時はロイが神殿に連れ去られた後、ナテュール達が理事長室に集まっていたころまで遡る。
「あ、あの!俺も、俺も調査に参加させてくれませんか!?」
そうソファから立ち上がり、声を上げたイザック・ベルナールに、俺は眉を顰めた。
現在ロイに庇われて生存を公表できない人間が何を言っているんだ、と睨みつければイザック・ベルナールは気まずそうに口を噤んだものの、ソファに座り直そうとはそうとはしない。
「そもそも子供に調査させないって言ってるでしょうに。」
と、呆れたようにため息をついたのはアダン・二コラ教官だ。立ったままのイザック・ベルナールの肩をやんわり押してソファに座らせると「そもそもね。」と諭すようにイザック・ベルナールの前にしゃがみ込む。
「君の生存がバレてしまえば余計にロイ君を危険に晒すかもしれないんだよ。何も出来ないっていう事へのもどかしさはわかるけれど、ここは大人に任せてくれないかな。」
そう柔らかい声色で告げたアダン・二コラ教官に、イザック・ベルナールは悔しそうに唇を噛む。そして教官の視線は俺たちにも向けられ「君たちにも言ってるんだからね。」と釘を刺され、俺は盛大に顔を顰めた。ルーカスたちも返事はせずにただ苦笑いを零してる。
「……とは言え、教官達には王宮に伝手はあるんですか。忌み嫌われた第7王子とはいえ、俺は王宮に入ることができますけど。」
と、ラファエル・リシャール理事長とアダン・二コラ教官をじとりと見やれば「私は貴族出身とはいえもう籍は抜けてるし難しいかもねぇ。」とアダン・ニコラ教官は顎をさすった。
代わりにラファエル・リシャール理事長は
「私なら問題ないだろうね。私自身も貴族だし、学園には私よりも身分の高い生徒も多い。事件が起きて神殿が介入している以上、王へ謁見を申請すれば宮内を歩き回っていても不思議は無い。」
と、何度か頷いて腕を組んでいる。
(……確かにラファエル理事長の言い分は正しい。でもただ待ってるだけなんてできない……!)
ロイは俺の従者なのに、主人である俺が何もしないなんて。ロイはずっと、俺のために尽くしてくれたのに……!
「……ただ問題は、王が動くかどうか、だね。王からすれば神殿の行為は見逃せないが、立場としてロイはただの平民。しかも孤児だ。王自ら動くには身分が低すぎる……」
うーん、と唸るように目を閉じて顎に手を置いたラファエル・リシャール理事長。
神殿を相手取るなら王の協力は欲しい。それに政治的な兼ね合いがある以上、王に話を通さない訳には行かないだろう。
(……正直、忌み嫌われた王子よりも、学園をまとめるラファエル理事長の方が協力を得られる可能性が高い…… )
結局、自分は何も出来ないのか。
たった一人の従者を救うことすら、人任せにするしか。
悔しいのか、悲しいのか、腹立たしいのか、それすらも分からず感情のまま拳を握りしめた。
「まぁロイ君なら自分で戻ってきそうな気はするんだよね。」
「た、確かに……」
アダン・ニコラ教官が不意にこぼした言葉に、思わず力が抜ける。
元々人間離れした動きをするロイが、自ら腹を探るために神殿に拘束されたのなら、そのうちひょっこり帰ってそうな気もする。
(……だが、依然としてロイが殺される可能性は十分あるし、何より神殿に与する貴族が誰なのか不明だ。)
それに、神殿の目的もよく分からない。
果たしてロイの排除だけが狙いなのだろうか。
いくら今更、力の強い後ろ盾が出来たとしてもロイの排除だけにこんな無茶をする意味が何かしらあるとしたら。
(……後ろ盾についた貴族と、神殿の真の目的が、一致している……?)
ふと思い浮かんだ考えに、思わずハッとする。
「……イザック・ベルナール!」
「え、あ、はい!」
突然名前を呼べば、肩を跳ねさせながらもしっかりとこちらを向いて返事をするイザック・ベルナール。
そんなやつに向かってツカツカと歩み寄り、その肩を掴んだ。
「お前を殺そうとしたやつはどんなやつだ!?」
そう問えば丸くなった瞳が、考え込むように右上に向けられる。
「えっ、えーと、と、隣の平民クラスのやつで、背は低くて細い、髪が茶色のやつです。」
名前は知らないんですけど……と、消えそうな声で目を伏せたイザック・ベルナールの代わりに、オリバーには心当たりがあったのか「あいつか。」と小さく言葉をこぼした。
「そいつ、何か計画とか目的とかを口にしていなかったか!?」
「えっ……えーと……」
俺の質問に当時の記憶を思い出そうとしているのか、イザック・ベルナールが自身のこめかみをグリグリと押しながらうんうん唸る。
そして、ぱっと顔を上げたと思えば、
「『僕達の作戦』……そう、そうだあいつ、確か俺の首をかき切った後『僕達の作戦』って!……言ってました!」
と、取ってつけたような敬語に僅かに苦笑を漏らすが、別に不敬だなんだと咎める気はない。
それに、その言葉で俺の予想は確信へと変わった。
「それだ。後ろ盾になったやつにも神殿にも、ロイを捕まえた後に何か重要な目的があるんだ!」
その言葉にハッとしたように大人たちも目を見開く。
「その目的に対してロイが必要なのか、それともロイに邪魔されると困るのか……」
「もしかして、ロイさんの冒険者としての立場に危機感を覚えているとか?ロイさんが冒険者を先導すれば不満を持ってる冒険者が神殿に乗り込んでもおかしくないし……」
オリバーに続きルーカスも各々の考えを口にすれば、「ちょ、ちょっと待ってくれるかな。」とアダン・ニコラ教官が手を軽く挙げた。
「ロイ君って冒険者なのかい?確かに彼の戦闘力は相当だけど、当てはまる人物が思い浮かばないんだよねぇ……」
そう問うたアダン・ニコラ教官はポリッと頬を掻く。
「えっと、あれです。『漆黒の
若干不安になってルーカスの方を見れば「それそれ。」と頷いていたので、よかったあってた、と小さく息を吐いてアダン・ニコラ教官の方を見れば、
「は……?」
と、顎が外れそうな程口をぽかんと開けたまま固まっていた。