知っているだろうか?
この世界には『主人公』になれる奴が二種類いる事を――
成績優秀、スポーツ万能、そして見た目が良くて性格もいい奴が主人公になるというのが多いと思うが、実は真反対の成績は底辺、運動音痴、見た目不細工で、ひねくれた性格又は暗い性格のやつ。
その二種類の人物が、物語の主人公になりやすい。
つまりはソレに当てはまらない、中間層はまったく『物語』になんて参加できるはずがなく、出ても少しの端役的なポジションしか与えられない。
俗にそれを『モブ』という呼称で表されることが多い。
どうして今、そんな事を語っているのかというと、高校二年生にして、目立つことがまったくない生徒Aとして生きて来た、
因みに俺の名前であるが、初めて会う人にまともに呼んでもらった事はない。
――そんな事、今はいい……。いや良くは無いんだがどうしようかとは思っている。
なにせ今目の前には、同じ学校で目立つ生徒の一人というか、昨年の学園祭時に1年生にして準ミス学校を受賞している女子生徒が、カバンを歩道脇に置きっぱなしにして、四つん這いになりながら何やら端から端までゆっくりと動き回っているのだから。
――うぅ~ん。その恰好は少し危ない気がするんだけど、それとも
どうしようかとウンウン悩んでいると、目の前の女の子が俺の方へと振りむいて、ジッと俺の顔を見つめて来ていた。
――あ、やべ……。声上げられるかな? いや即つーほーされてもおかしくはない状態だけど……。
「…………」
「え、えっと……」
「…………」
「何してるの……かな?」
「…………」
彼女から無言の圧力がキツイ。
「あ、うん何も見て無いからね。うん。そ、それじゃ――」
何も言ってくれない彼女との間に我慢できなくなって、その彼女の横を足早に過ぎ去ろうと足を踏み出した。
「落とし物……しちゃったみたいで……」
「え?」
そういうと、彼女はまた顔を戻してゆっくりと移動を始める。
良く見ると彼女の膝からは少し血がにじんでいるのが見えた。
――そんなになるまで……。
俺はカバンを歩道脇に置いて、彼女の横へと移動すると、四つん這いになった。
「何を探してるの?」
「え?」
俺の声に驚いたのか、それとも近くに感じた人の気配に驚いたのか、彼女は俺の方へと顔を向けた。
「落とし物って何?」
「えっと……」
「大事なモノなんだろ? 俺も手伝うよ。だから落とし物って何?」
「…………」
「あ、怪しい奴じゃないよ。俺君と同じ学校お2年生で――」
「
「え? 俺の名前をどうして……?」
彼女に対して名乗った覚えなんて無いし、構内でも学年を越えて有名な彼女が、モブ中のモブである俺の事を知っているなんて思ってもみなかったので驚く。
「だって隣のクラスだし……それに――」
彼女が発した言葉を最後まで聞き取ることはできなかったけど、確かに俺と彼女は隣のクラス同士である。でも話した事があるかと言いうと、一度もないと記憶している。
「キーホルダー……」
「え?」
「探してるのはキーホルダーなの」
「キーホルダー?」
「うん。大事なモノなの……」
「わかったよ。俺も一緒に探すからさ。風間さんはさ、傷の手当してきなよ」
そういうと俺は血のにじんでいた彼女の――風間さんの膝を指差した。
「私の名前……」
「知ってるよ。君は有名人だしね」
「……そっか……覚えてるわけじゃ――」
「え?」
「ううん!! 何でもない!! ありがとう。じゃぁちょっと絆創膏貼って来るね」
スッと立ち上がって少し離れてしまったカバンの方へと歩いていく風間さん。
その後ろ姿を少しだけ見つめ、俺はまた歩道へと視線を落として風間さんが落としたというキーホルダーを探し始めた。
そうしてしばらく時が過ぎ、風間さんが俺の元へと戻って来て、また腰を下ろそうとしたところで、俺達の後ろから声を掛けられた。
「おい!! なにしてるんだお前!!」
「え?」
声の下方へと顔を向けると、一人の男子と、その後ろに数人の女子生徒の姿が目に入った。
「何してるんだって聞いてるんだよ!!
