今日は海老フライを作った。一人暮らしが長いから、ある程度の料理は俺にも出来る。
しかし、その海老フライは、なんだか悲しい形になってきた。
現在、午後十時。
揚げたてだった時は美味しそうで、それは夕食を約束していた七時に丁度いい具合に完成したわけだが……はぁ。
「……」
俺は虚ろな目をして、ダイニングキッチンの椅子に座っている。
食事は二人分用意してある。
本来であれば、午後七時に、俺は
その時、やっと階段を降りてくる足音が聞こえた。
ハッとして顔を向けると、レクスが入ってきた。
「レクス! 夕食は七時だって言ってるだろ!」
「だから待っていなくていいと何度言わせるつもりだ?」
レクスが目を眇めた。そして海老フライを一瞥すると、席に着いた。俺は唇を尖らせてから、ご飯をわける。同時に油揚げとネギの味噌汁を温めた。それらを差し出すと、レクスが手を合わせる。
「いただきます」
「うん。召し上がれ」
こうして俺もまたいただきますと続けてから、箸を手にした。
レクスは無言で食べている。
レクスは現在、高校二年生の十七歳。ただ、お坊ちゃま学校で、定時制で、レクスは海外の大学を卒業してきたので高校の単位を取り終えている状態だから、月に一度のスクリーニングでしか登校しない。まぁ俺もVR受講可の学校で大学まで卒業したので、日本ではそこまでメジャーではないが、学校へ毎日行くというスタイルは、少し古くなりつつある。
俺とレクスの父は、俗に言う大富豪だ。いいや、祖父も同じか。
曾祖父の代には既に資産家だった様子だ。俺の母は、父と留学中に知り合い結婚したらしい。デザイナーだった。俺は母に瓜二つだと言われる。
なおその母は、離婚して俺を引き取り、日本にやってきた。父はハーフなので、俺はクォーターで四分の一ほど海外の血を引いている。離婚の理由は、変な話だが、金持ちの夫人という生活が窮屈であわないからだったそうだ。俺は父とはほとんど一緒に暮らしていないので、よく分からない。
その後母は亡くなったのだが、その頃には俺は、VR内部デザイナーとして収入を得ていたので、一人暮らしを決断した。そうして後に、父はレクスの母と出会って結婚したのだが、レクスの母は体が弱くて、亡くなってしまった。
レクスの場合はそのまま父のところで育ったと言える。なので筋金入りのお坊ちゃま――だとは思う。俺の庶民的な家庭料理を食べる姿一つとっても絵になる。レクスは普段、モデルのバイトをしている。美少年というやつだ。キラキラしている。
「味はどうだ?」
「美味い。ただ、兄上。俺を待っている必要は無い。俺は忙しいんだ」
「忙しいって、ゲームだろ!」
「それが? 俺にとっては、非常に大切な存在だ。『グランギョニル・パラダイス』は」
「……」
俺は押し黙った。
――『グランギョニル・パラダイス』というのは、フルダイブ型のVRMMORPGで非常に人気があるゲームだ。
キャラクターレベルがあって、カンストがLv.999である。
そこに複合的に職業選択が可能だ。
現在、聖剣士・盾鎚士・竜槍士・双剣士・銃術士・道化師・暗殺者・魔術師・死霊術士・僧侶・聖職者・舞歌士・吟遊詩人・錬金術師と、十四の職業があり、新職業が時々実装される。
一人で全ての職を極めることも可能だ。二つ以上の職業のスキルを習得していると現れる複合特別スキルなども存在する。
他には生産が可能で、料理・薬剤・錬金術・鍛冶・建築・執筆の六つの生産技能があり、それらもそれぞれLv.999までレベルあげができるし、二個のレベルを上げていないと作ることが出来ない生産品などもある。
俺の仕事は、この生産で生み出したアイテムの見た目をデザインし、個別化をはかって露店で売買し、得たゲーム内通貨であるダリを円で受け取るというものだ。ゲーム内には俺のような個人から、大企業……たとえば父上が今代表をしている会社まで、様々なところが参入している。
この『グランギョニル・パラダイス』は、二万人ほどのプレイヤーがいる、日本初の国産VRMMORPGだ。テスト期間が一年だったので、今年で十七周年。正式オープンしてからは十六周年なのだが、今なお国内で最も流行しているVRMMORPGだ。
どのような内容のゲームかといえば、世界観は……スチームパンクとでもいえばいいのだろうか。現代とは違った科学の発展の仕方がした過去があって、間に誰も何があったのか分からない空白の時代が存在し、舞台は、空白の時代が終了し科学と魔法とその他の技法が混じり合った、ゲーム内の“現在”から始まる。
プレイヤーはなにをしてもいいという自由度が高いゲームだが、レーティングの問題で、たとえばモンスターを倒しても血が流れるようなことはない。キラキラと粒子になって消える。交流中心のライトユーザーはマッチングアプリのような利用の仕方をしている場合もある。RPGが好きな層は、モンスターを倒してレベルを上げたりする。モンスターは、“タウン”と呼ばれる、特定のモンスターが存在しない場所以外にはランダムに配置されている。
一応、やることとしては、NPCによるクエストはある。お使いだとか。他には、『大陸の封印を解く』という目標が設定されていて、これは大陸に存在する封印を全て解き、その大陸を攻略すると、『大陸が解放された』という状態になる。
数多くの封印を解いていくと、大陸の何処かにある最果ての塔のドアが開くようになるのだが、その最果ての塔の頂上にいるラスボスを倒すと、解放となる。その時に討伐に参加した人間の名前は、ゲーム内のお知らせ掲示板に掲載される。パーティ名やギルドも同じだ。一応、その大陸を解放した覇者になりたいという層も一定数いる。
さて……何故俺がこんなに『グランギョニル・パラダイス』について詳しいかと言えば、実は俺は、十歳でこのVRMMORPGのクローズドβテストに当選し、その日から今日に至るまで、ログインしない日があったか怪しいレベルのヘビーユーザーだからである。要するに廃ゲーマー……要するに……家にひきこもっていた……
……。
この十七年間、俺は友達ゼロ・恋愛経験無し・仕事も家・完全ヒキコモリ……。
青春は、『グランギョニル・パラダイス』だった。まさしくそうだった。
今のレクスと同じだ。それでは、ダメだ!
もっと友達と遊んだりした方が、絶対いい。ゲーム廃人の俺だからいえる。この生活はよくない。レクスはまだきっと引き返せる!
「もっと外へ出て、友達と遊んだりした方がいい」
「ゼクス兄上には言われたくないが?」
ゼクスというのが俺の名前だ。ゼクスもレクスも父がつけたと聞いている。
兄上と呼ばれるのは擽ったい。俺達の実家が、丁寧な口調で話すようにと躾けたらしい。俺も父のことは、父上と呼んでいる。
「兄上は、買い物もネットスーパー。洗濯はこのマンションの業者。外にすら出ていない様子だが?」
「うっ」
「俺は兄上が外に出た姿を見たことがない」
「……」
「俺は昨日もモデルのバイトで外に出て日光を浴びた。その際、スタッフとも話した。兄上、兄上も外に出てみたらどうだ?」
「お、俺の話じゃなくて――……」
「美味しかった。ごちそうさま。失礼する」
レクスが失笑しながら立ち上がった。そして階段へと向かった。
俺は悲しい気持ちになりながら、お皿を片付けた。