酒臭い知晴さんが帰った翌日、俺はダンジョン探索用の装備を身につけていた。
腰にはマジックバッグのポーチを着けている。
首まで覆う青い服は、複数の魔物の素材を使って錬成しており、三層の構成になっている。
一層目はワイバーン皮で、銃弾を砕くほどの硬度を誇る。二層目は運動エネルギーを吸収する弾力性があって、スライムをベースにしたゲル状の薄い膜だ。
三層目は外からの魔力を吸収する植物をベースに裏地を作っている。これで弱い魔法系統のスキルも無効化可能だ。
一級とまで呼ばれる、日本でも数名しかいない上位の探索者で持つぐらい、高性能な防具だ。
仮にとんでもない魔物と出会って服が破れても、素材さえあれば修復は可能なので、遠慮無く使える。
人工精霊のユミはワンピース姿。魔力を増幅させる世界樹の繊維を使った服であるため、幽灯蝶の数、質が桁違いに跳ね上がる。さらに他の下級精霊も使役しやすくなるので、俺の護衛として活躍してくれるだろう。
装備に欠点があるとしたら防御力が普通の服と変わらないところだけど、ユミは心臓部分にある核さえ無事なら、腕の一本や二本が吹き飛んでも平然と動ける。俺が直接魔力を提供すれば、即座に修復できることもあって、防御力より攻撃力を優先した。
「準備は万端だな」
「マスター、商品を忘れてますよ」
ユミは床に置きっぱなしだったマジックバックを見ていた。
ショルダーバッグで花の柄がある。
男の俺には似合わないだろうけど、10歳ぐらいの見た目であるユミなら相性は抜群だね。みんなの視線を釘付けである。
「俺が持つと置き忘れそうだから頼めるか?」
「はい。お任せください」
嬉しそうに返事をしてくれた。
契約精霊だから従順なのは当たり前……という訳ではない。人工だといっても感情はあるため、本当に嫌なら断られてしまう。
また関係が悪いと主人の寝首をかくこともあって、契約しているからといって横暴な振る舞いをしてはいけない。
もし、一方的に命令したいのであればゴーレムの方が最適だ。
その代わり融通は利かないけどね。
「それじゃ行こうか」
家を出て道玄坂を下り、センター街に入った。
武器を持ってないので、免許だけ取った一般人のように見えるだろうけど、俺はこれでも3級の探索者免許を持っている。
5級が最下位なので、世間的には中堅ぐらいの評価だ。
ダンジョンの入り口は地下にあるため、他の探索者と一緒に階段を下っていく。
誰も声はかけてこない。
軽装では危険だって、注意するような人もいない。
ダンジョンは自己責任の世界で、社会の法が適用されないため、他人を気にする余裕なんてないのだろう。もしくは、誰が死んでも良いとでも思っているのかもしれない。
渋谷ダンジョンの地下1階に到着した。
地下迷宮のような見た目だ。横幅は5メートルぐらいで高さは3メートルほど。綺麗に整地されていて歩きやすい。
周囲にいる探索者は、ランタンや光る球を出して先へ行ってしまった。
残されたのは俺たちのみ。
「私が先頭を歩きますね」
体から数十にも及ぶ幽灯蝶を出現させ、光源を確保したユミが歩き出した。
一部例外を除いてダンジョンに罠はない。魔物にだけ警戒すれば良く、先行している探索者がいるため今は安全だ。
後方にいる俺はポーチからタブレットを取り出す。これはダンジョン内の歩いた場所を記録してくれる地図だ。定価は20万円ほど。
俺は素材を選び抜いて自作したから40万円ほどかかったけど、実質タダだ。
渋谷ダンジョンには何度も潜っているため、既に地下10階まではマッピング済みである。
「行商って、どうすればいいと思う?」
そういえば、どうやってポーションを欲しがっている人を探すか考えていなかった。
「マスターがそう言うと思って、実は良い物を用意しました」
自慢げな顔をしている。親馬鹿かもしれないけど、すごくカワイイ。誘拐されないか心配してしまうぐらいだ。
心配になってきたから、素材が手に入ったら強力な護衛か武器でも作ろうかな。
ユミはショルダーバッグから旅行の添乗員が持っていそうな旗を出した。『ポーション各種販売します』と、可愛らしい手書きで書かれている。空白のスペースにはビンの絵もあって、微笑ましい。
「俺が持つの?」
「はい!」
あんな可愛らしい旗を、成人済みの男が持ってもいいのだろうか。路上販売の時みたいに、何かの犯罪に抵触しそうな気がする。
気持ちとしては断りたいけど、俺が寝ている間に作ってくれたと思ったら、受け入れるしかない。
「ありがとう」
旗を受け取って周囲に見えるように持つと、ユミは満足したようにうなずいてから歩き出す。
いくつか分岐はあったけど、俺たちは迷わず地下2階に行くコースを選ぶ。
探索者の姿は見えない。
魔物の死体はあるので、倒して先に進んでいるのだろう。
「マスター、魔物の死体って放置してても大丈夫なんですか?」
「ダンジョンスライムが食べちゃうから問題ないよ」
別名スカベンジャーとも呼ばれていて、生物の死骸を食べてくれる魔物だ。
死体を見つけると地面から湧き出てくるため、移動している個体を見ることはない。
「だから死臭がないんですね」
「うん。もしダンジョンスライムがいなかったら、臭いを防ぐガスマスクは必須だったかもね」
「顔が見えにくくなるのは嫌です」
「そうだね」
ダンジョン内では人間同士も争う。そのとき顔が見えていれば敵味方の判別がしやすくなるので、ガスマスクが標準だったら困ったことになっただろう。
ダンジョンについて話ながら、順調に進んでいくが、行商は全くもって不調だ。
探索者のパーティはいくつか見かけたが、戦闘中だったので声をかければ怒られてしまう。地下1階だと死にそうになっている人もいない。
仕方なく地下2階まで行くことにした。