三重昌幸は、心が谷底へ沈み込むのを感じていた。
息の詰まるような沈黙の中、九条修己がついに口を開いた。声は冷ややかだった。
「三重家……?天照建設の三重家か?」
三重昌幸の胸は歓喜でいっぱいになった。彼が天照建設を知っているとは──!
「はい!三重泰三は私の祖父です!祖父はいつも九条様のことを天才だと褒め称えております。もしハイネスリゾートプロジェクトに参加できれば、天照にとってこの上ない光栄だと……!」
ちょうどプロジェクトの話を切り出す機会を探していたのに、まさか九条修己の方から話を振ってくれるとは!その場で巨額の契約を望むつもりはなかったが、せめて天照の名を刻みつけたい──そう思っていた。
九条修己は指先でグラスを無造作に回している。座っているというのに、その圧倒的な存在感は、立っている者たちを見上げさせるほどだ。彼は低い声で、わずかな嘲りを滲ませて言った。
「リゾートプロジェクトなら、誰とでも組める。ただし──三重家だけは絶対にありえない。」
ざわっ──
周囲に微かな息を呑む音が広がった。そのプロジェクトを狙っていた他の招待客たちは、先ほどまで三重家が名指しされたことを羨んでいたのに、今やその不運を面白がっている。皆が疑念を抱いた。三重家は一体どうやって九条修己を怒らせたのか、と。
三重昌幸は、さらに愕然とした。三重家と九条家はこれまでまったく接点がなかったはず。九条修己とも会ったことがない。なのに、この敵意はどこから……?
彼は必死に動揺を抑え、声を絞り出した。
「九条様、失礼を承知でお尋ねしますが、三重家はどこでご機嫌を損ねてしまったのでしょうか?」
だが、九条修己はゆっくりと立ち上がった。
彼の視線は三重昌幸を越え、その背後の遥奈にぴたりと定まる。冷たく白いその顔は、まるで仙人のように凛としている。だが、その声にはかすかな感情の揺らぎがにじむ。
「それは──三重夫人に尋ねるべきだろう。」
ざわっ!
全員の視線が一斉に遥奈に集まった。
三重夫人は、まさに会場随一の美しさと言える。一分の隙もない和服姿、その華やかさはどんな控えめな色合いも打ち消してしまうほどだ。今、その美貌に無数の好奇、探るような、あるいは詮索する視線が突き刺さる。
遥奈は、まさか彼が公衆の面前で難題を吹っかけてくるとは思ってもいなかった。
三重昌幸は、慌てて振り向き、冷たい目で遥奈を睨みつけた。声も責めるように強い。
「遥奈!これは一体どういうことだ?!」
頭を殴られたような衝撃だった。まさか、妻が九条修己と面識が?それどころか、彼の怒りを買ったのか?まさか二人の間に……?
遥奈はすでに心を落ち着け、微笑を浮かべて一歩前に出た。
「まさか九条様が、そんなに根に持つ方だとは思いませんでした。三年前、たまたま外出した時、愛車に擦り傷をつけてしまったのです。あの時、どなたか存じ上げず、千円を置いて立ち去りました。それを今でも覚えていらっしゃるなんて。」
もちろん、これは嘘だった。本当の理由を言えるはずもない──三年前、あなたと一夜を共にし、またあなたを振ったから、と。
その場の誰もが、なるほどと納得した。
三重昌幸も、安堵の息をついた。さっき一瞬、まさか二人に何かあるのではと、ありえない不安が頭をよぎったからだ。
続いて、すぐさま声を荒げた。
「九条様の車は、いくら出しても買えないものだ!千円なんて、侮辱だ!すぐに九条様に謝罪しなさい!」
周囲の者たちは、その冷たい言い方に驚き、妻をかばおうともしない昌幸を冷ややかな目で見た。
三重昌幸は、九条修己が気にしているのは金ではなく、侮辱されたことだと確信していた。
九条修己が反論しないのを見て、遥奈は堂々と酒を手に取った。
「三年前は私が無知でした。九条様にご迷惑をおかけしたこと、お詫びいたします。」
意味深に言葉を続ける。「どうか、私のような者のことはお忘れください。」
九条修己は、そこで冷たく微笑んだ。
その笑顔は氷のように冷たく、紅い唇が不敵に歪む。その顔は妖艶な美しさを帯びていた。目尻がわずかに吊り上がり、声には悪意がにじむ。
「三重夫人、たった一杯の酒で、三年分のわだかまりを帳消しにできるとでも?」
その場にいた全員の心が凍りついた。九条修己は、なんて執念深い男なのか。車を擦られたことを三年も根に持ち、さらに公衆の面前で難題をふっかけるとは──。
九条修己は、テーブルの上の未開封のウイスキーを手に取った。
「一杯では足りない。一本……なら考えてもいい。」
一同驚愕!か弱い女性に一本の強い酒を飲ませるなんて、命にかかわる!
すでに給仕が手際よく、ボトル一本分の酒を十個のグラスに注ぎ、テーブルにきちんと並べていた。
九条修己の視線は、しっかりと遥奈に定まる。
「三重夫人、どうぞ。」
遥奈は心を決めた──一瓶の酒で三年の因縁が断てるなら、安いものだ。
彼女はグラスを手に取って前に出る。
「九条様、約束してくださいますか?私が飲み干したら、これで一切の遺恨は水に流し、天照に対する偏見も捨てて、せめて公平な競争の機会を与えてくださいますね?」
「もちろん。」
九条修己の声には、わずかに愉悦の色がにじんでいた。
遥奈がグラスを口に運ぼうとした、その時──
「三重夫人は本当に美しくて、しかも度胸がある!女傑だな!」
「でも、旦那は情けないな!女に前に立たせて、自分は隠れてるなんて!」
「三重夫人は三重家のために命を懸けてるのに、夫はまるで他人事みたいだ!」
「自分の妻さえ守れない男なんて!」
そんな声が三重昌幸の耳にはっきりと聞こえてきた。彼の顔は赤くなり、次には青ざめる。腹立たしい!災いを招いたのは遥奈なのに!だが、男としてのプライドが公然と踏みにじられたことで、ついに我慢できなくなった――
彼は遥奈の手からグラスを奪い取った。
「彼女は私の妻です!彼女の過ちは、私が責任を持ちます!この酒、私が飲みましょう!」
九条修己がきっと断るかと思ったが、向こうは唇の端をわずかに持ち上げ、冷ややかに言った。
「三重様……本当に良いご主人ですね。」
「どうぞ、お飲みください。」