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第15話 職場の新人


すべての視線が、ドア口に立つ女性に集まった。


白いシャツにベージュの膝丈スカート、足元は白いハイヒール――まさにオフィスの定番コーディネートだ。シャツの襟元と袖口には繊細なレースがあしらわれており、彼女に柔らかな印象を加えている。


彼女の顔立ちは一つ一つ取り上げれば別段と美しいとは言えないが、全体としては端正で清楚な雰囲気を醸し出していた。無害で穏やかな微笑みを浮かべ、純粋で守ってあげたくなるような小動物のような気質が滲み出ている。まるで保護を求める小兎のようで、周囲の人々の庇護欲を自然と掻き立ててしまう。


遥奈の視線も、白鳥結衣に向けられていた。その美しい瞳には、冷ややかな光が宿っている。


「新人の白鳥結衣と申します。本日よりお世話になりますので、皆様どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」


白鳥結衣はそう言い、丁寧に一礼した。


スタンフォード卒という輝かしい肩書きを持ちながらも、決して驕らず低姿勢を崩さないその謙虚さは、その場にいたほとんどの人たちの好感を一瞬で勝ち取った。


同僚たちが次々と温かく迎え入れ、白鳥結衣も一人ひとりに丁寧に挨拶を交わしていく。そして最後に、遥奈の前で立ち止まった。


「三重さん、これからは同じ職場ですね。右も左も分からないことばかりなので、ぜひ色々と教えてください。」


そのやり取りに、周囲の人々は驚きの色を浮かべる。


安藤瑞紀が興味深そうに尋ねた。


「お二人、知り合い?」


白鳥結衣は微笑みながら答える。


「三重さんとは高校の同級生で、かつては親友だったんですよ。」


遥奈も微笑んだが、その笑みは目元まで届かなかった。


「同級生は確かだけど、親友というのは……その呼び方は私には重いわ。」


言葉を区切り、遥奈は淡々と言った。


白鳥結衣の顔が一瞬で気まずくなり、うつむいて声を震わせた。


「……そうですよね、私なんかがあなたの友達になれるはずもない。家柄も違いますし、私の一方的な思いでした……」


その場の空気が一気に重くなった。


白鳥結衣は唇を噛みしめ、うっすらと涙を浮かべる。そのか弱く哀れな姿に、同僚たちは思わず同情の目を向けた。


案の定、安藤瑞紀はすぐさま白鳥結衣の側に寄り添い、遥奈に不満げな視線を投げる。


「三重さん、何をそんなに偉そうにしてるの?白鳥さんはスタンフォードのエリートよ。友達だなんて言ってくれてるだけありがたいと思いなさいよ、身の程知らず!」


そう言い切ると、安藤は親しげに白鳥結衣の腕を取った。


「気にしないで。彼女はここでは有名な気難し屋だから、これからは私たちが友達になるからね。」


報道部主任の大輪真樹も、場の雰囲気に気まずさを感じたのか、慌てて話題を変えた。


「白鳥さん、まずは安藤さんと一緒に社内を案内してもらってください。あ、9時から会議がありますので。」


白鳥結衣が同僚たちに囲まれながら去っていくのを見送り、遥奈の心にはわずかな波紋が広がったが、すぐに平静を取り戻した。


白鳥結衣が最も得意なのは、己を偽ること。そうでなければ、高校時代に三年間も騙され続けることはなかっただろう。彼女は常に弱さを装い、周囲の庇護欲を煽り、いざという時には誰かが彼女のために矢面に立つのだ。


さきほど彼女が「家柄が違う」と強調したのは、遥奈がそれゆえに白鳥結衣を見下したと思わせるため。案の定、安藤瑞紀がすぐに矢面に立った。


もちろん、遥奈にも言い分はある。しかし、彼女はわざわざ周囲の冷ややかな視線を前に弁解するつもりもなかった。偏見が一度生まれれば、どんな説明も無駄になることをよく知っているからだ。


事実、遥奈はテレビ横浜での人間関係が芳しくない。かつては改善しようと努力したが、利害が絡むとその努力さえも裏目に出て、かえって「裏がある」と受け取られるだけだった。この一年間、彼女は自分らしく振る舞うことに決め、陰口にも耳を貸さなくなった。


