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第13話 2度と私に話しかけないで。(レナード視点)

「カルマン公爵家の次女が首席で入学するんですね、さすがカルマン公爵家ぬかりがない」

レナード・アーデン、みんなの王子様である私は女性にはうんざりしていた。

今度アカデミーに女性が入学してくるらしい。


入学試験の成績を操作でもしたのだろう、全く反吐がでるくらい汚い家紋だ。

政界に女など必要ない、正常な判断を乱し足を引っ張るだけだ。


私が思わずカルマン公爵家を警戒するような呟きをしたので教師が驚いた顔をしている。

彼らの中で私はバランス感覚の良い、家紋の利益など考えず、帝国のことを一番に考える皆に尊敬されるアーデン侯爵の後継者だからだ。


「首席で入学するなんて、カルマン公女は優秀な方のようで是非交流を持ちたいですね」

とりあえず適当にとりつくろった。


適当に微笑みを浮かべ、目線を合わせば老若男女関わらず自分に心酔することを知っていた。

無駄に女を寄せ付けてしまう以外は、利用価値のある自分の見た目に感謝したい。


本当はカルマン公爵の次女と交流したいなどと露ほども思っていなかった。

汚い不正や横領をし、皇室と密接な関わりを持つことばかりに囚われるカルマン公爵家の娘だ。


それにしても、カルマン公爵はてっきり第5皇子を養子にして後継者にすると思っていた。

公爵家には2人の娘がいる、紫の瞳を持ち社交界の華と言われるカルマン公女と、赤い瞳の次女だ。

長女の紫色の瞳を持ったステラ・カルマンの心を射止めれば皇太子になれる。


いつだって、注目を集めていたのは長女だった。

次女は社交界デビューをしていたのだろうか?

