怪訝に片眉を上げれば、彼女は微笑みを湛えたままコクリと頷いた。
「えぇ。何も検出できなかったのです」
「……は?」
一体それの、何が面白い事なのか。単に成果が得られなかったという話ならば、つまるところ調べ損でしかない。欠片ほども面白くない。
が、彼女の考えはどうやら少し違うようだ。
「私の解析・鑑定の魔法は、効果の範囲内に入れた物質の概要から、成分、強度、利用用途まで、沢山の、それこそ私が本来知り得ない筈の情報までもを補完し教えてくれるのです。にも拘らず、何も検出できなかった。石像の経年劣化具合に極端な問題がなかった以上、人為的な破壊であることには間違いなさそうなのですが、切断面を鑑定しても付着している成分は皆無です。普通、何かで切断したならば、少なからずその痕跡が残る筈なのに、です」
「つまり何が言いたいんだ」
「『手口不明、手掛かりもなし』。しかし少なくとも自然現象ではあり得ません」
俺からすればそれこそ何の収穫もなかった証拠に思えるが、彼女はむしろ「これが最大の成果だ」と言わんばかりの語り口だ。
俺にはまだイマイチよく分からないが……などと思っていると、その空気を察したのか、再び口を開く。
「何も痕跡を残さないのは、案外難しいものなのですよ。少なくとも、残さないための労力が必要になってきます。それを、私の魔法を以ってしても分からないほどまで徹底して行うのは、並大抵の注意力ではありません。もちろん普通はここまでしないでしょう。まるで誰かが痕跡を根こそぎ探ろうとする事を、あらかじめ想定していたかのようです」
なるほど、ここまで言われたら流石の俺も何となく分かる。
「つまり、あんたの事をよく知る人物が犯人だ、と?」
「もちろん可能性の話です。違うかもしれませんが、もしそうだと仮定した場合、私が使う解析魔法がどの程度の情報を解析できるのかを知っている方は、そう多くはありません。例えば国のごく上層部や、過去に私と捜査上で密な交流があった方々。本人たちではなくとも、その周辺の人物である事には、ほぼ間違いないでしょう」
「これまでの交流がどの程度かは知らないが、国の上層部? こんな小さな案件に?」
それは流石に話を盛り過ぎだ。聖女の言葉に思わず鼻で笑うと、彼女の凪いだ目とかち合った。
「なんせ神のお告げです。国家規模や、下手をすれば世界規模の事件に発展する事は大いにあります。――もちろん、そうならないための私ですが」
言いながら、彼女が手がスッと差し出してくる。
「できればユスティードさんにもご協力いただきたいのですが」
いかがでしょうか。
そう言葉が続くだろう事は、言動で一目瞭然だ。
「俺には魔法は使えない。あんたの助けにはならないぞ」
「私の調査にお付き合いいただければそれで十分です」
それはつまり、調査に人手は不要という事なのだろう。
俺がいる意味はあるのだろうかと思う一方、どうせこの話を了承せずとも、護衛騎士の仕事はせねばならない。どうせついて回らなければならないんなら、俺は俺の目的――王城への返り咲きのために、少なからず積極的に動いているアクションはした方がいい筈だ。
神のお告げの信憑性云々はとりあえず置いておいて、どうせここ数日間、何もない日々を過ごしていたんだ。暇つぶしがてら付き合う表明をしても、悪い方には転ばないだろう。
「俺は俺の仕事をする、結果としてあんたの後ろをついて回る事になるだろうな。で、次はどうするつもりなんだ」
遠回しな了承と共に質問を投げかけると、彼女は「ありがとうございます」と律儀に返事をしてから石像の方へと向き直った。
「私が今一番気になっているのは、鳥を切り離した手口です。見たところ、魔法の痕跡は皆無でした。にも拘らず、物理的な痕跡もない。どうしたらそのような状態を作れるのか、今の所予想もつきません」
「……あんたが検知できてないだけで、魔法を使ったんじゃないのか」
「どうでしょう。たしかに可能性はゼロではありません。しかし魔法の行使を隠すにしても隠蔽魔法を使わねばなりません。私の解析魔法はその痕跡も見つける事ができます。もし神から貸し与えられたこの力を欺ける方がいるとしたら、それはこの世界で二人しかいないでしょうが、どちらが関わっている可能性もゼロです」
ここまで妙に「可能性」「可能性」と努めて明言を避けてきた癖に、今回はキッパリと「ゼロだ」と言い切った。おそらくそれ程の確信があるという事なのだろう。
その自信が神への信心からきているのか他から来ているのかは分からないが、どちらにしろどこから手を付けるべきかまったく分からない今の俺は、聖女の言葉を信じる他に選択肢を持っていない。
とりあえず聖女の言う通りに――。
「ではまずは、街中を聞き込みに行きましょう」
「え」
てっきり神のお告げや魔法に頼った何かをするのだと思っていた。それが聞き込み? いや、こいつは聖女なんだから、動かせる人でもあるだろう。誰かに調べてきてもらって……。
「アストライアー様は、私自身の目で見て耳で聞いた事しか証拠として認めてくださいませんし、お告げを受けている者にしか気付けない事もあるでしょう」
まるで俺の心の中を見透かしたような返答に、思わず口の端が歪む。
何だそのルールは。面倒臭いな神ってのは。
「目下の容疑者は、私の魔法を知っていて、警戒する事ができた人物。そして昨晩、この広場にくる事ができた者です」
「おい、ちょっと待て。昨晩っていうのはどこから出てきた?」
先程聞いた平民たちの話では「朝に見たらもうなかった」とは言っていたが、無くなったのが夜の内だったとは言っていなかった。それよりも前か、朝方だった可能性だってある。
が、聖女はニコリと微笑んだ。
「昨晩で間違いありません。神のお告げで視ましたから」
そこは教えてくれるのかよ。だったらもう手っ取り早く、犯人まで教えてくれればいいのに。
そんな俺の内心は、ギリギリのところでひっこめた。