「次で最後になります。福島正則殿!」
空が茜色に染まった頃、岡崎城は陥落した。
本丸へ通じる最後の門で激しい攻防戦が繰り広げられている中、福島正則が切腹しようとしていた現場を味方達に捕らえられての降伏である。
一応、岡崎城への援軍は近づいていたらしい。
浜松方面の情報収集を行っていた忍者達の報告によると、家康は西軍が鳴海城を発つよりも早く援軍を派遣したが、その兵力は五千である上に行軍速度は並。
西軍が岡崎城へ迫りつつあっても行軍速度は変わらず、東海道でいうところの岡崎宿の手前の手前にある赤坂宿で岡崎城陥落の報が届くと、その進路をあっさりと浜松へと戻している。
やはり俺が予想した通り、福島正則は捨て駒にされたのだろう。
岡崎城を本気で守りたいなら行軍速度は昼夜を問わない早さになる筈であり、岡崎城を本気で取り戻そうとするなら赤坂宿から次の藤川宿までの迎撃に適した山間で滞陣して後続を待つ筈だ。
「さて、個人的に色々と言いたい事は有りますが…。
鳴海城でのお約束通り、処遇は小早川殿にお任せ致します」
そして、今現在は空が闇に包まれた夜。
岡崎城の本丸は篝火が幾つも焚かれて夕方のように赤く照らされて、豊臣家の『五七の桐』紋が描かれた陣幕が張られた中、敵将の処遇が次々と下されてゆく。
勿論、裁判長は西軍副将の宇喜多秀家。
但し、大トリを務める福島正則だけは別。その処遇を得る為、俺は鳴海城以後の功績全てを引き換えにすると鳴海城を発つ前の軍議で宣言していた。
「止めろ! 座るくらい自分で出来る!」
間もなくして、西軍の諸将が居合わす万座の中央、腰に回した両手を荒縄で縛られた福島正則が連行される。
敗北して尚、強気の姿勢を崩さず、連行した兵士二人がその肩を乱暴に落ち着けて座らせようとするが、肩を左右に勢い良く振って拒否。石田三成をギロリと鋭く睨み付けた後、その場にドカリと胡座をかいた。
「宇喜多殿のご配慮、深く感謝を致します。
では、福島殿。単刀直入にお聞きします。貴方は何がしたかったんですか?」
宇喜多秀家と席を入れ替わり、上座の床几に腰を下ろす。
その瞬間、福島正則の眉がピクリと跳ねたのを見つける。己の処遇を決める相手が小早川秀秋と知り、組み易しと捉えたのか。
「これは異な事を仰る。
私が君側の奸を除く為に戦ったのは秀秋様もご承知の筈です」
そう考えた矢先、案の定だった。
福島正則はそれまで険しく刻んでいた眉間の皺を解くと、口元に嘲り色を乗せた目は両手の縄を早く解けと言わんばかり。
今のところ、法則『俺の顔見知りは脇役』を外していない。
福島という姓からもしやと考えていたが、福島正則の顔は俺より三歳年上の従兄妹。
周囲の者達が俺の顔見知りなのは何かと心強いが、それが敵対者になるとやはり心苦しさを感じてしまう。
ましてや、今の俺は福島正則の生殺与奪を握っている。
子供の頃は幾度も意地悪をして、大人になってからは自慢か、嫌味しか言わなかった顔だろうと別人である。
嫌悪感しか湧いてこない感情に振り回されてはならないと自分を戒めて、心の内に広がる苦さを噛み締めながらとぼけて見せる。
「はて、何の事やら? さっぱり解りませんね?
でも、せっかくだから教えて下さい。貴方が言う君側の奸とは誰を指しているのですか?」
「当然、そこに居る石田三成の事でっ…。ぐぬっ!?」
たちまち福島正則は激高した。
目を信じられないと言わんばかりに見開くと、身体ごと顔を石田三成へ勢い良く振り向け、その際に立ち上がろうと右膝を立てるが、両脇に立つ兵士が即座に反応。肩と首根っこを上から押さえ付けられた結果、地面を舐めるハメとなり、恨みがましい鋭い睨みを俺へ向けた。
その打てば響く反応に苦笑を懸命に噛み殺す。
小早川秀秋も福島正則同様に悪感情を石田三成に抱いていた事実を俺は知っていた。文箱を漁っていたら証拠が出てきた。
小早川秀秋は福島正則からも家康に与する誘いを受けており、下書きと思しき返事の中には石田三成の罵詈雑言がこれでもかと書かれていて、二人が日頃から石田三成の悪口を言い合う同志だったが容易く伺い知れた。
無論、その下書きを始めとする今の俺に都合が悪い文章は既に焼却済み。
既に小早川秀秋の手を離れたものはどうする事も出来ないが、それ等は今そうしているように白を切り通すしかない。
それに小早川秀秋が実は『うつけ』を演じていた説が流布すれば、所有者は勝手に深読みしてくれるかも知れない。
「う~~~ん……。君側の奸と言うのなら、それは家康の事では?
