「
渋谷支部のギルド長である知晴さんが、顔を真っ赤にしながら俺を怒鳴りつけていた。彼には何度も迷惑をかけてきたけど、こんな風になるのは初めてで驚いている。
店舗とはギルドが所有している建物だ。ギルドに所属する錬金術師は賃貸として借り、探索者向けに回復ポーションといった物を販売している。
言い訳をするわけじゃないけど、俺は錬金術師として研究はしっかりしていた。
一部の成果――錬成レシピはギルドにも提出していて、一定の評価を受けていたのに、なぜ追い出されるのだろう。
「どうして俺が出て行かないといけないんだ?」
「家賃の滞納が半年も続いているんだ! 当然だろっ!」
「ぐ……っ」
正論を叩きつけられ、反論できなかった。
錬金術に使うダンジョン産の素材を買い取っていたら、売上金を使い込んで家賃を支払う金がなくなっていた。
一ヶ月滞納したら、二ヶ月、三ヶ月と続き、「ダメだよなぁ」と思いながらも催促状は、ゴミ箱にぽいっと捨てていたのだ。
結果として、半年ぐらいは店舗の家賃を滞納している。
ガクッと肩を落として錬金術ギルドを出ると、真夏の陽差しが眩しかった。
道行く人たちは明るい笑顔ばかり。
見ているだけで空しくなってきたので、急ぎ渋谷の道玄坂を歩いて店へ戻ると、人工精霊のユミが出迎えてくれた。
「マスターお帰りなさい」
見た目は10歳ぐらいの少女だ。肌は白く人工的に見える。髪は透明感あるの銀青色でインナー側が薄く発光していた。前髪が切りそろえられたセミロングと、ワンピース姿から落ち着いた雰囲気を感じさせてくる。
「お店の家賃は支払ってきましたか?」
「すまん! 手遅れだった!」
手を合わせて謝罪をすると、ユミはため息を吐いた。
「退去命令が出てしまったんですね。期限はどうなっています?」
「…………今日中」
ユミの目がスーッと細くなった。
だから言ったじゃないか、といった圧力を感じる。
「滞納していたとはいえ、ギルド側も対応は酷いですね」
「もう次が決まっているらしい。早く商売をさせてやりたいからって言ってたんだ」
「だとしても急ぎ過ぎです。今からでも期限の交渉をしませんか?」
「止めておく」
面倒だし、一日に二度も知晴さんに怒鳴られたくはない。
「わかりました。すぐにでも退去しましょう。私物と錬金用の道具はマジックバッグに入れるとして、素材はどうします?」
「素材の持ち運びは難しいから、錬成して商品にするしかない」
錬金術は便利なのだが、素材の管理が非常に難しい。保管温度を数度間違えるだけでダメにしてしまうのだ。
地下保管庫から持っていく際に、半数は使えなくなってしまう。かといって、業者を呼んで運ぶ金も時間もない。錬金術スキルで錬成するしかなかった。
私物の収納をユミに任せて、俺は地下室にある保管庫の中へ入った。
壁一面に細かく区切られた棚がある。金属製の扉がついていて、ディスプレイには温度や空調などの状態が表示されている。
素材ごとに適切な温度や湿度が異なるので、専用の機材で個別に管理しているのだ。
とりあえず、回復ポーションを作ろう。
ダイヤルを回して扉のロックを解除すると、棚からブルーボルド草を取り出す。乾燥していてカサカサとした手触りだ。
これをすり鉢で潰し、粉状にしていく。この際、すりこぎと呼ばれる棒で魔力をブルーボルド草へ送ることで、素材の品質がさらに高まっていく。
ミキサーを使っても良いのだが、低品質のブルーボルド粉末しか出来ないため、俺は絶対に自動化はしない。職人としてのプライドが許さないのだ。
丁寧に粉末状にしてから、部屋の中心においた大きな樽へ入れる。
さらに別の棚から純水を取り出した。ポーション系等には必ず使う混じりけの無い水だ。手を近づけて魔力を注いでいくと、【エーテル水】へと変わっていく。
これも注ぐ人の魔力の質によって、上級~下級のエーテル水へ分類されることになり、俺の魔力は錬金術と親和性が高いので、必ず上級エーテル水になる。
これもブルーボルド粉末を入れた樽に投入だ。
軽く混ぜて準備は完了である。
「錬金術スキル起動」
キーワードを唱えると両手が光って、目の前に本が浮かぶ。今まで作ったことのある物のレシピがまとめられている。意志だけで操作してページをめくり【回復ポーション】で止めると、床に手をつけた。
樽を中心として魔法陣が浮かび上がる。
体内から魔力が抜かれていき樽の中へ移動していく。
錬金術で錬成した物の品質は、素材、魔力量、スキルの熟練度によって変わっていく。俺は家賃を滞納してまで最高の素材を集め、錬成ばかりしていたので、素材と熟練度には自信がある。
魔力量については調べたことないが、他人よりも多いことぐらいは分かっていた。
錬成が終わったようで魔法陣は消える。
樽の中を見るとブルーボルド草と純水が回復ポーションになっていた。体温計のような形をした測定器を入れると、回復量は最大値を示していた。
これなら四肢欠損すら治せるだろう。
「問題は、どうやって保存するかだな」
回復ポーションに入れる容器は地下室に置いてある。試験管みたいな形をしていて、長期保存は可能なのだが、満杯の樽の量が入るほどではない。あったとしても移し替えに時間がかかる。今日中に退去しなきゃいけないので、時間はかけたくない。
「マスターは錬成した後のことを考えて無かったんですね」
ため息を吐きながら、ユミが地下室に降りてきた。
私物の回収は終わったようだ。
「マスターには計画性という言葉がないのですか?」
「あはは、昔からよく言われている。ユミ、何とかしてくれ」
「……そのままだと、私抜きでは生きれなくなりますよ?」
また半目で見られてしまった。
創造主である俺に冷たすぎないか?
「まあいいです。自宅に持って行かせますから、マスターは錬成を続けてください」
ユミの体から淡い光を放つ青白い無数の蝶が出現した。
俺が作った人工精霊であってもユミは上位精霊のカテゴリに入るため、相性が良い中位までの精霊なら従ってくれるらしい。
幽灯蝶は樽に集まると細い足で掴むと持ち上げた。蝶の見た目からは想像がつかないほどのパワーである。階段の上に行ってしまった。
肝心のユミは立ったまま俺を見ているだけ。
先ほどのやりとりもあってちょっと気まずいが、さっさと錬成をしなければ。
魔力ポーション、解呪ブローチ、マジックバッグといった便利なアイテムから、ミスリル銀、ヒヒイロカネといった金属素材、ゴーレム核、爆発ビン、魔物寄せのお香といった便利グッズまで作っていく。
それらをすべて幽灯蝶が運んでいく。ユミは動かない。
「暇じゃないか?」
「そんなことありません」
錬成してる姿を見ているだけのユミを気づかって聞いてみたのだが、即答されてしまった。
首をかしげて「本当か?」と疑ってみたが、表情一つ変えずに見られていて変化がない。よく分からない性格に育ったみたいだ。
「それよりも時間は大丈夫ですか? もう17時ですよ」
やばい。まだ素材はたっぷりと残っている!
0時には終わらないが、朝までには片付くだろう。
一般社会だと今日中と指定されたら、明日の朝までという意味なので、ギリギリだが間に合うぞ。