大学二年といえば、一番遊べる時期だ。
僕は入学した年にいきなり体調不良で
これからハタチになってゆく同級生からしたら、僕は先にハタチになった先輩だ。もっとも、一年休学していることや、年上なことはみんなには言わないでいる。
いや・・・
それを言うべき相手もいない、と言ったほうが正しいかもしれない。僕には友人と呼べる者がいない。
なんとなく、そうなのだ。僕はSNSの
※
だから、僕は大学の図書室にいる。
二年生だ。入学して安定し、就活にはまだ早い。飲みに行ったり、合コンしたり、サークル活動にいそしんだり、就職の時に有利になるようなボランティア活動に精を出せばいい。
でも、僕には、それが出来なかった。せいぜい、髪を茶色に染めるくらい。ツーブロックで、なんとなく雰囲気を出すために、
みんな、ハタチになる前から酒やらタバコやらをやるから、身長の伸びが
実家から大学に通っていて、両親は小金持ち、だからアルバイトもしない、そして特に推し活もしていない、となると大学の図書室に入り
つまらない、大学生生活だと僕自身も思う。けれども・・・よそう。
僕は図書室のテーブルで、村上春樹の『1973年のピンボール』を読んでいた。文庫版ではなく、なぜか単行本版がうちの大学の図書館にはあった。
僕のテーブルには四つ椅子があって、僕が座っているだけ。というか、そもそも、他のテーブルやらカウンター席やらも、読書にいそしむ学生の姿なんかほとんど見あたらない。高校の学級委員長みたいな髪の長いメガネの女子が、なにやら難しそうな本を読んでいる。そんなのが、チラホラ。その程度だった。この、混み合っていない
電車でも、映画鑑賞でも、野球観戦でも、必ず端っこの席に座る。そして、隣に人が来ると、心の中で舌打ちをする。人とはあまり近くなりたくない、それは物理的にも、心理的にも。
そんなことを思っていたせいか、マーフィーの法則じゃないけれども、僕の
心の中で舌打ち。ほか、これだけ空いてるんだから、他の席にいけよ、と内心毒づく。
それを相手に
すると、「ねえ」と耳元で声がした。隣の席の人が話しかけてきていたのだ。
図書館なので、彼は僕の耳元でささやく。それが、くすぐったくもあり、でも、不思議とあんまり嫌な気分はせず、むしろちょっとドキドキしたくらいだ。
「はい?」
そう言って僕は彼のほうに
彼は童顔だった。そして、
「村上春樹好きなの?」彼は聞いてきた。
「う、うん……。『世界の終わり』とか『海辺のカフカ』あたりは読んだけど、ちゃんと他のも読もうと思って」
こんなに
「それは、村上が二回目に芥川賞の候補になった時の小説だね」
「そうなんですか?」
「うん。結局、『風の歌を聴け』と『1973年』で2回、芥川賞候補になったけれど、受賞できず、編集者に「もう、芥川賞はない」と言われたらしい」
「へ、へえ・・・」
僕としては、そこまで村上春樹に肩入れしているつもりはなかった。
「今だったら、5回も6回も候補になる、なんて、あるんだけどね、芥川賞。その時代は2回逃したらもうチャンスはない感じだったらしい」
「それは、残念だったですね」
「そうともいえない」
「へ?」
「それから、村上は短編とか中編じゃなくて、長編小説に移行した。特に『羊をめぐる冒険』。ワイルド・シープ・チェイス。これが、世界で評価された。そこから村上の
「は、はあ」
彼はいきなりボールペンを取り出し、僕が開いていた単行本のページに文字を書き始めた。
神 森 貴 之
そう彼は書いた。
「俺は
「そ、そんなことより、図書館のものに書き込みしちゃダメですよ」
「いいんだよ。このくらい。
なんだろう。ひどく、僕はこの男に
もしくは、近距離で話されたことと、彼の奇行をドキドキと錯覚しただけかもしれない。
けれども、最高の後期が始まろうとしている。そんな予感やら確信やらめいたものが、僕の心に停滞し、なかなか動こうとしない。
【つづく】