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第6話 J-ジェイ-

 信じられない。信じたくない。絶対、絶対信じたくなんかない!!!!


 信じられるはずないじゃない、こんなの。

 なんにもないのよ? 瓦礫とその瓦礫の隙間から生えてる草ばっかりで、白い石の山、なんて。


 ああ、これ夢だわ。あり得ない。あたし、まだ夢見てるんだ。あの水にひたって……。

 そうよ、これは夢。現実じゃない。あたしはまだ夢見てるの。そうよ絶対。こんなの現実なわけないじゃない。こん、な……の……。


 おそるおそる、触れてみる。

 足元に転がってる、土で汚れた瓦礫片。


「そんな……。こんなのって、ない……っ」


 指が痛いの。血は出てないけど、さっきの瓦礫登りですっかり赤くなってて……足も、痛い。

 痛いの。どこもかしこも痛くて、痛くて……。


 ぎゅっと胸に両手を押しあてる。目もつぶる。ぎゅうって。


 これは夢。絶対夢。夢なんだからっ。

 目を開いたら父さまがいるわ。みんな、ポッドにぷかぷか浮いてるあたしを覗き込んでて、そして、室長さんが言ってくれるの、「おはよう」って。「気分はどう? 気持ち悪くない?」って。

 「おはよう」ってあたしも笑って返して、そして言うの。


「怖い夢見たの。この研究所とか、この辺り全部なくなっちゃってて、あたし、瓦礫の廃墟にいたのよ」


 って。

 目を開いたら、父さまがいて、みんながいて。あたし……あたしは……。


 でも、開いてみても、知ってる人はだれもいなかった。

 たくさんの瓦礫と、冷たい風と、降るような星空だけが広がってて……。

 そしてあの縁の髪の少年が、視界の隅で無言でこっちを見ているだけだった。


「ねえっ! あたしが眠ってる1年で、一体何があったの!? 何が起きて、こんなになっちゃったの!?」


 がばって彼の胸倉つかんで揺すったんだけど――全然反応が返ってこないのよ、これが。

 全くの無表情。ただ見返してくるだけで、何も言ってくれないの。


「ねえっ! なんとか言ってよ! あなた、しゃべれないわけじゃないんでしょ!? あたしの言葉、通じてる!? 日本人よね!? あなた!!」


 お願いだから反応してよっ!!

 それともほんとに言葉通じないの?


 足から力が抜けて、立っていられずその場にずるずるとへたり込む。


 …………ふ。ふえええええええーーーんっ……!


 彼が何も言ってくれないことに、涙まで出始めたとき。



「おーい」


 そんなのんきな声が突然少年の後ろのほうからしてきた。


「リョーク! そこにいるのかあー?」


 人! 人の声だ!!

 ぱって顔を上げて、少年の体越しに前に目をこらすと、月明かりの下に人影が1つ。

 まだ距離があるから輪郭線くらいしか分からないけど、確実にあたしより年上の男の人だ。

 こっちへ歩いて来る。


 リョク? リョクって?


 なんて、きょろきょろ辺り見回して捜す必要なんかないわね、ここにはあたしと少年しかいないんだから。


 その声に反応した少年が、肩越しに振り返った。


「リョク。やっぱここかよ。戻ったと思ったらいきなり人の服ひっつかんで飛び出していきやがって。おまえ、最近いっつもここだからなあ。

 にしたって、夜は出歩くなって言ったの忘れたのか? ただでさえここいらはぶっそうなんだぜ。おまえだって面倒事はごめんだろ」


 雑な仕草で短い頭髪をかきながら近寄って来た、黒づくめの男の人。

 そう言いながら少年を見た――と、思う。

 だってグラサンかけてるんだもん。しかも色つきみたいだから、真っ暗くてよく見えないし。むしろ、よくあんなのかけて夜歩けるもんだわ。


 にしても……これ、あの人の服なわけね。

 やだなあ。できればお近付きにはなりたくないクイプだわ。なんか乱暴そうだし、やっぱり長銃担いでる。拳銃もベルトに挟んでて。


「あれ? あんた」


 少年の後ろに座り込んでいたあたしを見つけて、男の人は驚いたように声をかけてきた。


「なに? リョク、そゆこと?」


 ジロジロジロジロあたしを見て、少年に目を移して、理解したって口ぶりで言ってくる。


 なによ、こいつ。ずいぶん失礼じゃない?


 口をムの字形にして見上げても、まるっきり悪びれた様子もなしなんて、どういう神経してるのかしら。


「へえーっ。どーりでおまえ、よくいなくなると思った。こんなとこ逢い引きに使ってたのかよ」

「なんですって!?」


 とはあたし。

 その声の高さと突然さに男の人、すっごく驚いたみたいだけど、でも、これは当たり前の反応よ! どうしてあたしがこの子とあっ、逢い引きなんてしなくちゃいけないのよ!


 大体、会ったのだってほんのついさっきなんだからね!

 なんならまだ一言も口きいてないし、自己紹介だってまだなんだから!


 そういった内容のことを一息でまくしたてたら男の人、後ずさってこくこくこく、なんてうなずいてきた。

 でも、少年は相変わらず全然無反応。


「ちょっと! あなたもなんとか言いなさいよ! 無言じゃ分からないじゃない!

 まさか肯定してるんじゃないでしょうねっ!」


 ぜいぜい、はあはあ…….。


 あまりの反応のなさに怒り肩になってついにらんじゃったけど、少年の絵に描いたような無表情さは変化なし。

 うんともすんとも言わない。


「……あなた、もしかして本気であたしのこと無視してるんじゃないでしょうね……」


 思わずにぎりこぶし作っちゃうわよ。


「あ、無験無駄」


 そこへ、ようやく驚きから立ち直った男の人が、顔の前で手を振ってきた。


「そいつしゃべらねーの、一言も。おどしても殴っても蹴っても。ぜーんぜん」

「あなた、こんな子どもに向かってそんなことしたわけ!?

 それじゃ、しゃべらないんじゃなくって本当にしゃべれないんじゃないのよ。そんな相手に対して暴力なんて……」


 そりゃ、あたしもつい、こぶし固めたりしたけど、でも、ほんとに殴ったりなんかしないわよ。形だけよ、もちろん。あたしは非暴力主義だもの。


 じーっ、と責めるように見たら男の人、目に見えてうろたえだした。罰悪そうにあご引いて、あわてて釈明してくる。


「悪かったと思ってるよ。シカトしてると思ってたんだってっ!

 ちゃんっと謝りました、そのあと」

「ほんと?」


 じっ、とリョクとかいう少年を見る。


「だーっ! ほんとだってっ。悪いと思った証拠に、銃の使い方とか食い物の取り方とか教えて、いろいろ面倒見てきてるんだぜ?」


 ……ぷぷぷっ。うろたえちゃって、かわいーっ。


「ああもおっ! あんたなあっ――って、そういや名前聞いてなかったな。

 俺ぁジェイ。アルファベットのJだ。そんで、こいつはリョク。つっても俺がこの頭でそう呼んでるだけだが」


 親指で自分と少年を指す。


「で?」

「坂ロ……美幸、です」


 Jって、本名じゃないわよね。どう見ても日本人だし。

 そう思って、こっちにだけ本名名乗らせるなんて、なんかずるいなーって考えてたら。


「サカグチミユキー? 長ったらしい変な名前だな」


 なんて、眉を寄せて言ってきた。


「Jなんて、あなたのほうがずっと変よっ!」


 ええい、蹴り入れてやるっ。

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