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あなたを神にします
あなたを神にします
四森
BL現代BL
2025年07月16日
公開日
9,584字
連載中
【スタッフ】  原案協力・ちゃむ  執筆・四森 【あらすじ】  僕、鴻巣涼介(こうのす・りょうすけ)は、大学で一人も友達が出来ないでいる。そんなある日、ふとしたことから出会った同級生、神森貴之(かみもり・たかゆき)と親しくなる。神森のカリスマ性にほれ込んだ、僕は・・・

第1話 出会いは図書室で


 大学二年といえば、一番遊べる時期だ。


 僕は入学した年にいきなり体調不良でつまづいて一年休学したから、みんなよりも一足お先にハタチを迎えていた。

 これからハタチになってゆく同級生からしたら、僕は先にハタチになった先輩だ。もっとも、一年休学していることや、年上なことはみんなには言わないでいる。

 いや・・・

 それを言うべき相手もいない、と言ったほうが正しいかもしれない。僕には友人と呼べる者がいない。

 なんとなく、そうなのだ。僕はSNSのたぐいをやっていない。入学したときには、もうみんな入学式よりも先に「これから◯◯大の新入生になる」という共通事項を手掛かりに繋がっていた。おまけに、休学までしたから、完全孤立こりつ状態ってわけ。


 ※


 だから、僕は大学の図書室にいる。

 二年生だ。入学して安定し、就活にはまだ早い。飲みに行ったり、合コンしたり、サークル活動にいそしんだり、就職の時に有利になるようなボランティア活動に精を出せばいい。

 でも、僕には、それが出来なかった。せいぜい、髪を茶色に染めるくらい。ツーブロックで、なんとなく雰囲気を出すために、黒縁くろぶちの昔風のメガネをかけている。身長は百八十はある。

 みんな、ハタチになる前から酒やらタバコやらをやるから、身長の伸びが停滞ていたいしてしまうものであって、高校生以降も本来であれば、身長は伸びるはずだというのが、僕の持論だ。

 実家から大学に通っていて、両親は小金持ち、だからアルバイトもしない、そして特に推し活もしていない、となると大学の図書室に入りびたるくらいが関の山だ。

 つまらない、大学生生活だと僕自身も思う。けれども・・・よそう。愚痴ぐちを言っても始まらない。


 僕は図書室のテーブルで、村上春樹の『1973年のピンボール』を読んでいた。文庫版ではなく、なぜか単行本版がうちの大学の図書館にはあった。

 僕のテーブルには四つ椅子があって、僕が座っているだけ。というか、そもそも、他のテーブルやらカウンター席やらも、読書にいそしむ学生の姿なんかほとんど見あたらない。高校の学級委員長みたいな髪の長いメガネの女子が、なにやら難しそうな本を読んでいる。そんなのが、チラホラ。その程度だった。この、混み合っていない閑散かんさん具合も、僕を図書館に入り浸らせる理由の一つであった。混んでいるところが嫌い。

 電車でも、映画鑑賞でも、野球観戦でも、必ず端っこの席に座る。そして、隣に人が来ると、心の中で舌打ちをする。人とはあまり近くなりたくない、それは物理的にも、心理的にも。

 そんなことを思っていたせいか、マーフィーの法則じゃないけれども、僕の思念しねんが何かを引き寄せたのか、隣に誰かが座ってきた。

 心の中で舌打ち。ほか、これだけ空いてるんだから、他の席にいけよ、と内心毒づく。

 それを相手に気取けどられないように、僕は村上春樹の小説に集中しようとした。

 すると、「ねえ」と耳元で声がした。隣の席の人が話しかけてきていたのだ。

 図書館なので、彼は僕の耳元でささやく。それが、くすぐったくもあり、でも、不思議とあんまり嫌な気分はせず、むしろちょっとドキドキしたくらいだ。

「はい?」

 そう言って僕は彼のほうに一瞥いちべつをくれる。


 彼は童顔だった。そして、眉毛まゆげが男性ホルモンの象徴みたいに濃く、しかもボーボーに生えているというよりは、ちゃんと整えて、濃い眉毛にこだわっているみたいな。黒髪で裸眼かコンタクト(まさか、レーシックってことはないだろう?)の整った顔立ちのスタイルも良い男がいた。


「村上春樹好きなの?」彼は聞いてきた。

「う、うん……。『世界の終わり』とか『海辺のカフカ』あたりは読んだけど、ちゃんと他のも読もうと思って」

 こんなに義理堅ぎりがたく返事をする必要もないのだろうけれど、性格が出てしまう。

「それは、村上が二回目に芥川賞の候補になった時の小説だね」

「そうなんですか?」

「うん。結局、『風の歌を聴け』と『1973年』で2回、芥川賞候補になったけれど、受賞できず、編集者に「もう、芥川賞はない」と言われたらしい」

「へ、へえ・・・」

 僕としては、そこまで村上春樹に肩入れしているつもりはなかった。

「今だったら、5回も6回も候補になる、なんて、あるんだけどね、芥川賞。その時代は2回逃したらもうチャンスはない感じだったらしい」

「それは、残念だったですね」

「そうともいえない」

「へ?」

「それから、村上は短編とか中編じゃなくて、長編小説に移行した。特に『羊をめぐる冒険』。ワイルド・シープ・チェイス。これが、世界で評価された。そこから村上の快進撃かいしんげきの始まりさ。でも、もし、今みたいに芥川賞が何回も候補になれるようだったら、村上は短編から卒業できてない可能性がある。それが、難しいところだね。結局、村上は芥川賞なんか凌駕りょうがする作家になった」

「は、はあ」

 彼はいきなりボールペンを取り出し、僕が開いていた単行本のページに文字を書き始めた。


 神 森 貴 之 


 そう彼は書いた。


「俺は神森かみもり貴之たかゆき。君は、鴻巣こうのす涼介りょうすけだろ。よく観察してたんだ。君はだいたいいつも一人でいる。友達になってあげるよ」

「そ、そんなことより、図書館のものに書き込みしちゃダメですよ」

「いいんだよ。このくらい。器物損壊きぶつそんかいってか?こんくらいじゃ、僕を捕まえることなんて出来ない。僕は自由さ」


 なんだろう。ひどく、僕はこの男にかれる。もしかしたら、僕は神森貴之というその名前を生涯の宝物とする、そんなような心持ちがした。

 もしくは、近距離で話されたことと、彼の奇行をドキドキと錯覚しただけかもしれない。

 けれども、最高の後期が始まろうとしている。そんな予感やら確信やらめいたものが、僕の心に停滞し、なかなか動こうとしない。


【つづく】

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