全く記憶にはない。


私にとって舞踏会は終わりの瞬間まで、とにかく令嬢たちの相手をしなければならないボランティアの時間だった。

この美しいおとぎ話の王子のようなルックスに生まれたことによる宿命だ。


「レナード様のお手を煩わせないように、列に並ぶようにさせました」

したり顔で言う伯爵令嬢に微笑みながら感謝を言うと、彼女は何もかも捧げてきそうな瞳で見つめてきた。


本当のことを言えば、迷惑な話だ。

舞踏会で流される曲数ぐらい把握していて欲しい。


いつも、全曲が終わった後にすぐ後に並んでいた令嬢が泣き出す。

どうでも良い女の愚痴を聞き、慰めなければならない無駄な時間を過ごすはめになる。


「申し訳ございません。お付き合いはできません」

帰宅しようとしていた時に、アカデミーでは珍しい女性の声がして思わず振り返ってしまった。


茶髪に赤い瞳に可愛らしい見た目。

あんな見た目をして、男ばかりのアカデミーに入れば苦労するだろう。

誰もが自分も彼女の側に立てるのではないかと勘違いするような、守ってあげたいと思わせるような保護欲を唆るルックスをしている。


「あれが、ミリア・カルマン?」

思わず呟いてしまった。

狡猾なカルマン公爵、美しい棘だらけの魔女のようなステラ・カルマン。


次女のミリア・カルマンはあんな幼さを残した可愛らしい子だったのか。

心配になって思わず近付こうとした時だった。


告白した男が振られたことに腹を立て、彼女を無理矢理に押し倒そうとしていた。

思わず彼女を助けようとした時に、聞こえてきた低く揺るぎない声に動けなくなってしまった。


「おやめください、ご自分のために。あなたの目の前にいるのは、あなたが触れて良いような女ではありませんよ」

空気が恐れをなしたように震える。

先ほど彼の告白を断っていた小鳥のような声とは程遠い、呪われそうな声。


彼女の目の前にいた、告白した令息は震えながら去っていった。

これ以降、彼が彼女に近づくことはないだろうか、私は不安になり令息の素性を調べ彼女から遠ざけることを心に誓った。


「レナード様、聞いてください。ミリア・カルマンは本当にお母上エミリアーナ様以来の才女です。入学以来、成績は他の追随を許しません。才能があるって素晴らしいですね」

数日後、興奮気味に話す教師に辟易した。


最初にミリアを見て以来、彼女のことが気になりその行方をずっと追ってしまった。

彼女は休みも惜しまず、お昼も取らず机に向かい勉強をしていた。

私は自分が幼い頃から、才女と呼ばれた母上を見てきた。


生まれながらに他者と比べ物にならない能力をもっていただろう母上は、彼女のように必死に机に向かうことなど決してない。

片手間に書いた経済書がベストセラーになってしまうような人だ。


「ミリア様はただの才女ではないと思いますよ」

彼女は才女ではない。

周りの人間に才女と思わせてしまわせるような、とてつもない努力をする人なのだ。


「ただの才女ではないのは分かっていますよ。彼女はカルマン公爵になる人ですから。女性が公爵になれる時代がくるのです」

まるで歴史が進んでいるかのように話す教師に辟易した。


歴史が進んでいるのではない。

血筋や男尊女卑の思想をもったカルマン公爵の考えを変えるような能力を、類い稀なる努力を持って赤い瞳をした女性であるミリア・カルマンが示したのだ。

彼女ほど必死にがむしゃらになったことが自分にはない。


「なんですか、この曲は聴いたことがない。とんでもない超絶技巧ですね」

その時、恐ろしいほどの情熱に溢れたピアノ曲が耳に入ってきた。


「ミリア・カルマンですよ。ピアノも得意なようです。自作の曲でしょう。本当に天才というものは羨ましいですよね」


呑気に言う教師を放って、音楽室に足を急いだ。

怒り、悲壮感、情熱、様々な感情が入り混じった曲。

ピアニストもゾッとするような技巧を持ったテクニック。


「ミリア、あなたは何者なのですか?」

私は思わず呟いていた。

女性などうんざりだった、頭が軽くて着飾ることばかりに夢中だ。


音楽室に到着した時、突然演奏が止まった。

「カルマン公女、先ほどの曲はなんという曲ですか?」


また、彼女に付きまとっている男がいた。

彼は2日前、確か彼女に振られたはずだった。

その時に、あっさりと引き下がったように見えたから素性を調査することも彼女に近づかないように釘をさすこともしなかった。


「『2度と、私に話しかけないで』という曲ですわ」

彼女は優雅に椅子からたち、ゆっくりとお辞儀をする。

その所作の美しさに思わず見惚れてしまう。


「何度も諦めようとしました。でも、諦められません。僕は気が狂いそうなくらいあなたを愛しています」

ミリア・カルマンはまた男の告白を受けていた。

まともに対応などせず、無視すればば良いものを。


それにしても先ほどの彼女が作った曲名に断りのメッセージが含まれていたのに、そんなことにも気がつかないとは頭が悪すぎる。

彼女も、察しの悪い相手に思われたものだ。


突然、ミリア・カルマンはカーテンを開けた。

夕日が眩しくて彼女の姿が見えづらくなる。


「ミリア、どうなさったのですか?」

勢い良く告白した男も戸惑っているのが分かった。


「ミリアですって、私はあなたが気安く呼んで良いような女ではありません。立ち去りなさい、そして2度と私に話しかけないで。あなたなど、私にとっては辺りを漂う蚊よりも煩わしい存在です。」


夕日を背にした彼女は、いつもの親しみやすい可愛らしさを感じさせなかった。

手の届かない天上人のような存在感を放っている。

彼女を前にした男は膝をついた後、逃げ出すように去っていった。


「自分の小動物のような可愛い見た目の親しみやすさを、夕日で消したんだね。ミリア、君は本当にすごいよ、愛おしくておかしくなりそうだ」

私は彼女の魅力に触れて感動しながら、今まで感じたことのない感情に囚われていた。





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