ニュースキャスターは彼女の幼い頃からの夢だったが、それが叶わなくとも生きていける自信がある。むしろ、遥奈は多彩な才能と趣味を持ち、そのどれもが十分に生活を支えてくれるものだった。


例えば、輝夜姫ジュエリーの年次配当だけでも、すでに経済的自由を手にしている。


白鳥結衣が今回何のために来たのか遥奈には分からないが、彼女とまた関わり合うことにはもううんざりしていた。いっそ、ここを離れるのも悪くないのかもしれない。


9時ちょうど、報道部の会議が始まった。遥奈はキャスターであると同時に、ニュース記者でもある。


大輪真樹が会議を仕切る。


「名城カナさんが一週間後に正式に退職しますので、ゴールデンタイムのキャスターは一週間以内に決めなければなりません。」


安藤瑞紀がすぐに口を開いた。


「部長、私、白鳥さんがぴったりだと思います!さっきCNNでの仕事映像を見ましたが、本当に素晴らしいです!臨時でBBCの国際番組司会も務めていたし、日英の切り替えも流暢で、司会の基礎も完璧です!」


大輪真樹は穏やかに微笑む。


「確かに白鳥さんは優秀ですね。ただ、このポジションはもともと三重さんを考えていました。広告契約も一番多いし、視聴者の認知度も抜群ですから。」


すかさず安藤瑞紀が反論する。


「うち報道部は営業部じゃありません!必要なのは確かなプロのスキルです。広告契約数だけで決めるなら、皆スポンサー探しにばかり気を取られて、ニュース作りに集中できなくなりますよ。」


彼女は「スポンサー探し」という言葉を強調し、その矛先が遥奈に向いていることは明らかだった。


遥奈はゆったりと豊かな巻き髪をかき上げ、まるで他愛ない話でもするかのように言った。


「先日、倉重グループのビジネスパーティーに出席した時、社員たちが噂してたんだけど――うちの局に一重まぶたの女の子がいて、毎日のように木村社長の所へ通ってる、とか。奥さんがその子を社長の膝の上で『パパ』って甘えてる現場を目撃して、怒りのあまりビンタしたらしいの。今、夫婦は離婚騒動の真っ最中だとか……うちの局にそんな子、本当にいるの?」


安藤瑞紀の顔が一気に蒼白になり、立ち上がった。


「三重さん!でたらめ言わないで!」


遥奈はさらに微笑み、無邪気な瞳で言った。


「私、別にあなたのことだなんて言ってないよ。うちの局、一重まぶたの女の子なんて何人もいるし。」


そして話題を転じる。


「でも、安藤さんの言う通りだと思うわ。心を込めてニュース作りに専念すべきよ。スポンサー探しなんて、リスクが高すぎるもの。木村夫人なんて横浜でも有名なやり手で、前に倉重グループの秘書が社長を誘惑した時は、その場で服を脱がされてモールに放り出されたって噂だし……」


「そういえば、この前のパーティーで木村夫人と連絡先を交換したの。昨日もその一重まぶたの女の子の特徴を聞かれたばかりで……」


安藤瑞紀は怒りから一転、恐怖の表情に変わった。


「な、何て答えたの?」


そう口にした瞬間、自白したも同然だった。


皆の目が意味ありげに安藤瑞紀を見つめ、即座に事情を察した。


安藤瑞紀はもう体裁など構っていられなかった。木村夫人の手腕の噂はよく耳にしていたし、前回は顔をはっきり見られなかったものの、一重まぶたという特徴はあまりに明白だった。


遥奈はにっこりと、安藤瑞紀が恐怖に包まれるのを眺め、相手が崩れ落ちそうになったところでゆっくりと口を開いた。


「これは私たちテレビ横浜の評判に関わることだから、ちゃんと調べる前に余計なことは言わないよ。実を言えばこの話もほとんど忘れてたんだけど、安藤さんが『スポンサー探し』って言葉を出したから、ふと思い出しただけ。」


安藤瑞紀は張り詰めていた神経が一気に緩み、椅子に崩れるように座り込んだ。遥奈を見つめるその目には、怯えと警戒が色濃く浮かんでいる。


遥奈は彼女の弱みを握りながら、それをあえて今まで黙っていた。いまさらになって何気なく指摘し、二度と余計なことを言わせないようにしたのだった。

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