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ようこそリサイクルショップ異界の錬金釜へ!~転生特典等価交換~
ようこそリサイクルショップ異界の錬金釜へ!~転生特典等価交換~
異世界ファンタジースローライフ
2025年07月21日
公開日
3.9万字
連載中
過労で命を落とした主人公は、異世界の辺境伯家に赤ん坊として転生する。 名前はネセレ。 目覚めたときから彼女の意識には、不思議な力――「等価交換」が宿っていた。 壊れた陶器を新品に、木の枝をガラス玉に。価値さえ釣り合えば、どんなものでも別のものに変えられる。 揺りかごの中で初めてその力を使い、母を驚かせた日から、彼女の小さな毎日が始まった。 よちよち歩きで家族に囲まれ、兄に甘やかされ、父の大きな腕に抱かれながら、ネセレは「人を笑顔にするものを生み出す喜び」を知っていく。 やがて、家の中で「お店屋さんごっこ」を始めたネセレは、等価交換で生まれ変わった品を並べて兄や侍女たちを相手に遊ぶようになる。 その遊びはやがて本格的な「小さなお店」へと発展し、辺境の人々が訪れる憩いの場となっていく。 壊れた道具や不要な品が、彼女の小さな手で輝きを取り戻し、村の暮らしを支えていく。 そして時を経て、成長したネセレはついに本物の店を構えた。 その名は――『異界の錬金釜』。 古いものに新しい価値を与え、人々を笑顔にする異世界のリサイクルショップ。 これは、揺りかごから始まった少女が、 家族の愛と等価交換の力を胸に、 小さなお店から大きなお店へと夢を広げていく物語である。

第1話:異界の錬金釜、まだ揺りかごの中にて

目が覚めた瞬間、視界がぼやけていた。


柔らかい布に包まれた腕が、やけに短く、ぷにぷにとしたものに見える。


思わず指を動かしてみると、小さな手のひらがゆっくりと開いて閉じた。


……あれ? 私、赤ちゃんになってる……?


耳を澄ませると、遠くで木々を渡る風の音がした。


けれど、それ以上に近くから、ゆったりとした足音と優しい子守歌が聞こえてくる。


やがて視界がはっきりし、見上げた先に、長い栗色の髪をした女性が微笑んでいた。


彼女の瞳は深い灰青色で、どこか懐かしさを覚えるような、落ち着いた色をしている。


「ネセレ……今日もいい子ね。ほら、よく眠れているでしょう?」


どうやら、これが私の母らしい。


赤ちゃんである私は言葉を話せないが、頭の中でははっきりと理解していた。


ここはどうやら中世風の大きなお屋敷……いいや、窓の向こうに見える森の深さ、遠くの見張り塔の輪郭から察するに、辺境伯家の領館なのだろう。


そうだ、私は確かに死んだはずだ。


思い出すのは前世の記憶。


ブラック企業に勤めていた私は、過労と栄養失調の果てにぽっくりと逝ってしまったのだ。


最後の瞬間に、「次こそは好きなことをして生きたい」と強く願った……そのせいなのか、私はいまこの異世界に転生している。


しかも――


(あれ……これ、私、能力持ち?)


生まれながらに私の意識の奥に、ひとつの感覚があった。『等価交換』と呼ばれる特典。


どんな物でも、価値が釣り合えば、別の物に変換できる――そんな奇妙な力だ。


まだ生まれたばかりのこの小さな手で試すことはできないが、感覚としては確かにそこにある。


揺りかごの縁から少しだけ首を伸ばすと、すぐそばの小さなテーブルに乾いた木の枝が置いてあった。


もちろん赤ん坊の私は届かない。だが、試しに意識をそちらへと向け、心の中でつぶやいてみる。


(この枝を……ガラス玉に、等価交換。)


すると、枝がふっと淡く光り、音もなく消え、代わりに乳白色のガラス玉がぽとりと揺りかごのそばに転がった。


「……!? ネセレ? 今、何をしたの……?」


母が目を見開き、驚いたようにガラス玉を手に取る。


私は赤ちゃんのくせに思わずにやりと笑ってしまった。


これが私の転生特典、『等価交換』の力か……!


◇◇◇


日が経つにつれ、私は徐々にこの世界の環境に慣れていった。


母の名はレイネリア。


家は辺境を守るグラネイル辺境伯家で、父は領主として各地を巡っているらしい。


母の膝に抱かれながら、家臣たちの会話を聞き、屋敷の構造を頭に叩き込む毎日だった。


ある日、乳母が木箱を抱えて部屋に入ってきた。


中には砕けた陶器や欠けた銀食器が詰め込まれている。


「奥様、これ、処分いたしましょうか?」


「……待って、ネセレに見せてあげて。面白いものがあるかもしれないでしょう?」


私の目の前に、ひび割れた陶器の破片が差し出される。好奇心がむくむくと湧き上がる。


前世で得た知識を総動員して想像してみる。もしも、この陶器を溶かして再成型すれば……新しい器になるのでは?


(等価交換……陶器の破片を、完全なカップへ。)


破片が淡く光を帯び、ひとつに集まって形を成す。


瞬く間に艶やかな白磁のカップが母の膝の上に現れた。


「まあ……! ネセレ……! あなた、天才なのね!」


母の歓声に乳母が目を見張る。


私は両手をぱたぱたと動かし、赤ちゃん特有の笑顔で応えた。


胸の奥がくすぐったくなる。この力なら、きっと何でも再生できる。


価値を見抜き、価値を交換する――それが私の役割なのだ。


◇◇◇


その日を境に、母は私の傍に小さな木箱を用意するようになった。


古い釘や割れたガラス、森で拾った石ころなど、要らないものばかりを集めてくれる。


私は昼寝の合間にそれらを見つめ、想像を膨らませ、時折こっそり等価交換を試すのだ。


あるときは、欠けた石を削って小さな鏡に。あるときは、古い鎖を溶かして銀のブローチに。母は驚き、笑い、そして嬉しそうにそれらを飾ってくれる。屋敷の侍女たちは「小さな錬金術師様」と私を呼び始めた。


まだ外には出られない。私の世界は揺りかごと窓辺、母の膝の上だけ。


それでも、心はもう広い世界へと旅立っている。


いつかこの力で、私だけの店を作ろう。


古いものを生まれ変わらせ、人々を笑顔にする場所を――そう、異界のリサイクルショップ『錬金釜』を!


窓の外で風鈴が鳴る。遠い未来を想いながら、私は小さな手を胸の前でぎゅっと握った。


ネセレ、0歳。異界の錬金釜の夢を見た春の出来事である。

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