東京 散歩
だが、ある日、神森が、立ち飲み屋でいつもよりも激しいペースで酒を飲み、
その日は、
テキトーにベンチに腰を落ち着かせ、僕は神森に言った。
「別に、文句とかじゃないし、問いただしたいわけでもないんだけどさ」
神森はちゃんと僕の言葉を聞いているのか分からないけれど、「なんだよー。言いたいことがあるなら、言ってみな?かかってこいだよ」と
「そ、その。今日、飲みのペースが速かったじゃない?理由とか、あるのかなー、と思って。べ、別に言いたくなきゃいいんだけどさ。でも、ミモリが酒の力に頼るくらいだったら、僕にも頼ってくれたっていいんだよ?」
神森(かみもりから「か」を取って、僕は彼のことをミモリと呼んでいる)はしばらく黙っていた。
そして、急に僕に抱きついてきた。
「ねえ、ノッス」
神森は僕、鴻巣の「こうのす」の「こう」を取ってそこからアレンジし、「ノッス」と僕のことを呼んでいた。
「しばらく抱きしめていいかな?」
僕はそれについて返事をしなかったけれど、ちょっとすると腕を
僕はドキドキした。今まで、女性とも男性とも付き合った経験など無かったし、こうやって抱きしめられるのも初めてだ。
神森は僕の耳元で
「ねえ。抱きしめ返してくれないの?」
だから、僕は腕に力を込めた。
神森は言う。「やっぱり、こう抱きしめられると、自分の肉体が物理的に反発するから、生きてるって感じするな。ねえ、ノッス」
「なに?」
「おれ、生きてる。おれ、いま、生きてるんだよ」
「うん。そうだよ。ミモリは生きてるよ。生きてるんだよ。生きてこうして抱き合ってるんだよ。生きてなきゃこんなこと出来ないよ」
神森はフゥーッと息を吐いたあと、こう言った。
「俺、振られたんだ」
僕は神森の彼女の話を聞いたことがなかった。
「か、彼女いたんだ」
「違うよ。男だよ。彼氏に振られたの」
「そ、そうなんだ」
「年上の彼だよ。でも、俺のことは本気じゃなかったみたいなんだ」
「み、ミモリって、その・・・ゲイなの?」
「違うよ。俺はバイだよ」
「そ、そうなんだ。ぼ、僕もバイかもしれない。どっちとも経験ないんだけどさ」
「まあ、女の子には悪いけど、女の子の裸を見ても
「そうなんだね。僕はどっちだろう?」
「俺は、男同士、女同士の
神森はベンチから立ち上がって拳を突き上げた。ぜんぜん、まだ酔っているなあと僕は思った。
かと思えば、またベンチに座り、僕の耳元で囁いた。
「さっきさあ、男女とも経験ないって言ってたでしょ?」
僕はまさか神森が僕の言葉をちゃんと聞いているとは思わなかったので驚いた。
「俺と、初めて、してみる?」
「えっ・・・」
僕は顔が真っ赤になった。
「ノッスの初めてを俺が貰いたいな。ねえ、ノッス。俺はまだ今日という日を終わらせたくない。それは、ノッスも同じだろう?」
その質問には、僕は、答える必要がないように思えた。
【つづく】