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第20話 行商のチャンス

 離れの倉庫を一通り確認してから、客間に戻るとばーちゃんがお茶を飲んでいた。


 テーブルには平らな皿と小さなフォーク。チョコレートケーキを食べた痕跡が残っている。


「おや、確認は終わったのかね?」

「うん。ヒヒイロカネがあったけど、もらってもいいのかな。必要なら返すけど」

「わしよりも裕真の方が上手く使えるだろ。遅くなったが、独り立ちの祝いとして受け取りな」


 師匠としてのプレゼントか。だったら遠慮なく使える。


 許可が出たならすぐに使いたくなった。俺はヒヒイロカネのレシピを覚えてないので、合金を錬成しようとして失敗する可能性が高い。


 レア素材が喪失したら三日は寝込む自信がある。


 ばーちゃんの遺産は失敗したくないため、鍛冶師に頼んで武器にしてもらおうかな。


「だったら脇差にしたいんだけど、鍛冶スキル持ちでいい人いない?」

「後で紹介してやる。それと、この家もやろう。わし付きでな」


 ばーちゃんがとんでもないことを言いだした。


 家なんてもらっても困るだけなんだけど。


「渋谷から遠いから遠慮しておくよ」

「店は追い出され、金がないのにどうして、あそこにこだわる?」

「錬金術師の需要が最も多い場所だから、かな」


 日本にはいくつもダンジョンはあるけど、最も栄えているのが渋谷だ。他は田舎にあって行きにくい。また山や湖の中にも出現しているケースもあって、入るのですら困難なダンジョンもいくつかあった。特に水中なんかは、【水中呼吸】や【水魔法】といったスキルが必須になるので人を選ぶ。


 免許さえ持っていれば誰でも入れ、交通の便が良いダンジョンは渋谷以外ないのだ。


 だからこそ多数の探索者が集まり、回復ポーションを始めとする錬成物の需要も多い。


「ふむ、それじゃ渋谷ダンジョン閉鎖問題に関わるつもりなのかい?」

「え、なにそれ……」


 閉鎖なんてしてたの!?


 俺が錬金術で遊んでいる間に、とんでもないことが起こっていたらしい。


「裕真は知らなかったのかい?」

「うん。ダンジョンの閉鎖なんて今まで聞いたことがないけど、本当なのかな」

「嘘なんてつかんよ。原因は不明だが地下10階にドラゴンが出現して、多くの探索者が殺された。討伐が終わるまで解放される見込みはないよ」


 もしかしてユミが痺れさせたドラゴンのこと?


 話に聞いていたよりも小さかったから、すぐに他の探索者が倒すと思っていたんだけど、どうやら俺の予想は外れてしまったみたいだ。


 あのとき、素材ほしさに無理して倒そうとしなくて良かった。


「ドラゴンは討伐できると思う?」

「討伐隊の中には1級も入る予定だ。可能性はあると思うが、絶対ではない」


 ふーん。日本で数名しかいない1級が参加するなら大丈夫なのかな。


 素材は沢山手に入ったし、遊んでいる間に解決してくれよ。


「マスター、マスター」


 脇腹をツンツンと指で押しながら、ユミが話を聞いて欲しそうな顔をしていた。


「なんだい?」

「チャンス到来です」


 ん?? 何を言ってるんだ?


 俺には全く分からない。


「行商をしましょう。ドラゴン相手なら死にかけの探索者は沢山いると思いますよ」


 仕事の話だったのか!


 確かにポーションが足りず、死にそうな探索者は出そうだ。死に間際に俺が売りつければ、高値で販売できるだろう。


 当初の予定通りにね。


「でもさー、封鎖されているんでしょ。ダンジョンに入れてもらえるかな?」


 問題があるとしたら、部外者は入れないということだ。


 だからといって討伐隊に入れば行商なんて出来ず、ポーションを普通に提供するだけで終わる。何のメリットもない。


 仕事なんてするもんじゃないね。


「裕真はドラゴン討伐で一稼ぎしたいのかい?」

「まあね。お金は欲しいよ。いろいろと滞納しているから」

「わかった。ちょっと待っておれ」


 ばーちゃんがスマホを取り出して、電話を始めた。


 相手は知晴さんのようだ。何かごり押しのお願いをしているみたいだ。


 俺ができることは何もない。待っているのも暇だったので、ユミが抱えているミスラムを借りた。


 縮小していた面積を大きくさせてから、上に乗ってみる。


 じんわりと体が沈んで、ほどよく包まれた。


 あぁ、これは人をダメにする椅子だ。もう働きたくない……。


「これはすばらしい。ユミも試してみる?」

「マスター、通話中の師匠が睨んでますよ」

「俺たちは暇だから大丈夫だよ」

「何が大丈夫なんですか。一度、マスターの頭を開けて中を覗いてみたいものです」


 ため息を吐かれてしまった。


 呆れられたのだろうか。さすがに契約解除になったら困るので、フォローぐらいはしておく。


「ユミは初対面だから分からないだろうけど、ばーちゃんは細かいマナーなんて気にしないから、自由にしても大丈夫なんだよ」


 昔からこんな風に、遊びながら話をしていても怒られたことはないからね。


「多分それはマスターだけですよ。私がやったら絶対に怒られます」

「俺がフォローする。大丈夫だから」


 ミスラムを操作して二本の触手みたいなのを出すと、ユミの体を掴んで俺の上に置いた。


 こうやって抱きしめるのは久々だ。ぶすっとした顔をしているけど、口元は緩んでいるので嫌がっていることはないだろう。


 毎日髪を洗っているのでリンスの良い匂いがする。髪はさらさらで人間とは思えないほど。肌にはホクロやシミなんてなく真っ白で美しい。


 精霊を現世へ留めるために相応しい体だ。


「俺と一緒になって後悔してない?」

「もちろんです、マスター。死ぬまで離れませんからね」

「ああ、その約束だけは絶対に守るよ」


 ユミは体の持ち主と精霊の意識が混ざり合っているため、昔……生前のことも覚えている。


 人工精霊にしたことを恨んでいるのではなく、今もまだ肯定してくれているのは嬉しかった。


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