――風間さんを名前呼び? あぁ……こいつは……。
沈み始めている太陽がちょうど逆光になっていたので、声の主の顔はよく見えなかったけど、風間さんの事を名前で呼んでいる奴は、俺の学校には一人しかいないので、見当は付いてしまう。
「
俺と同様に声を掛けられて、後ろへと顔を向けていた風間さんが小さな声でつぶやいた。
「ほらさっさと立てよ奏。何してるんだよまったく!!」
「ちょっと探し物をしてて」
「探し物? こいつは?」
ようやく顔が見えた氷見は俺の事を見下すような視線を向けてくる。
「隣のクラスの中くん」
「中? 知らないなぁ……。なんだお前奏でとどういう関係なんだよ。つーか奏になんて格好させてやがるんだよ。探し物なんて自分でやれよ。奏に手伝わすんじゃねぇよ!!」
「いや、ちが――」
風間さんが否定しようとするけど、言葉を聞く事も無く、彼女の手を取り、周囲を見回してさっさとカバンの置いてある方へと歩き出した。
そうして何か話をしているようだけど、少し離れてしまっているのでよく聞こえない。しかし氷見はそのまま風間さんのカバンを手にして、反対側の手で風間さんの手を握り、そのまま俺がいる横を通り過ぎて歩いていく。
氷見の後に数人の女子生徒が付き従うような形で通り過ぎていくけど、瞬間的に俺の方へと視線を向け、とある子はふっと鼻で笑ったような表情をし、とある子は「ダッサ……」と吐き捨てるように声を発して、またある子は「邪魔しないでよね!!」と怒りをぶつけて行った。
顔を上げ、去っていく氷見と風間さん達の後ろ姿を見る。風間さんは何とかして氷見の手から離れようとしているようだけど、彼は離してくれる様子もなく、そのまま連れて行かれるようにしてその姿はだんだんと小さくなっていく。
――なるほど……。『主人公様』にはヒロインがいつも一緒に居るってか……。
はぁ~っと大きなため息をつきながら、俺は一人残り風間さんが言っていた『落とし物』を再び探し始めた。
成績は常に上位20選には入っているし、運動神経抜群。バスケ部に所属していて1年生時からレギュラー入りし、彼の加入で我が高校は初の県内ベスト4まで進出することが出来た。
これは学校が出来て以来の快挙らしく、校内でも一気にバスケ部人気が上昇。それに性格も良いらしく、男子女子どちらに対しても辺りは柔らかくて、温和な性格。更に両親のどちらかがクオーターという事で、顔立ちも西洋的な堀の深いイケメンさんなのだ。
そんな主人公である氷見にはいつも一緒にいる女の子がいる。それが先程の風間さん。風間奏という女子なのだけど、こちらもまた主人公と言えば――みたいな存在で、氷見とは小学生時からの幼馴染。
風間さんがいるところには必ず氷見が居ると言っても過言ではなく、風間さんといる時
因みにではあるけど風間さんは、成績優秀。上位トップ3の一人であり、運動神経もいいみたいで、中学生の時まではソフトボールの投手をいていたけど、ウチの高校にはソフトボール部が無いため、部活には入っていない。
清楚を体現した様な容姿を持っていて、外の部活をしていたことが嘘のように、色白でサラサラの黒く長い髪が光って見えるほど。アイドルの中に居てもおかしくないくらい、小ぶりな卵型の外見をしている。
まぁ、つまりはミス○○とか普通に獲っても誰も不思議に思わない程の容姿って事。
ただ一人、氷見だけが「何故奏が準ミスなんだ!!」と声を上げていたんだけど、同じコンテストで氷見が男子部門で優勝しているから、幼馴染と一緒に獲りたいと思ってしまっても別に不思議ではない。
構内では氷見と風間さんが幼馴染だという事は知られていて、というか氷見が自分で広めているというか、何処にいても風間さんの事を出すので、皆が皆知ってしまっているかんじ。
俺みたいなモブでさえ、そういう情報に自然と触れてしまえる程、風間さんと氷見の事は『公然の事実』として広まっている。
