僕、ロイ・プリーストは元はしがない神官見習いだった。
だけど、僕が9歳の時、運命の転機が訪れた。
金糸のようなサラサラの御髪。
深く広大な海のような青い御目。
そして我が国に富をもたらす小麦のようなその肌。
神殿に礼拝にいらした第7王子のその神々しい御姿を1目見た瞬間、僕はこの御方の為に尽くすために生まれたのだと思った。
そこからの僕の行動はそれはもう嵐のようだった、と当時同室だった神官見習いの子は言う。
神官見習いを辞めるために、上の弱みを確たる証拠を揃えて提示し、円満に神殿から離脱。
その上で高位神官の推薦で宮廷で働けることになった。
ただの孤児である僕は家名を持たないため、プリーストという神殿が身元を保証する時の苗字はこの時に貰った。
着実に宮廷内での地位を上げ、11歳なる頃には念願の第7王子、ナテュール様の従者となることができた。
ただ1つ、誤算があるとすれば、
「ナテュール様。お時間でございます。」
「うるさい。入ってくるなと言ってるだろ。」
何故かナテュール様に嫌われている、ということだ。
(くっ……でも怒っている時の御顔も麗しい……!!)
成長し、青年の少年の狭間というとんでもねぇ時間軸に同じ空間に居られることに感謝します神よ!でもどうしてこんなに嫌われているのでしょうか!?
まあ、神なんて信じてねぇけどな!!
なんて元神官見習い有るまじき荒ぶり方を内心では繰り広げているが、従者の意地で表情には出さない。
僕はただでさえ細目で目つきが悪い。顔も特別整っている訳では無いので、常に笑顔を保つことで目の細さを誤魔化しているのだ。
ナテュール様のお付きが目つきが悪いただ地味なやつだなんて思われたらそれはナテュール様の評価を落とすことにも繋がってしまう。常に笑顔で愛想良く、完璧な従者で居なくては。
(ただでさえ、ナテュール様は母君の事で立場が不安定……僕がナテュール様の足を引っ張る訳には行かない!!)
ナテュール様が二国の血を引くことを厭う側室も多い。
主に『この偉大なる王家に他国の血を混ぜるなんて穢らわしい。』という思想を持つ大国至上主義の人間だ。
ましてやナテュール様の母君は敗戦国の王女ということもあり、その立場の弱さから側室や貴族の大国至上主義者はナテュール様を排除しようという動きを隠そうともしない。
排されて当然と思っているのだ。
(だからこそ、僕がお守りしなければ……!!)
だが腹が立つことに、15歳を迎えるナテュール様が学園に入学するにあたり、従者として僕が学園生活に付き添う許可がおりなかったのだ。
学園に従者を連れていくには申請金の支払いが必要らしく、僕個人で払えないこともないが問題はナテュール様が未成年であるということ。
金だけではなく保護者による従者の身元を保証するサインが必要になってしまうのだが当然王は金もサインも出さないだろう。
他の側室や自国の貴族達の反感を買うと分かっているからだ。
(……とはいえ、ナテュール様から離れる訳にも行かない。不正をすればバレた時ナテュール様にもご迷惑がかかる……)
そうなれば、できる方法はただ1つ。
従者ではなく、生徒として正面から入るしかない。
王立学園は主に貴族子息達の通う学問の場だが、平民でも通える特別進学枠があり、2クラス分、平民だけで構成されたクラスがあるのだ。
寮代は取られるが学費は取られず、必要な教材も学園側から配布される。
(よし、字の読み書きは神官見習いの時に習ったし、従者として仕えるだけの最低限の学はある。あとはナテュール様への愛で乗り切るぞ!)
もちろん従者としての仕事は疎かにはしない。仕事の合間に勉強は徹底して詰め込んだが、1番はナテュール様の身の安全と快適にお過ごしいただく事だ。
そうして月日は流れ、僕はなんとか平民の入学枠を勝ち取り、無事、ナテュール様と同じ学園に通えることとなったのだ。
それなのに!
