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第23話 母艦



 それはある種の過集中という状態なのだろう。戦闘中、昼斗は痛みを感じないだけでなく、恐怖も感じず、ただ無心に武器を揮う。


 だからいつも、己がどのように帰投して、どのように病室へと運ばれたのかを、ここ数年は覚えていない事がある。今回もつい先ほど飛来した最後の一体を討伐したと感じていたのだが、次に目を覚ますと現在で、病室の天井を見上げていた。


 全身が重く、左手を見れば四つ足の点滴器具が見える。それぞれから半透明のチューブが伸びていて、その向こうには計器があった。


「勝った、のか……」


 上半身を起こしてスタッフコールを押しながら、昼斗は呟いた。


 直後訪れた医師の相良と、数名の看護師に身体状況の説明を受けつつ、昼斗は明確に今回の勝利についても教わった。昼斗はそれに喜んだが、相良の眼差しは険しい。


「平時であれば、暫くは絶対に安静が必要ですからね」


 相良の説明によると、全身のいたるところの骨に罅が入っているそうで、特に肋骨は僅かに内臓を掠めた状態にあったらしい。言われてみればじくじくと全身が痛む。食い破られた左足首は大きく肉が抉れていたそうで、搬送された段階では骨が露出していたという話だった。最先端の医療技術でなんとか治療がなされたけれど、基地以外の病院での通常の医療であれば、助かったかどうかも分からないというのが、相良の診断だった。頷きながら昼斗は、頭部に巻かれている包帯に触れる。首には大きなガーゼが貼られている。


「この集中治療室からは、特別な要請でもなければ一冬は出られないと思って下さい」


 深々と溜息をついた相良を一瞥し、昼斗は小さく頷いた。


 医師に反抗的な態度を取る事はない。だが、現在は〝平時〟ではないし、〝特別な要請〟は、いつだってあり得る。パイロットがいない現在、生きていれば搭乗する事になる場面は多い。


 人型戦略機の第一世代機は、脳による思考と視線の動きで機体の操作が可能であり、動力源の球体には身体の一部が接触していれば作動する。


 一冬の間、Hoopが飛来しない事は、考えられない。それは、昼斗だけでなくその場にいた医療スタッフの誰にだって分かってはいた。


 こうして入院生活が始まった。

 検温と診察の他には、特に誰が見舞いに訪れるでもなかった。


 一日の大半は、横になって過ごす。そのまま五日が経過した。まだまだ怪我は癒えない。


 入院というのは総じて退屈なものであるが、何かをしようという気力が特に起きない事もあり、誰が見舞いに来るわけでもない病室で、昼斗は窓の外を見ていた。先日、初雪が降った。遠くに見える山の頂きが、薄っすらと白く見える。殺風景な雪化粧をまじまじと眺めた昼斗は、あと何度、己は冬を迎えるのだろうかと漠然と考えた。


 様々な事があった十年という歳月だが、一年はいつもあっという間だ。


 まだ全身が痛い。だが心が空虚なせいなのか、肉体的な苦痛と心が切り離されているような感覚がしていて、確かに体は痛むのに、奇妙なほど内心は凪いでいた。


 その時、サイレンが鳴り響いた。Hoopの飛来を告げる危機アラートだ。

 息を飲み、昼斗が顔を上げる。


 すると病室の扉が開いて、煙道三月が入ってきた。司令官の姿に、昼斗は姿勢を正す。すると背骨が軋むように痛んだ。


「太平洋上空にHoopを確認しました。今、瀬是が応戦中ですが、難航しています。意識は清明で眼球に異常はなく、右手も動くと報告を受けていますが、間違いはありませんね?」


 三月の瞳は険しい。昼斗は静かに頷いた。


「ああ。いつでも出られる」

「では、格納庫へ」


 淡々とそう告げた三月の後ろから、軍人が一人、車いすを運んできた。

 事は急を要するのだろうと判断し、昼斗は素直に従う。


 格納庫までの道中、軍人は何も話しかけなかったし、昼斗も無言だった。少し前に保が殴り飛ばした軍人だったが、今は不安そうな顔をしている。


 到着した格納庫で、昼斗は人型戦略機を見上げた。既に修繕は成されている。

 大怪我をしたままではあるが、パイロットスーツに身を包み、昼斗はコクピットへと搬入された。床の上に立っている環は、不安そうな顔をしている。


《人間の体は脆いな》


 球体に触れると、そんな声がした。するとコクピットの中に、淡い緑の光が溢れる。

 体が軽くなった事に気づき、昼斗は苦笑した。


「お前、もしかして人間の体を楽にできるのか?」


 麻酔効果でもあるのだろうかと、昼斗は漠然と考える。


《秘宝の力は、人類の想像力の外にあるのは確かだろうな。ただ、本当に分からん。何故その体で、戦いに出ようとするんだ?》


 そうしなければ、大勢が死ぬからだと答えようとしたが、既に多くの人々を見殺しにしてきているからと、昼斗は口を噤んだ。その瞳が暗くなる。


《俺はお前が死ぬのを見たくないぞ》


 戦意が鈍るような事を述べる機体の声に苦笑を零してから、昼斗は操縦桿に痛む左手を伸ばす。ギプスで固定されているが、指で握る事は出来る。こうして、思いっきりレバーを引き、昼斗は出撃した。


