慎一は額に手を当て、ため息をつきながら陽太を見た。「陽太、ママが本をもっと読んで、パソコンは控えなさいって言ってたよね?またこっそり遊んでたでしょ?漢字が書けてないよ」
「いいんだよ、お兄ちゃん。細かいことは気にしない!」陽太はにやりと笑い、落書きの隅に下手くそな豚の顔を描いた。「ふん、ダメ父親!みんなにアイツが大バカだって知らしめてやる!」
ここ数年、二人は秋生本人に会ったことはなかったが、テレビでは何度も見かけていたし、ママの親友である佐藤美咲からもママの悩みを聞いていた。だから駐車場で顔を合わせた瞬間、すぐに彼だと確信したのだ。
子供たちにとって、ママを傷つけ、姿を見せることすらしないこの男は、父親と呼ぶに値しなかった。
「慎一お兄ちゃん、陽太お兄ちゃん、何してるの?」星奈が小走りで近づいてきた。
「シーッ!」陽太は慌てて妹の口を手で押さえた。「声を小さくして、悪いことしてるんだから!」
星奈もすぐに自分の口を小さな手で押さえ、力いっぱいうなずいた。大きな瞳がぱちぱちと瞬いている。車のドアに書かれた文字を見て、そっと言った。「陽太お兄ちゃん、『捨』の字、書けないの?」
陽太はバツが悪そうに筆を振った。「……だから細かいことはいいってば!」
慎一は妹の手を取って聞いた。「星奈、ママはまだ帰ってこないの?」
「ママはマネージャーさんに呼ばれてたよ。」
マネージャーのオフィス。
知絵がドアを開けて入ると、マネージャーがすぐに立ち上がって紹介した。「南さん、いらっしゃいましたね。こちらが藤原家の奥様です。奥様、こちらがオークショニアの南しずくです。」
藤原家の奥様――
知絵は顔を上げ、胸がざわついた。
小野清美――
秋生がかつて愛した女性。やはり彼女が「藤原家の奥様」になっていた。知絵の唇に冷たい笑みが浮かんだ。一度は二人のために身を引いたものの、まさかイギリスでまたこうして再会するとは思わなかった。
清美は全身ブランドで身を包み、メイクも完璧だ。コーヒーカップを置き、ヴェールで顔を隠した知絵を見やていた。その視線には隠しきれない侮蔑があった。何が有名なオークショニアで鑑定の達人よ――
顔も見せられないくせに、どうしておじいさまがこの女を名指しで呼ぶのかしら。清美は鼻で笑った。「あなたが南しずく?アンティークの鑑定ができるって聞いたわ。報酬は好きに決めて。私たちと一緒に京都の藤原家まで来て、いくつかの品を見てちょうだい」
その口調は、藤原家の名と「報酬は好きに決めて」という言葉が、誰にとっても断れない条件だと信じて疑わないものだった。
知絵の心に冷たいものが広がった。確かに自分は鑑定士でもあるが、この二人のために働くことなど絶対にありえない。秋生に関わるものは、五年間すべて避けてきたのに、どうして自ら罠に飛び込むものか。
「申し訳ありませんが、私はオークショニアが本業です。鑑定は他の専門家にご依頼ください。マネージャー、失礼いたします」と言い、すぐに踵を返した。
清美は呆気にとられた。「あなた……私を誰だと思ってるの?」
「ちゃんと分かっています。ですがお断りします」知絵は足を止めなかった。
「待ちなさい!お金を払うと言っているのに、どうして断るのよ!」清美は怒りをあらわにして、知絵の手首を強く掴んだ。おじいさまのご機嫌を取るため、どうしても連れて帰らなければならないのだ。
知絵は眉をひそめて振りほどこうとしたが、ふと清美の手首に目が留まった――そこには一つの鮮やかな翡翠の指輪がはめられていた。瑞々しい緑色と透明感。どう見ても一級品だ。
知絵の目が大きく見開かれた。――これは母が遺した大切な指輪!あの家を慌ただしく出た時、藤原家に置き忘れてしまったもの。それが今、清美の手に渡っているなんて――
秋生が渡した?彼は、彼女の大切なものを他の女性に与えたのか?胸の奥が鋭く締めつけられる感じ。知絵は清美の手首を反対の手でしっかり掴み、冷たい声で問いかけた。「この指輪、本当にあなたのもの?」
知絵の気迫に清美は一瞬たじろいだが、すぐに高慢な表情で顎を上げた。「もちろん私のよ。秋生がくれたの。まさか、あなたのものだって言うつもり?」
やはり――知絵の心臓はドンと打たれ、怒りが込み上げた。彼は、こんな形で私の大切なものを――
「手を離せ」
低く冷ややかな声が、圧倒的な存在感で響いた。
知絵は体が固まり、顔を上げた。
ドアの向こうに、いつの間にか背の高い男の姿が立っていた。仕立ての良いダークスーツに身を包み、鋭いまなざしがヴェール越しにも突き刺さるようだ。その黒い瞳は、深い湖のように冷たく光り、全身から揺るぎない威厳が漂っている。
藤原秋生――
本当に、秋生だ。星奈の言った通りだった。
知絵の心臓が激しく跳ねていた。この五年間、彼に子どもたちの存在を知られることだけは避けてきた。
藤原家が血筋を見逃すはずがない。この三人は、彼女のすべてなのだ。知絵は手のひらをきつく握りしめ、爪が食い込むほどだった。ヴェールの下の顔はすっかり血の気を失っていた。
清美はすぐさま知絵の手を振りほどき、悲しそうな顔を作って秋生のもとへ駆け寄った。「秋生、この南さん、何度お願いしても全然応じてくれないの。すごく強気で、まるで私たち藤原家を……」わざと途中で言葉を切り、知絵の態度を示唆した。
秋生の視線はずっと知絵に向けられていた。その姿も、ヴェール越しでも忘れられない瞳も――
彼は静かに口を開いた。「値段を言え」