「いいか?お前の仕事はあの第7王子を傀儡にすることだ。これは神官長からのご命令だ。ありがたく思え。」
「フンッッッ!」
「あぎゃっ……!?」
「第三妃様はお前に特別な報酬を与えると仰っている。お前のような卑しい孤児には到底手に入らないような大金を、だ。やることはわかっているだろ?」
「フンッッッ!」
「ぶごっ!?」
「神殿の権威を今こそ取り戻すのだ……!そのために、まずはお前が仕えるあの出来損ないの王子を王位に立たせ……」
「フンッッッ!」
「ごふっっ……!?」
入学してからこんなやつらばかり!片っ端から殴り倒しても虫のように湧いてくる!
「あーもうやだーーー!!どいつもこいつもーーー!!」
「えっ、何……!?」
部屋に入るなりベッドにダイブすれば、同室のオリバー・ジャクソンがビクリと肩を震わせて読んでいた本から顔を上げた。
本来ならばナテュール様の従者として、こんな姿を人前に晒すべきではないのだが、僕は度重なるナテュール様への裏切りの勧誘に心が疲れきっていたのだ。
「どいつもこいつも!僕にナテュール様を裏切れと!恥を知れよクソども!!ナテュール様のどこが出来損ないなんだっつーの!てか王位なんて面倒なもんナテュール様に押し付けてたまるもんか!ナテュール様にはのびのびと自由に生きて欲しいのに!そもそも!どうして僕に!裏切りを!勧める!?こんなにも!ナテュール様が大好きな僕に!!」
オリバーがいることなんてお構い無しにベッドに突っ伏したまま叫ぶ。
手も足もばたつかせ、全力で不満と鬱憤をベッドにぶつけていると、
「……え、君、第7王子のこと嫌いなんじゃないの……?ぶっちゃけ裏から操る気満々ですって言わんばかりの胡散臭さしてるのに……?」
なんていうとんでもない台詞が聞こえてくるではないか。
「今の話詳しく!」
「えっ!!?」
同室のオリバーに詰めよれば、とんでもない事実があれこれ判明することになった。
まず1つ目が、
「え、私ってそんなに胡散臭いですか……??」
「う、うん……かなり……」
僕はパッと見た時、とてつもなく胡散臭く、怪しいらしい。
「さっきは僕って言ってたし元々の一人称はそっちなんでしょ……?」
「で、ですが、私は王子に仕える従者です。公の場で『私』と言うことはマナーでもありますし……」
「でも、胡散臭さが倍増されるんだよね。」
「公のマナーなのにどうしろと???」
マナーを守っているだけで胡散臭くなるなんて、そんなの僕にはどうしようも出来ない。
従僕としてその辺はかなり厳しい。態度ひとつで主人であるナテュール様の名に傷をつける可能性もあるからだ。
そして問題点2つ目。
「えっとさ、ロイさんのファミリーネームって神殿関係者ってすぐわかるじゃん?」
「ええ、まあ、それは確かに。しかし、王宮での職に就くためには仮であれど身元が確かであると証明する家名が必要です。孤児である私が神殿に身元を保証して貰うことにこれと言って怪しいということは……」
「いや、そもそも政治関係で王家と神殿って仲悪いじゃん。そんなの俺みたいな平民でも知ってるよ?王家やそれに近しい貴族が警戒するのは当たり前だよ。」
まさかの家名問題。
しかし、これも一人称マナーと同様にどうしようも出来ない話だ。
プリーストの名を神殿に返してしまえば、ぼくはただの孤児のロイになってしまう。そうなれば従者として務めることは出来なくなってしまう。
「あとはなんか……存在全てが胡散臭い。」
「僕にどうしろと!!?」
結局、王子や周りの人間に嫌われる原因は分かったものの、問題の解決には至らず……得られた成果は、同室のオリバーと少し仲良くなれたくらいだった。
悲しい。