異世界の大国・リーガル王国の南西に位置する貿易都市・サハク。
国内の商人が金の匂いを嗅ぎつけて集まる大都市で、外国から輸入される商品を追い求める人々が連日、熱い取引をしている。
多くの飲食店や雑貨屋が軒を連ねる南の商業区にある二階建の木造建物、高級品の透明なガラスが使われた
店の広さは現代日本にあるコンビニ程の広さで、貿易港で購入したオルゴールが、落ち着いたな雰囲気を作っている。
光の魔道具に照らされており、バーのマスターある俺は特注の執事服を着こなしながら、カウンター内で日課のグラス磨きをしていた。
明後日の開店に合わせて準備を進める中、カウンター席に座る八重歯が目立つ金髪赤目の少女・アインが、満面の笑みを浮かべながら、空になった皿を俺の方に突き出してきた。
「ご飯のおかわりをお願いッス!」
「いやあの、ココはお酒を楽しむバーなんだが?」
「酒もいいけど、アタシはノーチラスのダンナが作る飯が食べいんスよ!」
半年前、情報屋の仕事でヘマをして奴隷商に売られそうになっていた彼女を助けた事がキッカケで懐かれたのか、今では毎日のようにウチへ来ては飯代かわりに情報を持ってきてくれる。
「お前、明日の情報屋の仕事はいいのか?」
「その辺は上手くやってるから問題ないッス」
「おいおい、調子に乗って半年前のようにしくじるなよ」
「相変わらずダンナはアタシに優しいッスね」
アインは満面な笑みを浮かべ、口元についた食べカスをペロリと舌で舐めとった。
俺は彼女の自由さに呆れながら、自分の夜食で用意したハムや堅焼きパンをスライスして皿へ乗せていく。
「おう、俺の優しさに嬉し泣きしてくれ」
「やっぱり感謝するのはやめたッス!」
「そうか……。なら、皿に乗った飯はいらないんだな」
「ちょっ、飯を取り上げるのは鬼ッスよ!」
目の前の飯を取り上げられたアインは、半泣きで頭を下げてきた。
彼女の変わりようを見て俺は内心でやり過ぎたと反省して、笑顔で手に持った皿を彼女の前へ置く。
「ったく、お前は食い意地はすごいな」
「そりゃ、ダンナが作る飯は見た事ないのに美味しいッスからね!」
「外国の料理を参考にしてるからリーガル王国では珍しいんだろ」
今アインに出したハムも前世の知識を使って燻製にしたやつだし、この辺だと珍しいだろうな。
リスのようにハムを頬張るアインに癒されながら、俺は二人分のグラスへ冷たい水を注ぐ。
「じゃあ、他のやつに取られないように早く食べないとッスね」
「おいおい、早食いすると喉を詰まらせるなよ」
「アタシがそんな初歩的な失敗をするわけ、グフッ」
「注意したそばからお前……」
アインに水の入ったグラスを渡しつつ、俺はため息を吐く。
水を一気に飲み干したアインが、息を整えながら顔を上げた。
「いやー、死ぬかと思ったッス」
「お前な……。飯は逃げないんだからゆっくりと食べろよ」
「はーい! てか、ダンナはなんで水の入ったグラスを見てるんスか?」
「自分がイケメンなのを再確認してるだけだ」
銀髪碧眼のイケメンになれてよかった。
前世では冴えないアラサーサラリーマンだったから、今世の自分に満たされる。
グラスに映るニヤけた自分の姿に見惚れてると、カウンター席に座るアインがジト目を向けてきた。
「急にキモい笑顔を浮かべるのはやめて欲しいッスね」
「……デザートのアイスを用意したけどいらないんだな」
「待って待って! ダンナはかっこいいッスからアイスは食べたい!」
「ならよし!」
やっぱりこの世界でも甘味の誘惑は強いな。
アインの取り繕いに笑いながら、俺は特注の冷凍庫からミルク味のアイスを取り出す。
「しっかし、ダンナの作る甘味は大人気ッスよね」
「そりゃ作れる人が少ないからだろ」
「確かに希少な氷魔法使いが、趣味のために店を開くのは珍しいッスからね」
「だろうな」
俺が転生した世界では魔法があるが、
さらに、俺の適正である氷魔法は希少魔法に分類されていて、実家がある前線都市でも使い手は少なかった。
まあ、俺の場合は前線都市で働きまくった結果、燃え尽きて名前を変えて半年前にサハクへ来たんだけどな。
腰のポーチにある魔法書を軽く触れた後、懐かしい気持ちになりながら、ミルクアイスをお皿へ乗せてアインへ渡す。
「ダンナのアイスは冷たいし口溶けも良くて美味しいッス!」
「そりゃ高価なミルクと砂糖とかを使ってるしな」
「素材の関係よりもダンナのご飯は心があったまるんスよ」
心があったまるね。
この世界に転生してから、心があったまる経験なんて数えるくらいしかしてないな。
前線都市では、小さい頃は実家で毎日のように勉強や戦闘訓練をして、冒険者になったらソロで魔物や魔獣の討伐ばかりしていた。
「俺にはその温かさがイマイチわからないけどな」
「ならダンナの分までアタシが温かさを感じておくッスね」
「少しは遠慮しろ!」
「にしし、アタシは図太いんで嫌ッス」
ほんとアインは可愛げがあるのか、無いのかわからないな。
「ほんとお前はジャジャ馬な妹みたいな性格をしてるな」
「アタシが妹ならダンナは苦労人のお兄ちゃんッスね」
「まさにその通りで何も言えないわ!」
コイツ、全く反省して無いな。
アインの情報のおかげで助かってる分はあるが、それ以上にコイツを助けているはず……。
追加のアイスを頬張るアインに突っ込みつつ、俺はグラスに入った冷たい水を飲む。
「あ、そだ。話は変わるッスけど面白い情報を手に入れたんスよ」
「その情報はお前の飯代になるのか?」
「もちろんッス!」
また新しい情報ね。
自信満々に胸を張るアインに期待を寄せながら、俺はグラスをテーブルに置いて視線を彼女へ向ける。
「それでどんな情報なんだ?」
「シンプルに言うと商業ギルド関係ッスね」
「また商人同士で揉めた話か?」
「今回は違うッス」
「ほう?」
アインの言い方的に問題が起きたのは確定っぽいな。
まあでも、サハクの心臓とも言える商人ギルドで問題が起きたなら、何かしらで恩を売るチャンスでもあるか。
頭の中で損得を考えてると、グラスの水を飲み干したアインがいやらしく笑った。
「実は商業ギルドの幹部が、危険度Cのサーベルタイガー討伐の依頼を街の情報屋や仲介人へ出しまくってるんスよ」
「悪い方向ではないのはよかったが、手当たり次第かよ!?」
「うんうん! てなわけでダンナ、よかったらやってみない?」
サーベルタイガーの討伐で恩を売れるならアリか?
依頼に興味を持った俺は、アインへ料理を提供しながら細かい質問していくのだった。