ある邸宅の豪奢な執務室で、いつもの温厚さをすっかり棄て去った聖女は、犯人をまっすぐに見据えていた。
ガラス玉のように透き通った美しい瞳は、何も見ていないかのようで、すべてを見通しているかのようにも見える。
彼女の護衛騎士の俺が、小柄で年下の彼女に対し、少し恐ろしくさえ思っている。そう思うべきと思わせるような雰囲気を、今の彼女は確実に持ち合わせていた。
「手がかりを集め、推理をし、私が導き出した答えを神が『是』と認めました。正義の神・アストライアーの代行者である私の前で、正義にそぐわない嘘は、たった一秒の目くらましにもなりません。貴方の罪を、神はすべて見透かしています」
彼女が犯人に示した左手の甲には、両翼を背負う剣の聖痕が強い黄金色の光を放ち、浮かび上がっている。
彼女が一歩踏み出せば、全身が純白の光を放ち始め、修道服の白を、蔦状の水色光がシュルリ、シュルリと浸食していく。
神の存在など信じてさえいなかった俺がその存在を信じてしまいたくなるくらいには、彼女の姿は神々しい。
――その乙女、月の光をも反射する艶やかな銀色の髪を揺らし、高貴な紫と高魔の証たる黄色のを携えて、正義の鉄槌を下す者。
善人に慈悲を与え、悪人には容赦のない罰を下すその様は、神の代行にして執行人と呼ぶに相応しい。
以前どこかで聞いた聖女・アイーシャに関する吟遊詩人の唄の一節を、今更ながらに思い出す。
初めて聞いた時には「大袈裟な」と呆れたその唄は、普段の彼女を知るにつれ「観客たちに求められるままに脚色に脚色を重ねたのだろう」と思わせる内容だ。しかし今は、吟遊詩人があぁ唄った理由がよく分かる。
街の人々からは「常に笑顔を絶やさない優しい『銀百合の乙女』」として慕われている彼女は今、美しくも気高く誰をも側に寄せ付けない。その逆鱗に掠めた瞬間に報いを受けることになるのだから、『触るなキケン』と呼ぶに相応しい。
しかし俺は知っている。どれほど彼女が人知を超えた力の行使者であったとしても、彼女は一人の人間だ。
周りに見せている部分はすべて彼女の真実で、しかしそれだけが真実ではない。
聖女・アイーシャは、強くて、弱くて、優しくて、頑固だ。
どんなに多くの人々から賞賛を向けられていても、神に選ばれた人間でああっても、完璧などには程遠い、一人の少女であり俺の護衛対象だ。
最初は、まさかこんな風に思うだなんて、俺自身思ってもみなかった――などと考えたところで、俺は思わず目を剥いた。
「悔い改めなさい」
そんな言葉と共に、彼女の後ろにそびえ立っていた水柱がグニョンと大きく形を変えた。拳を握り込んだその大きな腕が大きく振りかぶり、目の前の犯人を床ごと砕いた。
神が与えし罰を目の前で、目撃した瞬間だった。