うん。公然の事実。
つまり二人は『恋人同士』という事。
氷見にはファンクラブってのが出来ていて、それが先程一緒に氷見説いた女子達なのだ。
何でも日替わりローテーションで、氷見と一緒にいる権利を共有しているらしい。
――うん。俺には興味がない。というか関係のない話だな……。
ちゃり……。
「お?」
二人の事を考えつつも、『落とし物』を探していると、少し離れたバス停に付随されているベンチの裏側、草むらの中でそれらしいものに手が触れて音が鳴る。
触れたものをしっかりと手に取り、既に沈んでしまった夕陽の為良く見えないので、街灯の方へと歩いていく。
「これって……懐かしいな!!」
しっかりと確認したそれは、子供の頃に観ていたとあるアニメキャラクターのキーホルダー。
「俺もこれの相棒を持ってるんだよな……。かなちゃん……元気かなぁ……」
今でも俺の一番の宝物として、自分の部屋、勉強机の上にとある写真と一緒に飾ってある。
「後はこれを……」
これが風間さんが探していた『落とし物』かどうかは分からない。
わからないから本人に聞いてみるしかないけど、とりあえず汚れていないかを確認し、破損個所が無いか確認。
――良かった。ちょっと汚れは有るけど、どこも壊れてる様子はないな……。
ホッと胸をなでおろしていると、遠くの方から人が走って近付いて来る足音が聞こえてくる。
周囲は既に落日を迎えているから、暗くなっているので良く見えないけど、その気配は徐々に俺の方へと近づいてきている。
そうして――。
「中くん!!」
「え!? 風間さん!?」
近付いてきたのは、はぁはぁと荒く息をつく風間さん出会った。
「どうしてここに……?」
「だって……わたしの、落とし物だし。その……大事なモノだから……」
「もしかして、戻って探そうとしてたの?」
「うん。見つかるまで探そうと思って……。そうしたらまだ人の気配がするんだもの。近づいて来たら中くんだってわかったから、走ってきちゃった」
はぁ~っと大きな息を入れつつ、風間さんは俺の隣へと並び立って説明してくれた。
――あ、何かいい匂いが……。ってそんな事考えてる場合じゃない!!
先ほどのモノをしっかりと右手に持ち、彼女の前へと持ち上げてから、指を広げていく。
「もしかして、探しものってこれ……かな?」
「え? あ!!」
俺の手の上に乗ったものを見て大きな瞳を更に大きく見開いた。
「うん!! これ!! そうこれなの!! 失くしちゃったかと思った!! 良かった!!」
俺の手の上からキーホルダーを手に取ると、胸の前でグッと両手で抱きしめる。
――うん。良いものをお持ちで……。あ、いやその……。良かった。
「良かった。ちょうどさっき見つけたんだよ」
「あれからずっと探してくれていたの!?」
「あぁ~っと……。暇だったからね。やる事無いし……」
「……本当に、ありがとう……。ちょうくん」
「え?」
風間さんから、懐かしい呼び名が聞こえた気がするけど、風間さんが凄く大切そうに持ってきていたバッグにしまっている様子を見ていると、そんな事はどうでもよくなってくる。
そうして、風間さんは俺に何度もお礼を言いながら、最寄り駅までの道のりを一緒に歩いてくれていた。
「ここまででいいよ」
「うん……でも……」
「こんな所彼氏に――氷見にみられたらまずいでしょ?」
「え? 氷見くん? 付き合ってないよ?」
「は?」
「だから、私と氷見君は付き合ってないよ?」
「え? 付き合ってない? じゃぁ彼氏じゃない?」
「うん。だから別にみられても平気だよ? それに私カレシなんていないよ? 好きな人は……いるけど……」
「…………何か、聞いちゃいけない事を聞いちゃった気がするんだけど……」
風間さんが俺の返事を聞いてちょこんと首をかしげる。
「ま、まぁいいや!! うん。ここでいいからね。じゃぁこれで!!」