今回の騒動だって、家康が好き勝手に振る舞ったのが発端。
三成はその逆。秀吉様がこうと定めた法を正そうと立ち上がったんですよ?」
「なっ!?」
右肘を左手で持ちながら傾げた顎を右手で持っての考えているフリ。
福島正則は目をこれでもかと見開き、口をポカーンと開け放って絶句した。
これまた当然の反応。
先ほども言ったが、小早川秀秋と福島正則は石田三成の悪口を言い合う仲。
それも豊臣秀吉を中心に据えた家系図の中、その後継者となった豊臣秀頼を除いたら、二人は最も血が近い者同士でもある。
戦国乱世において、血縁ほど大きな信用、信頼は他にない。
石田三成を嫌う者は多いが、その中でも小早川秀秋を福島正則は最も信頼していたに違いない。
その証拠として、福島正則は愕然から立ち直ると、小早川秀秋の気の迷いを正そうと猛烈に捲し立て始めた。
石田三成の悪口を小さな事柄から大きな事柄までこれでもかと並べ立て、その様子に今度はこちらが圧倒されて言葉を失う。
最早、これは所謂『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』状態。
豊臣政権下において、石田三成が限られた予算の中で経費を少しでも抑えたい文官なら、福島正則は軍事費という経費を湯水のように使う武官。
古今東西、文官と武官は仲が悪いと相場は決まっているが、福島正則の場合はちょっと度が超えている。
恐らく、きっかけは些細な事だったのだろう。
周囲を横目で伺えば、それと解らないように澄まし顔でいても同調が見て取れる者さえおり、何事も誠実であっても融通が効かない石田三成の世渡りの下手さが良く解る。
また、渦中の人の石田三成へ視線を向けると、先ほどまで勝利者として床几にどっしりと座っていた姿は見る影も無い。
深く深く項垂れながら肩を微かに震わせて、酷く落ち込んでいた。
これもまた当然の反応。
石田三成にとって、福島正則は主と仰いだ豊臣秀吉が一地方の一城主に過ぎなかった頃から苦楽を共にしてきた同士。
仲違いを重ねた結果、今回の騒動で陣営を東西に分けてしまったが、石田三成は福島正則と膝を突き合わせて語り合いさえしたら解り合えると信じていた。
だからこそ、俺が岡崎城攻めに加わる事が決まった岐阜でのあの夜、石田三成は福島正則の助命を必死に嘆願してきた。
豊臣家を裏切った者達に対する見せしめとする為、京都五条河原まで引き回した上に斬首とする。そう俺が胸の内を告げた途端、石田三成は土下座。
それだけは止めてくれと、福島正則は豊臣家の将来に無くてはならない存在だと訴えて、俺が難色を示して、大谷吉継も俺の考えに賛同すると、鼻水をダラダラと漏らして涙ながらに縋り付いてきたほど。
それ故、石田三成があまりにも哀れだった。
その一方通行に過ぎなかった友情を黙って見ていられなくなったに違いない。石田三成の隣に座る大谷吉継が右手を伸ばし、石田三成の丸まった背を撫でるが、石田三成の肩の震えは増すばかり。
俺自身も同情心が湧いた。
こうなったら、福島正則をギャフンと言わせたい。そうしなかったら、腹の虫が収まりそうにない。
矢継ぎ早に捲し立てているからこそ、いずれは必ず息切れする。
そこへ狙いを定めて、日本の現代社会の寵児が生んだ揚げ足取りのスーパーパワーワードを放つ。
「それって、あなたの感想ですよね?」
「えっ!?」
「何か、そういう資料が有るんですか?」
「し、しかし……。ひ、秀秋様もそう言っていたではありませんか?」
「なんだろう。嘘を付くのを止めて貰っていいですか?
その時、私は相槌を打ったかも知れませんけど……。
まあ、それはそういう風にしか理解ができない知能の問題だと思うんですけど?」
効果は抜群だった。現代のスーパーパワーワードは戦国時代でも通用した。
福島正則は瞬く間に勢いを失い、目をパチパチと瞬き。二の句を継げず、口を息苦しそうにパクパクと開閉させる。
事実、福島正則が並べ立てた文句は主観論というか、感情論ばかり。
どれもこれも説得力に乏しくて、石田三成憎しの色眼鏡を外した中立の立場で判断すると、どう考えても軍配は石田三成に上がる。
結局のところ、福島正則が言いたい事は『俺より頭が良くて、数字に強いからといって、図に乗るなよ!』であり、それを拗らせまくっているに過ぎない。
「三成、貴様! 秀秋様を惑わして、豊臣を裏から操ろうという魂胆か!」
「くっ!? くくっ!?
くくくっ……。ウケるっ! 腹が痛い! あっはっはっはっはっ!?」
その結果、福島正則は苦し紛れの矛先を石田三成へ向け、とうとう俺は吹き出してしまうのを堪えきれなかった。