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第2話 大日本東京散歩倶楽部


 僕、鴻巣こうのす涼介りょうすけ神森かみもり貴之たかゆきは、暇を持て余していた。


 大学二年生の後期こうきが始まったばかりで、まだまだ残暑ざんしょが厳しい・・・なんてレベルじゃなく、灼熱しゃくねつの中にあった。

 そんな僕らはコンクリートジャングルの上で、太陽光と地面に照り返った反射光を受けながら、散歩をしていた。

 僕が、隣を見ると、百八十センチ近くあるぼくよりも神森は身長がちょっと小さく、百七十あるかないかくらいだろうか。

 彼の持ち味の童顔どうがんあいまって、女子たちには人気らしい。彼のことを「推し」と称する女子同級生もいるらしく、みんな身近なところの推し活にはげんでいるらしい。

 神森のほうでは、特に女子から向けられた好意こういあつこたえるわけでもなく、塩対応しおたいおう一貫いっかんしているとのうわさだ。


 僕たちは、東京を歩き回って、何かちょっとした立ち飲み屋を発見したらそこで、くだを巻くということをやり始めた。


 はやく、立ち飲み屋が見つかればいいけど。

 大学が御茶ノおちゃのみずにあるので、靖国やすくに神社じんじゃや皇居なんかには、わりとすぐ出られる。浜離宮庭園なんかのほうにも・・・

 歩こうと思えば、僕たちはどこまでだって歩くことが出来た。


 まだ、散歩もとい徘徊はいかいの真っ最中だった。


 神森が口火くちびを切った。いつも、何かを仕掛けるのは神森のほうだ。

「俺たちは、大日本だいにっぽん東京散歩倶楽部くらぶだ」

「だー、にっぽ、さんぽ、くらう?」

「大日本東京散歩倶楽部だよ、ノッス」

 僕は苗字の鴻巣をもじって、「ノッス」と呼ばれていた。僕も仕返しに、神森のことをもじって、「ミモリ」と呼んでいた。

「だいにっぽんとうきょうさんぽくらぶ?」

 オウム返ししか出来ないのが情けない。でも、この残暑の中では頑張がんばって頭を回転させているほうだと思いたい。

「そう。読売よみうりジャイアンツは、もともと発足当初、大日本東京野球倶楽部という名称だった。だから、俺たちも、こうやって散歩にいそしんでるわけだから、大日本東京散歩倶楽部ってわけさ」

「うーん。その、なんとか野球部がジャイアンツになったってことは、僕たちもいつか進化しんかげるわけ?」

「どうたろうな。あるいは、退化たいかかもしれないが」

「ウォーカーズ、とか、どう?歩く人たちだから、ウォーカーズ」

「ノッス。君の意見は採用だ。大日本東京散歩倶楽部、通称ウォーカーズ、これで決まりだよ」

「でも、どこかに届け出をするとかじゃないんだから」

「ノッス。無粋ぶすいだなあ、君は。僕たちが、そう自分たちのことをそう思い、そして、人に聞かれたら、僕たち、こういうものです、といつでも言えるようにしておくことは大事だよ」


 少し、歩く。Googleマップを開くまでもないが、秋葉原あきはばらだろうか?御茶ノ水から秋葉原は直線距離でいうと近いので、だとしたらえらく遠回りをしたことになる。


 ようやく、僕たちは立ち飲み屋を見つけ、入った。せっかく散歩をしているから、腰をえたいところだけれど、立ち飲み屋だから座れない。・・・かと思いきや、椅子のある立ち飲み屋がある場合もある。今回、ビール瓶のケースを逆さにしたようなものを椅子として、僕たちは席に落ち着くことが出来た。


 安いビールで乾杯をする。僕たちは喫煙者ではないので、ニコチンに支配されることはない。

「ミモリくん」

「なに?」

「なんか、色々詳しいよね」

「はあ?」

「いや、村上春樹のこととかさ、ジャイアンツのこととか」

 神森は顎に手を当て、首を傾げた。

「どうだろうな。知識はかたよっていると思うが。色々、興味があるんだ」

「たとえば、他に興味のあることは?」

「そりゃ、もちろん、君だよ。ノッス」

「ぼく?」

「そう。大学一年の時に休学した真相も謎だし、どうやら友達も彼女もいないみたいだ。講義にはちゃんと出てて、特に単位が危なそうとかそういう話も聞かない。アルバイトやサークル活動をするでもなく、こうして俺とぶらぶらしている。最高の興味の対象だ。いや、興味を持ったから、俺は君とぶらぶらしているのか?うん。まあ、そんなところだ」

「なんか、よく喋るよね。ミモリくんって。将来、政治家にでもなるの?」

「なれるかどうかは、別だけど、そもそもなるつもりはない」

「いいじゃん。政治家。選挙の時だけ頑張れば、あとは楽そうだよ」

「まあ、そうでもない。議員というのは立法りっぽうの立場だ。だから、国会で居眠りこいているだけかと思いきや、法律の作成やら改正やらをする。そして、委員会というものもある。ここで、質疑をしたり、官僚かんりょうたちを手なずける、あるいは、対立する・・・。まあ、ただ、俺はそんなものに興味がない」

 二人の間に沈黙がおりた。

 神森がまた口を開いた。

「聞けよ」

「うん?」

「なんで、政治家になるつもりがないのか、聞けよ。俺のことに興味ないのか?」

「あ、あぁ・・・ごめん。なんで、政治家にならないの?」

「そりゃあ、小説家とかのほうがまだマシだからだ。なぜかというと、小説なんか、読んだ人の心を軽くするあるいは重くする程度の影響しかなく、世の中のためになっているとは言いがたい。しかしだねえ、ノッスくん。政治がこの点に関しては、議論の余地がある。本当に政治が役立ってる?そもそも役立つとは何か?政治は人々の役に立っているみたいな顔をしてるだろ。それを踏まえたうえで、はじめから何の役にも立たないことがハッキリしている小説のほうがいさぎよい。なんか、俺ばっかり喋ってるみたいだな」

 僕は神森の言葉を真剣に聞いた。講義で教授やら、講師やらが発する言葉はすべて忘れていいような気がした。

 神森の言葉だけ覚えていればいい。

 神森だけが真実を語っているように、僕には思えた。


【つづく】

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