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第3話 「僕にも頼ってくれたっていいんだよ?」


 東京 散歩 倶楽部くらぶの活動は、いつもだいたい、十八時〜二十時をもってゴールの立ち飲み屋でくだを巻いたあと、僕、鴻巣こうのす涼介りょうすけ神森かみもり貴之たかゆきはそれぞれに帰路きろにつくのが定番ていばんだった。


 だが、ある日、神森が、立ち飲み屋でいつもよりも激しいペースで酒を飲み、あんじょう、グデングデンに酔っぱらってしまった。

 その日は、新橋しんばしの立ち飲み屋で飲んでいたので、神森に肩を貸し、竹芝たけしばのほうまで歩いて行って、浜風に当たって酔いをさまそうと僕は考えた。


 テキトーにベンチに腰を落ち着かせ、僕は神森に言った。

「別に、文句とかじゃないし、問いただしたいわけでもないんだけどさ」

 神森はちゃんと僕の言葉を聞いているのか分からないけれど、「なんだよー。言いたいことがあるなら、言ってみな?かかってこいだよ」と喧嘩腰けんかごしだった。まだ、酔いがさめるのにはもう少し時間を必要としているのが明白だった。

「そ、その。今日、飲みのペースが速かったじゃない?理由とか、あるのかなー、と思って。べ、別に言いたくなきゃいいんだけどさ。でも、ミモリが酒の力に頼るくらいだったら、僕にも頼ってくれたっていいんだよ?」

 神森(かみもりから「か」を取って、僕は彼のことをミモリと呼んでいる)はしばらく黙っていた。

 そして、急に僕に抱きついてきた。

「ねえ、ノッス」

 神森は僕、鴻巣の「こうのす」の「こう」を取ってそこからアレンジし、「ノッス」と僕のことを呼んでいた。

「しばらく抱きしめていいかな?」

 僕はそれについて返事をしなかったけれど、ちょっとすると腕をからめて顔を寄せてきた神森からは良い匂いがした。ちっとも、酒臭くなんかない。お互いに酒を飲んでいるから、酒の臭いはわからないのだろう。

 僕はドキドキした。今まで、女性とも男性とも付き合った経験など無かったし、こうやって抱きしめられるのも初めてだ。

 神森は僕の耳元でささやいた。

「ねえ。抱きしめ返してくれないの?」

 受動的じゅどうてきに抱きしめられるだけの僕に、神森は不満があるみたいだった。

 だから、僕は腕に力を込めた。

 神森は言う。「やっぱり、こう抱きしめられると、自分の肉体が物理的に反発するから、生きてるって感じするな。ねえ、ノッス」

「なに?」

「おれ、生きてる。おれ、いま、生きてるんだよ」

「うん。そうだよ。ミモリは生きてるよ。生きてるんだよ。生きてこうして抱き合ってるんだよ。生きてなきゃこんなこと出来ないよ」

 神森はフゥーッと息を吐いたあと、こう言った。

「俺、振られたんだ」

 僕は神森の彼女の話を聞いたことがなかった。

「か、彼女いたんだ」

「違うよ。男だよ。彼氏に振られたの」

「そ、そうなんだ」

「年上の彼だよ。でも、俺のことは本気じゃなかったみたいなんだ」

「み、ミモリって、その・・・ゲイなの?」

「違うよ。俺はバイだよ」

「そ、そうなんだ。ぼ、僕もバイかもしれない。どっちとも経験ないんだけどさ」

「まあ、女の子には悪いけど、女の子の裸を見てもつからバイってだけで、恋愛対象は男なんだ」

「そうなんだね。僕はどっちだろう?」

「俺は、男同士、女同士の同性愛どうせいあいこそが至高しこうだって思ってる。そりゃあさ、性的指向せいてきしこう優劣ゆうれつなんか無いよ。そんなの当たり前だ。でも、男女ってやっぱり、愛し合うだけじゃ終わらないでしょ?色んな副産物ふくさんぶつがついて回る。それに比べて、同性愛は愛が全て。愛し合って、愛だけが絶対なんだ。逆に言えば、何も残らないのかもしれない。でも、残らない愛だっていいじゃんか。同じ時代を生きてる者同士で愛し合える。これ以上のことはないよ。国とかさあ、宗教は、異性愛いせいあい推奨すいしょうしてる。でも、それって、国が労働力を欲したり、宗教が信者を欲したりしているから、そうなだけであって、異性愛が正義なんてことはないんだと思うよ。まやかしだよ。異性愛反対いーっ!!」

 神森はベンチから立ち上がって拳を突き上げた。ぜんぜん、まだ酔っているなあと僕は思った。

 かと思えば、またベンチに座り、僕の耳元で囁いた。

「さっきさあ、男女とも経験ないって言ってたでしょ?」

 僕はまさか神森が僕の言葉をちゃんと聞いているとは思わなかったので驚いた。

「俺と、初めて、してみる?」

「えっ・・・」

 僕は顔が真っ赤になった。

「ノッスの初めてを俺が貰いたいな。ねえ、ノッス。俺はまだ今日という日を終わらせたくない。それは、ノッスも同じだろう?」

 その質問には、僕は、答える必要がないように思えた。


【つづく】

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