくれた。
ミカの言葉から、眠り続けていたサキが目を覚ましたことが分かる。
けれど、良い報せだけじゃなかった。
「サキ、目を覚ましたの? 会いに行ってくる!」
「って、サキの居場所が分かるのか?」
駈け出そうとする私を、ミカが引き留めて訊く。
意識が戻ったことは分かっても、居場所を知らないってどういうこと?
「ウリの家の客室に寝かせていた筈だけど」
「そこにはもういない。サキが目を覚ましたことに気付いたウリが、飲み物を用意している間に部屋の中から失踪してしまったんだ」
「え……?」
「それで今、みんなでサキを探しているんだよ」
「ウリが自宅付近を捜しているから、ヒロも行って手伝ってやってくれ」
状況が分かった私は、ミカたちに頷いて駈け出した。
◇◆◇◆◇
ウリの家。
玄関前まで来ると、ノックする前に慌てた様子のウリが飛び出してきた。
「サキ?! ……あ、ヒロか」
いなくなったサキが帰ってきたかと思ったみたい。
ウリが慌てているところなんて初めて見たかも?
「ヒロ! 大変だ! サキがいなくなった!」
「さっきミカたちに聞いた! いなくなる前はどんな様子だったの?」
「声をかけても答えず、ボーッとしていたな」
改めてサキ失踪を告げるウリに、私は目を覚ました直後のサキの様子を聞いた。
呼びかけに反応しなかったりボーッとしたりしていたのは、まだショックから立ち直れていなくて心を閉ざしているからかもしれない。
サキは何故いなくなったの?
セキュリティが高いウリの家に、サキを攫う侵入者が来ることはありえないし。
それに、天界は聖なる波動、光の力が濃い場所だから、魔族や魔物は入れない。
レビヤタのような堕天使も、堕天で翼が黒く染まった時点で天界には入れなくなる。
立ち入れるのは天使と勇者と聖者くらいかな。
そんな天界の、セキュリティトップクラスの家からサキが攫われるわけがない。
「おそらく、目覚めて自力で何処かへ行ってしまったようだ」
「もしかして自分の家へ帰ったとか? ちょっとサキの家を見てくる!」
「では私は、サキがいつも気にかけて浄化しに行く水辺を見回ってこよう」
私とウリは、それぞれサキが行きそうな場所を確認してみた。
サキは、自宅には帰った形跡が無かった。
神殿にも来ていないらしい。
天界でサキが行きそうなところを見て回ったけれど、誰も見かけていないという。
サキ、どこへ行ったの?!
念の為、ヨブ湖も見に行ってみた。
聖なる慈雨で清められた湖は、底が見えるほど澄んでいる。
周囲を探してもサキはいない。
主が倒されたので無人となった海辺の屋敷も行ってみた。
屋敷の中や白薔薇に変わった薔薇園がある庭園を見回ったけど、誰もいない。
使用人の青年もどこかへ行ってしまった。
サキ、せっかく敵を討ってきたのに……。
心当たりを全て探したけれど、目撃者もサキがいた痕跡も見つからない。
私はションボリしながら、天使長ルウのところへ行った。
「ヒロ、準備はしておいた。すぐ捜索に出られるよ」
ルウは既に状況を把握していて、捜索隊を天界の外へ派遣する準備を整えていた。
捜索隊の中にはウリもいる。
「すまん。ヒロが帰ってくるまでサキを護ると約束したのに……」
「ウリが悪いわけじゃないよ。まさかサキが黙っていなくなるなんて思わないし」
ウリは責任を感じるらしく、私に謝ってくる。
私は彼が落ち込み過ぎないように慰めながら、サキ失踪の理由を考えた。
貞操を穢された精神的ダメージで正気を失ってフラフラと何処かへ行ってしまった?
絶望して自死の選択をして、死に場所を探しに行った?
……とにかく、早く見つけないとサキが危ないと思う。
こんな分岐、知らない。
サキのボスイベントは、シナリオがかなり変わっている。
元からあるバッドエピソードの分岐では、レビヤタに殺される流れはあっても、サキが発狂したり自殺したりなんてシナリオは無かった。
レビヤタを倒したらイベントクリアじゃないの?
これ、まだ続いてるの?!
◇◆◇◆◇
サキ以外の四大天使を含むメンバーと、上位~下位まで入り混じった天使たち300人と、私を加えたサキ捜索隊が組まれ、天界と人界を探し回る。
正気を失い彷徨っているなら、目撃者がいてもおかしくない。
でも、天使たちも人間たちも、水色の髪の天使を見かけていないという。
考えたくないけど、もしも自ら命を断つようなことがあれば、遺体が見つかる筈。
でも、サキの遺体はどこにも無い。
恐る恐る、私はステータスウィンドウを開いてみた。
攻略対象リストには、表示が暗く文字やハートが灰色だけど、サキの名前が残っている。
絆スキルも使用不可と表示されたまま残っていた。
既に世を去っているなら、そこからサキのデータは消える筈。
つまり、今はまだ生きているということ。
この分岐は、ゲーム制作段階では存在しなかったもの。
だから私は、サキが失踪してどこへ行ったか全く分からない。
「失踪してしまうなんて、サキは一体どうしたんだ……」
僕と並んで飛翔しながら、ファーが困惑気味に呟く。
残る中ボスイベントはファーのエピソードだけだ。
これまでの例から好感度関係なくいつ発生してもおかしくないので、私はファーと行動を共にしている。
(落ち着け私、動揺したままじゃ誰も護れない!)
気を引き締めた直後、私は敵の攻撃に気付いた。
こちらめがけて魔法攻撃を放ってくる奴がいる!
私は範囲型の盾スキルでそれを防いだ。
盾スキル:
飛んで来た敵の攻撃魔法も風属性だった。
その風攻撃魔法の使い手を、私は知っている。
「へえ、君が四天王を次々に倒している勇者か」
声と共に姿を現したのは、風を操る最後の四天王フェイオ。
しかしその傍らに、公式ガイドにもアフレコ台本にも載っていないキャラが一緒にいる。
黒い髪、黒い瞳、黒い翼。
肌は白く、顔立ちはお人形のように整っていて可愛らしい。
翼は無く、フェイオにお姫様抱っこされていた。
「……嘘……何故?!」
「ファー?! 何に驚いてるの? 敵の精神攻撃なら負けないで!」
その子供を見た途端、ファーが動揺し始める。
敵の幻覚や精神攻撃かと思った私は、ファーの手を握って励ました。
「精神攻撃なんてしてない」
私の言葉を否定するのは、フェイオに大人しく抱かれている黒髪の子供。
そのCVが誰か、私にはすぐ分かる。
神崎コージさんの少年ボイスだ。
(え? コージさんそんなキャラ演じてた? っていうか、美少年系の敵キャラいたっけ?!)
私はファーとは別の方向で驚いてしまった。
驚きは更に増える。
「ここはボクに任せて、サキ様は魔界へ向かって下さい」
「「?!」」
私とファーは、フェイオが抱いている子供に話しかける名を聞いた途端、声も出ないほど驚いた。
サキ様とか言った?!
黒髪の子供はよく見れば、女の子みたいな顔立ちはサキに似ている。
声も子供の姿になったサキっぽい。
でも……
なんで?
どうして?
「ダメだ! 堕ちるな! サキ!」
「ごめんね。もう遅い」
必死で叫ぶファーに対して、黒髪になったサキは無表情で感情が死んだような声で答える。
翼の無い黒髪の子は、フェイオが指先でスイッと作り出した魔法陣を迷わず通って姿を消した。