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第37話 娘の心を取り戻した、そろそろ離婚しよう


幼稚園の門の前で、美咲は急いで駆けつけたものの、やはり十分ほど遅刻してしまった。

到着すると、翔太が栞奈とVivianのそばに立っていた。

美咲は慌てて駆け寄り、「遅くなってすみません、竹内さん」と謝った。

翔太は不思議そうに尋ねた。

「最近、忙しいんですか?」

「はい、医学部で授業があるんです」と美咲が答える。

翔太は少し驚いた様子で、続けて言った。

「明日、Vivianが佐藤さんのお宅で半日遊びたいそうですが、ご都合いかがですか?」

美咲はすぐにうなずいた。

「大丈夫です!明日は一日中家にいますので、早めに連れて来てくださっても平気ですよ。しっかりお世話します」

翔太は口元に微笑みを浮かべ、「ありがとうございます。助かります」と言った。

「全然ご迷惑なんてことありませんよ」と美咲も微笑んだ。


土曜日の午前十一時頃、翔太はVivianを連れてきて、子どもを預けるとすぐに帰っていった。

Vivianと栞奈は二階のおもちゃ部屋で夢中になって遊び、美咲はそばで静かに見守っていた。

同い年の二人の女の子は本当に楽しそうだった。


午後四時、翔太が迎えに来るまで、二人はずっと離れたがらなかった。

「Vivianに帰ってほしくない!やだよ…」と栞奈はVivianの手をしっかり握ったまま。

二人は抱き合ってなかなか離れず、翔太がVivianを抱き上げ、美咲も娘を抱きしめて優しくなだめる。その途中で、翔太の手が偶然美咲の手に触れた。

美咲は娘をなだめながら、前髪がふわりと頬にかかった。

翔太の視線からは、美咲の丸い額、整った鼻先、鮮やかな唇、透き通るような肌がはっきりと見えた。

黒く長い髪が無造作に肩に流れ、どこか古風な優しさが漂っている。

最後は、翔太が明日新しいおもちゃを買ってくると約束して、ようやく子どもたちは泣き止んだ。栞奈は涙を浮かべながらVivianを見送り、美咲の腕の中でしばらく甘えてから落ち着いた。


日曜日、美咲は佐藤家の母から電話をもらい、娘と一緒に昼食を食べに行った。

詩織は友人と海外旅行に出かけていて不在だった。


月曜日、省吾からメールが届いた。

全国的な感染拡大により、美咲が開発した新薬が特別に臨床試験を早めて開始されることになり、早ければ二週間後には試験生産に入るという。

健一からは月曜の夜に連絡があり、帰国が数日遅れるとのことだった。

この一週間、美咲はどうしても迎えに行けない時、翔太が学校の遊び場で栞奈を見てくれて、大変助かっていた。

最近は実験室での仕事が忙しく、時間の調整も難しかったが、翔太が手伝ってくれるおかげで、心に余裕ができた。


水曜日、山本教授が自ら主催した会議で、美咲は大きな賞賛と表彰を受けた。

研究室が設立されてからわずか半月で、新薬の開発と上市を成し遂げたのだ。

「この成果は国際的な医学雑誌に掲載し、新薬でさらに多くの患者を救いたい」と山本教授は発表した。

晴子は表面上は平静を装っていたが、目の奥には嫉妬の色が隠せなかった。

今回の新薬開発で、美咲は彼女に大きな一撃を与えたのだ。

その後も会議が続き、美咲の新薬は国内の医学界で大きな話題となり、彼女の名前も広まった。父親が誰かを知ると、一層の信頼を得ることになった。


アメリカ発、帰国便のファーストクラス。

健一は客室乗務員に新聞を頼んだ。

乗務員は彼の身元にすぐ気付き、特別に丁寧なサービスをしていた。

健一はダークカラーのシャツを身にまとい、引き締まった体格と彫りの深い顔立ち、鋭いが知的な眼差しがより一層魅力的だった。

客室乗務員は、彼の隣に座る女性――世界的ピアニストの夢乃をちらりと見た。今は毛布にくるまれ、シルクのアイマスクをして休んでいる。

健一は新聞を広げて読み、英語で掲載された医学論文のページで目を止め、じっくりと目を通した。

読み終えると、彼の深い瞳には賞賛の色が浮かんでいた。この優れた論文を見て、将来の投資方針に自信を持ったようだ。

ふと著者名に目をやると、視線が鋭くなる。

MISA

そのローマ字名をしばらく見つめ、眉をひそめると、他の記事を読み始めた。

この名前は確かに妻と同じだが、まさかこれほどの論文が自分の妻の手によるとは思いもしなかった。


空港の到着ロビー。

調査員はここで十日近く張り込み、ついに健一と夢乃の帰国をカメラに収めた。

人目を避けてスマホで撮影する。

そこへ、急ぎ足の男性客が夢乃にぶつかりそうになった!

健一はすぐに反応し、長い腕で夢乃をしっかりと抱き寄せて守った。

夢乃は見上げてにっこりと微笑み、旅の疲れを感じさせない穏やかな表情を浮かべていた。

その時、健一はふと思い出したように足を止め、ポケットからマスクを取り出し、自ら夢乃に着けてあげた。

夢乃の目元には幸せそうな笑みが広がる。

その光景は、誰が見ても仲睦まじいカップルそのもの。

ハンサムな男性が愛する人のためにマスクを着けてあげ、たとえ自分は着けなくても、大切な人を守るという深い愛情が伝わってくる。

これぞ究極の優しさだ。


この写真の数々は、調査員によって一枚も漏らさず美咲のスマホに送られた。

美咲は淡々と写真を眺め、心は何の動揺もなかった。

健一が夢乃を愛すれば愛するほど、離婚の時にすんなり手放してくれるはずだと、むしろ安心していた。

各地の病院で患者が急増したこともあり、美咲の新薬は予想より早く上市された。二つの病院で試験的に使われた結果、六人の重症患者がICUから一般病棟へ移されるほどの効果があったという。


「美咲、準備しておいて。来週、ニュースの取材班が研究室に来るから、インタビューに出てもらうかもしれない」と省吾が言った。

美咲は顔を上げ、明るい目で微笑みながら「はい、準備します」と答えた。

「もう彼に隠すつもりはないのか?」と省吾は微笑んで彼女の考えを見抜く。

「もう、この結婚に終止符を打つときです」と美咲はきっぱりと言った。


娘の心を取り戻した今、離婚の準備を始める時だ。

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