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第8話 ◆◇◆ 灯莉 ①


「随分と仲がよろしいようですね」


 煙道三月の声に、扉を閉めて施錠しながら、瑳灘灯莉は無表情になった。これまでの間、終始、粕谷昼斗の前で見せていたにこやかないずれの笑顔とも異なる、冷酷な眼差しをしている。本人は無意識に、時折この瞳をしてはいたが、それを悟られているとは思ってもいない。ただ今は、本人理解の上で、非常に酷薄な色を瞳に浮かべている。


「なにと?」

「なに、って。お義兄様と、以外ありますか?」

「義兄? 俺には、義兄なんていないけどね?」

「――粕谷昼斗大佐、ああ、降格して、大尉ですが」

「ああ、カスね。クズとかゲスとか、もっと相応しい呼び名があるかとは思うけど」


 淡々と、抑揚のない声で、灯莉が述べてから、姿勢を正して振り返った。

 現在、灯莉は情報将校大佐、三月はこの基地の総司令官であり階級は中将である。

 共に、エリート教育専門の機関を、卒業した。


 なお、その学校は、卒業する事が困難だ。入学は、願わずともさせられるのだが、卒業資格が与えられない事には定評がある。


「エレベーターでキスをしていたのを、監視カメラをモニタリングして見物しましたが?」

「うん。あれで私を意識すればいいのにね」

「……させて、どうするのでしたっけ?」

「姉さんに瓜二つの私に、ぞっこんにさせて、捨てるのよ。最高の、復讐でしょう? そうは思わない?」

「別に。私ならば、四肢を切り裂き、思考しか出来ない、私の母方の母国でいうダルマという状態に持ち込んで、毎日嬲る自信がありますが?」

「あの人ねぇ、外見は整ってるから、四肢はそのままつけておいてもいいかなぁって。どうせ折るなら、私の手で折りたいって言うか、さ。電動ノコギリはいつでも買えるし」

「私はきちんと、麻酔はしますよ?」

「私はしないかもね。許さないから」


 灯莉の瞳が暗くなった。顔を背けた三月は、それから頬杖を突く。


「この日本はおろか、世界に一体だけの、第一世代機のパイロットなのですから、さすがに殺さないで下さいね。生かさずとも」

「分かってるよ。死ぬより最悪な目に遭わせるから、安心していいよ」

「ああ、怖い。灯莉、貴方の悪い癖ですよ、その、サイコパス味」

「三月にだけは言われたくないよね」


 二人はつらつらとそんな言葉を交わした。


「まったく。ラムダ皇族が余計な落とし物さえしなければ、このような悲劇にはならなかったのでしょうが――秘宝のフォルムが分からない以上、返還のしようもありません」

「Hoopという〝虫〟が相手である現状は、まだ幸せなのかもしれないね」

「どういう意味です?」

「――中に知的生命体、それも、人間と同じ姿をした何者かがいると分かったら、きっと昼斗は戦えないわよ」

「果たしてそうでしょうか?」

「違う? 私は、あの人を、臆病者だと判断してるけど?」

「臆病者が、一千万人の命を海に沈められますか?」

「君の命令があったからじゃないの?」

「では――灯莉は、上官の命令があったら、一千万人の命を奪えますか?」

「……」

「殺せますか?」

「……少なくとも」

「ええ」

「私ならば、きちんと責任が君にあると、明言したうえで、一千万人を殺すよ」

「まあ、貴方ならそうするでしょうねぇ。責任逃れは、お得意でしょうし」


 そんな二人のやりとりを聞いているものは、特に誰もいなかった。





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