目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話 愛の元に一つ、


 退院し、マンションへと戻ってきた昼斗は、チェストを見た。写真立ての中では、光莉が笑っている。その背から、そっと灯莉が昼斗に抱きついた。


「なぁ、灯莉。そういうのは止めろ」

「私に抱きしめられるのは嫌?」

「違う。俺はお前が好きだ。だから――辛いんだよ」

「私も昼斗の事が好きだよ」

「同情しなくていい」


 義妹は優しいからなと思い浮かべて、昼斗は苦笑しそうになった。すると灯莉が、昼斗の体を反転させて、正面から抱きついた。


「灯莉、気を遣わなくていい」

「遣っていない」

「じゃあ、どうして俺を抱きしめるんだ? 俺の気持ちを知っていて、今の状況だから――」

「抱きしめたいことに理由はいるの? 理由を述べるなら、それはそれで簡単だけどね」

「灯莉?」

「言わないと分からないの?」

「何が?」

「馬鹿。馬鹿だよ、本当。私がどれだけ愛してるか、気づいてない」


 昼斗の体を抱きしめて、灯莉が吐き捨てるように述べた。だがその意味を、昼斗はすぐには理解出来なかった。だから回る灯莉の腕に両手の指で触れ、何度か瞬きをする。


「だから……気を遣う必要はないんだぞ……?」


 必死で昼斗がそう告げると、昼斗の両肩に手を置き、灯莉が、触れるだけのキスをした。

 その感触に、昼斗が目を見開く。


「違う、本当に好きなの。もう信じてもらえないかもしれないけど」

「!」

「酷い事をいっぱいしたと、自覚してる。でも――昼斗が大切なの」


 そう言うと、灯莉の腕に力がこもった。


「愛してる。ああ、馬鹿みたいだな。こんな風に伝えるつもりなんてなかったのに」


 寝室のベッドへと移動した直後、昼斗は押し倒された。後頭部を軽く枕にぶつけながら、灯莉の事を見上げる。目を丸くしている昼斗は、純粋な子供のような顔で尋ねる。


「灯莉……お前は俺を、好きなのか?」

「本当に、自分でも『まさか』って思ってるけど、愛してる」

「っ」

「昼斗は、もう私の事を嫌いになった?」

「――好きだ」

「知ってる」


 そう告げると、灯莉が昼斗の唇を奪った。最初は触れるだけだったキスが、どんどん深く変わっていく。


 こうして二人の夜が始まった。


「ねぇなんで私が、昼斗にキスすると思う?」


 それを聞いて不思議そうな顔をした後、昼斗は瞳を揺らした。どうやら同情ではないらしいというのは分かったから――幸せな空想を述べる。


「灯莉も俺の事が好きだから」

「正解」

「え?」

「なんで驚くかな……もっと分からせないとならないみたいだね」


 夜深々と、二人は口づけを交わした。



 ――このようにして、Hoopは飛び去り、以後飛来する事もなくなり、世界には平和が訪れた。カレーの鍋を見ていた昼斗に、後ろから灯莉が抱きつく。


「あ、灯莉!」

「何?」

「カレーが焦げる」

「焦げても焦げなくても、昼斗の作るカレーは不味いけど」

「っ」

「まだ鍋を焦がさないだけ、私の方が上手ね」


 世界からHoopの影が去ってから、最初の春。基地の道路の両脇には、フキノトウとつくしが顔を覗かせている。慌ただしくクリスマスは過ぎ去ったけれど、二人はゆったりと春を迎えた。迎える事が叶った。


「好きよ、昼斗」


 灯莉は、最近、〝義兄さん〟と呼ばなくなった。その理由を、一度昼斗は尋ねた事がある。


『恋人の事を、兄妹扱いしないだけだけど、それが何?』


 と、灯莉は言っていた。ノートパソコンのキーボードを叩きながら拡大鏡がわりの眼鏡をかけていた、〝義妹〟の姿に、昼斗は頷くにとどめた。


 その後さらに、二日目のカレーを取り分けて、二人は食卓に着いた。


「うん。清々しいほどに美味しくない」


 灯莉はそう言いながらも、完食してくれた。本当に、〝根はいい子〟なんだよなぁと、出勤間際に、昼斗はチェストの上の写真立てを見る。今では、光莉と灯莉が並んだ写真の隣に、灯莉と昼斗が二人で撮影した写真もある。


「ほら、行きましょう!」


 灯莉の声に、慌てて昼斗はエントランスへと向かった。本日は、人工島の慰霊祭がある。大勢の人を、昼斗が殺した島の慰霊だ。だが、最近は不思議なことに、昼斗は苛まれるような悪夢を見ない。いつも、二人で寝転んだベッドの上で、灯莉の隣で目を覚ます。


 やはり、昼斗にとっては、灯莉は癒しなのだと、昼斗当人はそう感じている。

 基地の人々も、最近は昼斗に優しい。


 灯莉が伴っていなくても、ざるそばに異変はない。昼斗個人はその理由は知らないが、特別知りたいわけでもなかったから、これでいいのかもしれない。


 ただし困るのは――灯莉があんまりにも愛を囁いてくることだ。


「なぁ、灯莉」

「ん?」

「べ、別に、そんな風に俺の事を甘やかさなくてもいいんだぞ」


 エントランスで靴を履きながら、靴ひもを結びなおされ、昼斗は思わず述べた。

 すると一拍の間動きをとめてから、灯莉が綺麗な笑顔を浮かべた。


「これは、復讐だから」

「え?」

「――私に心配させた、復讐よ。これから、覚悟していて。どれだけ私が心配させられたと思ってるの? 生涯、許さない。心配させられた復讐に、私は注がせてもらうわよ、この愛を」


 灯莉はそう言って立ち上がると、チュッと音を立てて昼斗の唇にキスをした。

 そんなこんなで、現在の昼斗は、実に平和である。復讐されている最中らしいが。


 今日も二人で車に乗り込んで、もうじきあるというイースターというイベントのチラシを見た。灯莉はハンドルに手をかけながら、昼斗に対して笑う。


「ねぇ、昼斗?」

「ん?」

「私は、執念深いから、生涯昼斗を愛し続けるという復讐をするから、覚悟していてね」


 それを聞いた昼斗は、吹き出した。


「なぁ、灯莉」

「なに?」

「それじゃあ、俺が嬉しいだけだから、何の復讐にもならないぞ」


 二人の乗る車は、その後基地へと入っていく。


 ――このようにして、世界には平和が訪れた。それこそ灯莉の熱愛ぶりは凄くて、酷くて、灯莉の友人である三月や環、瀬是は遠い眼をしたものであるが、その束縛に、昼斗は気づかない。そんな風にして、新たな日々が始まる。


 桜の花びらが舞い散る季節、それは、ある種の新たなる始まりとなる。


 その後、地球系人類は、ラムダ系人類と条約を結ぶ日が来る。けれどそれは、昼斗にはあまり関係のない話である。その後も、人間は、生きていった。けれどその礎、呼吸する権利を得たのは、紛れもなく、粕谷昼斗という一人のパイロットの奮闘があったからであり、後に彼は、大佐に復帰後――少将、そして中将・大将と昇格していくが、それはまた別のお話だ。


 世界には戦乱が溢れている。激動の十年を生きた青年の物語は、愛の元に一つ、幕を下ろしたのであった。






―― 了 ――



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?