離れの倉庫を一通り確認してから、客間に戻るとばーちゃんがお茶を飲んでいた。
テーブルには平らな皿と小さなフォーク。チョコレートケーキを食べた痕跡が残っている。
「おや、確認は終わったのかね?」
「うん。ヒヒイロカネがあったけど、もらってもいいのかな。必要なら返すけど」
「わしよりも裕真の方が上手く使えるだろ。遅くなったが、独り立ちの祝いとして受け取りな」
師匠としてのプレゼントか。だったら遠慮なく使える。
許可が出たならすぐに使いたくなった。俺はヒヒイロカネのレシピを覚えてないので、合金を錬成しようとして失敗する可能性が高い。
レア素材が喪失したら三日は寝込む自信がある。
ばーちゃんの遺産は失敗したくないため、鍛冶師に頼んで武器にしてもらおうかな。
「だったら脇差にしたいんだけど、鍛冶スキル持ちでいい人いない?」
「後で紹介してやる。それと、この家もやろう。わし付きでな」
ばーちゃんがとんでもないことを言いだした。
家なんてもらっても困るだけなんだけど。
「渋谷から遠いから遠慮しておくよ」
「店は追い出され、金がないのにどうして、あそこにこだわる?」
「錬金術師の需要が最も多い場所だから、かな」
日本にはいくつもダンジョンはあるけど、最も栄えているのが渋谷だ。他は田舎にあって行きにくい。また山や湖の中にも出現しているケースもあって、入るのですら困難なダンジョンもいくつかあった。特に水中なんかは、【水中呼吸】や【水魔法】といったスキルが必須になるので人を選ぶ。
免許さえ持っていれば誰でも入れ、交通の便が良いダンジョンは渋谷以外ないのだ。
だからこそ多数の探索者が集まり、回復ポーションを始めとする錬成物の需要も多い。
「ふむ、それじゃ渋谷ダンジョン閉鎖問題に関わるつもりなのかい?」
「え、なにそれ……」
閉鎖なんてしてたの!?
俺が錬金術で遊んでいる間に、とんでもないことが起こっていたらしい。
「裕真は知らなかったのかい?」
「うん。ダンジョンの閉鎖なんて今まで聞いたことがないけど、本当なのかな」
「嘘なんてつかんよ。原因は不明だが地下10階にドラゴンが出現して、多くの探索者が殺された。討伐が終わるまで解放される見込みはないよ」
もしかしてユミが痺れさせたドラゴンのこと?
話に聞いていたよりも小さかったから、すぐに他の探索者が倒すと思っていたんだけど、どうやら俺の予想は外れてしまったみたいだ。
あのとき、素材ほしさに無理して倒そうとしなくて良かった。
「ドラゴンは討伐できると思う?」
「討伐隊の中には1級も入る予定だ。可能性はあると思うが、絶対ではない」
ふーん。日本で数名しかいない1級が参加するなら大丈夫なのかな。
素材は沢山手に入ったし、遊んでいる間に解決してくれよ。
「マスター、マスター」
脇腹をツンツンと指で押しながら、ユミが話を聞いて欲しそうな顔をしていた。
「なんだい?」
「チャンス到来です」
ん?? 何を言ってるんだ?
俺には全く分からない。
「行商をしましょう。ドラゴン相手なら死にかけの探索者は沢山いると思いますよ」
仕事の話だったのか!
確かにポーションが足りず、死にそうな探索者は出そうだ。死に間際に俺が売りつければ、高値で販売できるだろう。
当初の予定通りにね。
「でもさー、封鎖されているんでしょ。ダンジョンに入れてもらえるかな?」
問題があるとしたら、部外者は入れないということだ。
だからといって討伐隊に入れば行商なんて出来ず、ポーションを普通に提供するだけで終わる。何のメリットもない。
仕事なんてするもんじゃないね。
「裕真はドラゴン討伐で一稼ぎしたいのかい?」
「まあね。お金は欲しいよ。いろいろと滞納しているから」
「わかった。ちょっと待っておれ」
ばーちゃんがスマホを取り出して、電話を始めた。
相手は知晴さんのようだ。何かごり押しのお願いをしているみたいだ。
俺ができることは何もない。待っているのも暇だったので、ユミが抱えているミスラムを借りた。
縮小していた面積を大きくさせてから、上に乗ってみる。
じんわりと体が沈んで、ほどよく包まれた。
あぁ、これは人をダメにする椅子だ。もう働きたくない……。
「これはすばらしい。ユミも試してみる?」
「マスター、通話中の師匠が睨んでますよ」
「俺たちは暇だから大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんですか。一度、マスターの頭を開けて中を覗いてみたいものです」
ため息を吐かれてしまった。
呆れられたのだろうか。さすがに契約解除になったら困るので、フォローぐらいはしておく。
「ユミは初対面だから分からないだろうけど、ばーちゃんは細かいマナーなんて気にしないから、自由にしても大丈夫なんだよ」
昔からこんな風に、遊びながら話をしていても怒られたことはないからね。
「多分それはマスターだけですよ。私がやったら絶対に怒られます」
「俺がフォローする。大丈夫だから」
ミスラムを操作して二本の触手みたいなのを出すと、ユミの体を掴んで俺の上に置いた。
こうやって抱きしめるのは久々だ。ぶすっとした顔をしているけど、口元は緩んでいるので嫌がっていることはないだろう。
毎日髪を洗っているのでリンスの良い匂いがする。髪はさらさらで人間とは思えないほど。肌にはホクロやシミなんてなく真っ白で美しい。
精霊を現世へ留めるために相応しい体だ。
「俺と一緒になって後悔してない?」
「もちろんです、マスター。死ぬまで離れませんからね」
「ああ、その約束だけは絶対に守るよ」
ユミは体の持ち主と精霊の意識が混ざり合っているため、昔……生前のことも覚えている。
人工精霊にしたことを恨んでいるのではなく、今もまだ肯定してくれているのは嬉しかった。