 冬の海は、いつもよりも深い青色に見えた。昼斗が到着した時、瀬是は海に落下し本土へと向かおうとしているHoopの三体目を射撃し、破壊したところだった。状況を確認していると、Hoop達の進路が日本列島ではなく――昼斗の搭乗する機体に変わった。これは別段珍しい事ではない。そういうものなのだと、昼斗はこれまで受け止めてきた。Hoopにも敵を排除するという意識があるのだろうと、漠然とそんな風に考えてきた結果だ。


「瀬是、こちらは俺が相手をするから、本土の防衛を」

『――はい』


 素直に従い、瀬是が後退する。瀬是の機体は、ところどころ破損していたから、本人の負傷も酷い。最初から負傷した状態の昼斗よりは健康体に近いかもしれないが、現時点においてかなり瀬是は疲弊しているのも明らかだった。


 水中種が二体、水面から体を現した。空には女王種の姿もある。合計三体が、昼斗の機体に襲い掛かってきたが、昼斗は冷静だった。愛刀を構え、瞬時にHoopを切り裂いて、沈める。


 ――高い耳鳴りのような音がしたのは、その時の事だった。


 目を瞠ってから、昼斗はモニターの向こうに異変がないか確認する。見れば、先程斬り捨てた女王種がいたはずの空に……一個の陸地のような茶色い円盤が存在していた。先程まで、そこには青空が広がっていたはずなのに、オーロラのような色彩に守られるようにして、見た事のない物体が浮かんでいる。


「あれは……?」


 目を疑った昼斗は、思わず呟いた。


《秘宝捜索をしているラムダの母艦だな》


 すると機体の声がした。何を当然のことを聞くのかというような色が滲んでいた男性の声音に対し、昼斗が困惑して首を傾げる。


「母艦……?」


 繰り返してから、昼斗は直後、驚愕して息を飲んだ。目を見開き、母艦と称された円盤の表面から、ボトボトと海に落下していく大量のHoopを目にした。


「な」


 幼生が主体ではあったが、尋常ではない数だ。海を浚う事など不可能であるから、あれでは太平洋中にHoopが満ち溢れるのは時間の問題だ。


「Hoopは宇宙から飛来する地球外生命体なんだろ? 勝手に飛んでくるんだよな?」


 思わず現実を疑い、昼斗はそう口走った。すると抑揚のない機体の声が返ってくる。


《探索のために各地に自動飛行させてはいるだろうが、地球という目的地が分かった今、運んでくる方が早ければそうするだろう。奴らは、やっと見つけたんだ》


 コクピット内に響くその声に、思わず昼斗は眉を顰めた。


「奴ら? あの人工的な円盤には、Hoop以外の何かが乗っているのか? 一体何を探しているというんだ?」


 昼斗の険しい声に、機体が答える。


《だから、十一番目の惑星であるラムダの人類が、ラムダの秘宝と呼ばれる品を探していると、これまでにも何度も教えてやっただろう?》


 確かにそのような話は、昼斗も機体から耳にした事があったが、何かを象徴的に話しているとしか考えていなかった。ラムダというのは、あくまでも人型戦略機の部品やエンジン、動力源だろうとしか、考えてはこなかった。その概念が、覆ろうとしている。


《お喋りしている余裕があるのか? 来るぞ》


 その声にモニターへと視線を戻し、昼斗は唖然とした。


 円盤から、一つの黒い影が、海に落ちようとし、それは水面すれすれのところで動きを止め、浮かんだ。人型の巨大なフォルム、既視感。


「あれは……人型戦略機!?」


 昼斗の機体の前に、その時、他に表現しようのない、人型をしたロボットが、立ちはだかった。相手――敵機は、剣型の武器を構えている。そして、跳ぶように舞い上がった。剣が振り下ろされようとした時には、自然と身についていたから、昼斗は流れるように刀で受け止めた。一撃が重い。武器と武器が交わっている箇所から、火花が飛び散る。


 訓練においても、シミュレーターでしか、人型戦略機同士の交戦は無い。

 だが目の前にいるのは、どこからどう見ても、人型戦略機だ。


《俺と同じ、地球でいうところの第一世代機――正確に言うならば、ラムダ皇族が地球に提供した十一機体の他に、ラムダに残存していた十二機目。それだな》


 それを聞いて、昼斗が唇を噛む。


「中には人間が乗っているのか?」


 すると一瞬の間、機体の声が途切れた。その後沈黙を挟み、言葉が返ってくる。


《違う惑星で栄えている人型の知的生命体を、〝人間〟と呼称するのならば、そうなる》


 いよいよ昼斗は蒼褪めた。その時、母艦から声がした。それは、直接脳裏に語り掛けるような、特異的な音声だった。


『すぐに〝ラムダの秘宝〟を返還して下さい。そうでなければ、この惑星を滅ぼします』


 昼斗は何度か大きく瞬きをした。

 基地から通信があったのは、その時だった。


『交戦して下さい。敵機体を殲滅後、速やかに帰投して下さい』


 三月からの指令だ。昼斗は逡巡した末――武器を構えた。そして改めて振りかぶる。既に敵の人型戦略機は、攻撃行動に移っている。こうして人型戦略機同士の戦闘が始まった。




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