俺は風間さんの前から脱兎のごとく逃げ出した。聞いちゃいけない情報をこれ以上聞いちゃまずいと思ったからだ。
改札の中へと入っていく途中、風間さんの居る方へ顔を向けると、風間さんはにっこりとほほ笑みながら俺に手を振ってくれた。
そして――。
「○○○○○。○○○○○」
なんといったか分からないけど、彼女は俺に対してお礼を言ってくれているようだった。その言葉の意味をこの時の俺はまだ知らない。
それから校内にて変化があった。
いや、変化と言っていいかわからないのだけど、なんと校内で『氷見がフラれた』という噂話が持ち上がったのだ。
しかもお相手はあの風間さん。
何でも、ここ最近二人が一緒にいるところを見かけなくなってきたので、不思議に思ったバスケ部員が氷見に聞いたらしい。
すると「フラれた」とぼそりとこぼした様だ。
なにがどうなってそうなったのか、俺は知らないけど、それからというモノ、氷見の側で風間さんの姿を見かける事が無くなったのである。
しかも、風間さんは授業が終わり、放課後になるとすぐ姿を消してしまうという事で、『氷見をフッて他の学校に居る彼氏に会いに行っているのではないか』などという噂話まで出ているのだけど、誰も真相を知らない。
――俺以外は。
「えっと……風間さん?」
「なに?」
「帰らなくていいの?」
「どうして? 私、中くんのお邪魔しちゃってるのかな?」
こてんと首を傾げながら、俺の正面に座って微笑む風間さん
「え? いや、邪魔じゃないけど……」
「ならいいじゃない?」
「うぅ~んでも……部員じゃないしなぁ……」
俺は周囲を見渡してからため息を吐く。
俺と風間さんがいるのは、放課後のまだ校内である。そして誰もが寄り付かない場所として有名な、『幽霊部員の巣窟』とも呼ばれる場所。文芸部の部室の中だ。
「え? 部員ならいいの? じゃぁ私も入るよ?」
「え? でも、風間さんが入部しちゃったら……それはそれで……」
今のところは幽霊部員はもちろん部室には居ない。だがあの風間さんが文芸部員になったと知ったら、今迄姿を見せなかった奴らも、風間さん目当てのやつらもここに押し寄せてしまうような気がする。
「いや。今のままでいいです」
「そう? いつでも言ってね。いつでも入る準備はできてるからね♡」
――っ!?
語尾にしっかりと何故かハートマークが見えたような錯覚をさせるほど、風間さんは俺の方へにこりと微笑んだ。
バン!!
「きゃぁ!!」
「な、なんだ!?」
俺の心臓がドキリと弾んだ瞬間に、違う意味でドキリとする大きな物音をたて、部室のドアが開かれた。
ドアの前では、フーフーと荒く息をするバスケの練習着を着た氷見と、その氷見を取り押さえようとするバスケ部員の姿があった。
「え? 氷見くん?」
「どうして君がここに!?」
びっくりする風間さんが問いかけるが、俺の言葉にはまったく反応することなく、氷見は部室の中へと入って来た。
「何してるんだ奏!!」
「え? なにって?」
「何故こんなところにこんな奴といる!!」
「うぅ~ん……何でって言われても……。というかどうして私がここに居るのを知ってるの?」
「ファンの子につけさせ……そんなのはどうだっていいんだよ!! 俺が聞きたいのはどうしてこんな奴とこんな場所にいるかだ!!」
――いや、つけさせてって今言ったよな? 風間さんの事をつけさせたのかコイツ……。
俺がちょっと呆れていると、氷見はずんずんと風間さんの方へと近づいていく。そうして目の前に立つと大きく息を吸い込んだ。
「俺の告白を断ってどうしてこんな奴の所にいるんだ!! 奏は俺の事が好きなんだよな!! この前のは照れてただけだろ? な? そうなんだろ? 今ならよく分かるぞ!! なんていったって俺達は幼馴染だからな!!」
「はい?」
一息に言い切った氷見を見る風間さんの眼は、なんというかちょっとひえぇ!! となりそうなほどに冷たかった気がする。
