真剣な千葉に全員が注目し、深瀬はつい苦い顔になる。
「でも、笑ってたぜ? それに虚構なんだし……」
「これは僕の推測ですが」と、前置きをしてから千葉は語り始めた。
「赤ん坊はまだ状況を
「うーん、そういうもんかなぁ」
深瀬は苦笑いでにごし、自分の席へと戻った。
「ありえない話ではないけど、だとしたらあの子を捕まえて元の世界に戻さないと」
と、麦嶋が優しさを発揮し、千葉は返す。
「そのためにもまだ情報が必要だな。分離作業を進めていくことで、本来の居場所も分かってくるはずだ」
「そうだね。頑張ってやっていこう」
同期の気安さで二人が話し、もう一人の同期である田村が文句を言う。
「っつっても、一日に二件が限界じゃねぇか。前みたいに三件、四件って次々にできねぇからつまんねぇよ」
すると、すかさず舞原が返した。
「一件に時間がかかるんだから仕方ないでしょう? あなたも千葉くんを見習って頭を使いなさい」
「めんどくせーです」
「じゃあ、外すわよ? 千葉くんと離れて単独行動、任せられるかしら?」
にやりと舞原が笑い、田村は慌てて表情を引き締めた。田村と千葉が付き合っていることは周知の事実であり、田村が実は寂しがり屋なのもバレバレだ。
「さーせんしたっ!」
「日本語は正しく」
「すみませんでした!」
千葉がくすくすと笑い、深瀬も思わず笑みをこぼす。結局、田村は以前と大して変わらない役回りだ。いや、むしろ現在の方が彼にとっては大変かもしれない。
昼休みが始まる前にはA班も戻り、深瀬は樋上へ声をかけた。
「樋上さん、久しぶりに一緒にお昼、食べませんか?」
横目に深瀬を見た樋上は低い声で返す。
「悪い、食欲ねぇんだ」
「舞原さんから聞きましたよ。ここのところ、菓子パン一個で済ませてるそうじゃないですか。さすがに心配なんで、食堂行きましょう」
少し前まで同じ班だった仲間だ。深瀬がじっと樋上を見ていると、彼がため息をついた。
「しゃあねぇな。分かった、ちゃんと食うよ」
「よかった。じゃあ、それ書けたら行きましょう」
直後に昼休みが始まり、樋上は「ああ」とだけ返して、報告書を書くのに集中した。
食堂で向かい合い、深瀬は問いかける。
「で、いつまで落ち込んでるんですか?」
樋上は一瞬動きを止めてから、深々とため息をついた。
「そんなにすぐ立ち直れねぇよ」
彼の苦悩は分からないでもない深瀬だが、黙って見ていられないのも事実だ。
「もう一週間以上経ってるんですよ。あんまり引きずらない方がいいかと」
「……じゃあ、お前だったらどうなんだよ」
上目遣いに樋上が言い、キムチラーメンをすする。
深瀬は次に彼が何を言うのか、黙って予想しながら待った。
「もしも麦嶋が殺人犯で、警察に逮捕されてニュースになったとして、落ち込まずにいられんのかよ」
樋上は以前までC班の班長をしていた土屋という女性に片想いをしていた。しかし、彼女は殺人犯として警察に逮捕され、ニュースになった。
さらに彼女は終幕管理局の局長である嵯峨野の
深瀬は唐揚げを一つ、口に入れて
「俺は、一度彼女のことを振ってますし」
「でもあいつはお前のこと、まだあきらめてねぇじゃん」
そう言われてしまうと困惑するしかない。
麦嶋の気持ちはずっと前から知っていた。バレンタインデーには本命としか思えない手作りチョコをもらったし、度々アピールもされている。しかし、どうしても深瀬は前へ踏み出せなかった。
「でも、八歳ですよ? 俺なんて彼女からしたらおじさんだし」
何度も繰り返してきた言い訳が苦い。学年的には七歳下だが、彼女が三月生まれで深瀬は五月生まれなため、実質的な年の差は八歳なのだ。
「世の中には二十だの三十だの、年の差があっても結婚してる夫婦だっている」
「それはそれです。俺の場合はダメなんです」
「何が? っつーか深瀬、お前ってずっとそうだよな」
樋上が箸を置いた。
かまわずに唐揚げ定食を食べ進める深瀬へ、樋上が感情的になりながら言う。
「自分のことダメだって言ってるけど、全然そんなことねぇじゃねぇか。B班の班長に任命されて、新人の教育まで任されて。灰塚さんがどれだけお前に期待してると思ってんだ? いい加減受け入れろよ」
じっと深瀬をにらむ瞳はうるんでいた。彼とは入った時期が同じで、深瀬が独身寮にいた頃は部屋が隣だった。
そっと視線を外し、グラスに入った水を半分ほど飲み干す。ことんとトレイの上へ置いてから、深瀬はにこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、樋上さん。でも、これは俺の問題なので」
「自覚してんなら、なおさら受け入れろっつーの」
不機嫌に言い捨てて樋上は再び箸を取った。
彼を励まそうとして昼食に誘ったのに、すっかり不機嫌にさせてしまった。深瀬はダメだなと自己嫌悪し、まさに今言われたことだと気づいて苦笑した。
仕事終わり、帰り
「あの、深瀬さん。ちょっと話したいことがあるので、よければ、その……どこかで、二人きりになれませんか?」
こんな風に彼女から誘ってくることはこれまでにも何度かあった。深瀬は特に予定がない限り、断ったことはない。
「いいよ。喫茶店にでも入ろうか」
「はい、それでお願いします」
麦嶋がほっとしたように表情をゆるめた。
終幕管理局からほど近い喫茶店に入り、窓際の二人席に座った。
「あの、今日の午前中はすみませんでした」
注文を終えるなり麦嶋が頭を下げ、深瀬は少々驚いた。
「どうして麦嶋さんが謝るの? 悪いことはしてないじゃないか」
「いえ、考えが足りなかったなって気づいたんです」
そう言って頭を上げ、彼女はまっすぐな目で深瀬を見つめる。
「あたし、学生時代はいじめっ子だったんです」
「ああ、そういう……」
「いじめっ子と言っても、あたしはただ周りに合わせていただけで、いじめられたくないから同調してるだけでした。仲間外れにされたくなくて、孤独になりたくなくて……でも、それが悪かったんですね」
彼女はテーブルへ視線を落とす。
「いじめられてる子の気持ちなんて、考えたこともなかった。だから、寺石くんと意見が合わないのは当然でした」
実際に体験してみないと当事者の気持ちなど分からないものだ。たとえ想像力があったとしても、それだけでは
「だから、あれはきっとあたしが悪かった。寺石くんにも、後でちゃんと謝りたいと思ってます」