「な? 今ならまだ間に合うからさ!! ほら正直に言えって奏!! 俺の事が好きなんだよな!! な? 俺の恋人になるんだよな!?」
「…………」
――こいつ頭いかれてんのか? 部室の中で、それも文芸部という、奴のテリトリー外で、完全に俺達を無視した様なこと言いやがって。
でもコイツが主人公適性ならこういう場合って誰も気にしないんだよな。そしてヒロインも――
「え? 嫌ですけど? どうして氷見君の恋人にならなくちゃいけないの?」
「「「「「「は?」」」」」」
あっさりと、そしてバッサリと風間さんは目の前で繰り出された氷見の告白を断った。
「わたしには好きな人が居るって言ったでしょ?」
「それが俺なんだろ? な? 正直に慣れよ奏!!」
「はぁ~……」
風間さんから大きなため息が漏れた。
「幼馴染だからよく知ってる? 私が氷見君を好き?」
「そうだ!! 俺と奏は小学校からずっと一緒。長い時間を共にしてきた幼馴染だろ!? だからよく知ってるぞ!! どうしてこんなパッとしないモブと一緒にいるんだよ!! 奏は俺の側にいる、それがお決まりだろ!?」
「うぅ~ん……。何を勘違いしているか分からないけど、知り合ってからの時間の長さで言うと、中くんの方が長いと思うわよ?」
「え?」「は?」「なに!?」
そこに居た人たちからいろいろな声が漏れる。その漏れた声の1つは俺のモノで……。
「だって私と中くん……ううん。ちょうくんは幼稚園の時に出会った幼馴染だもの」
「え!?」
驚きすぎて、俺は思いっきり立ち上がった。
「あ、やっぱり気が付いてなかったんだね? これ……」
風間さんはバッグの中から大事そうに一つのキーホルダーを取り出して、俺の前へと見せた。
「この子の恋人は元気にしてる?」
「あ!!」
――あ!!
今になって繋がった事。
あの時、風間さんのキーホルダーを探して見つけたときに思い出した事。それは俺の勉強机の上に大事に飾られている、大事な幼馴染と大切な想い出で大切な宝物。
「え? ま、さか……かな……ちゃん?」
「そだよぉ」
俺に向けにこっりとほほ笑む風間さん。
俺と、かなちゃんは家が一軒挟んだ隣に住む幼馴染だった。何をするのも一緒で、両親同士も仲が良く、春や夏、冬など長期の休みがある時に一緒に出掛けるほどみんな仲良くしていた。
当時流行っていたアニメなども毎週一緒に楽しんでみていた。そうして同じアニメを好きになり、そのアニメに出てくるキャラクターのキーホルダーを二人で持っていた。
かなちゃんは主人公の男の子、俺がヒロインの女の子のキーホルダー。
その頃は恋人何て言葉も知らなかったけど、かなちゃんは主人公キャラを俺として、俺はヒロインをかなちゃんとしてずっと一緒に居ると約束の為に二人で持っていたんだ。
でも、俺が小学生に上がるちょっと前に、今住んでいる所へと両親の都合で引っ越す事になった。
再会する約束と、そして一緒に過ごす約束を忘れないために、俺はかなちゃんの写真と一緒にキーホルダーを大事に飾っているのである。
かなちゃん。当時の俺は教えてもらっても発音できなくてずっと『かなちゃん』と呼んでいた女の子。
「ずっと一緒にいる約束だもんね。ちょうくん」
思い出が脳内で駆け巡る俺に、風間さん――かなちゃんは微笑んでくれる。
「ずっと一緒の約束!? ふざけんな!! 俺は、俺が、俺のだ!! 奏は俺のなんだよ!! ぽっと出のモブが邪魔すんじゃねぇよ!! 俺が主人公なんだよ!! お前はモブなんだから黙ってろ!!」
氷見の大きな声にシンとする部室の中。
「もう一度言うね? 私は氷見君の事を好きだなんて言った事無いよ? え? というか嫌いぎみ? ううんあんまり興味ない?」
「はぁ?」
「うん。そうだね。私の主人公は氷見君じゃない。ちょうくんなんだよ」
「だから……」
それまで俺の事を見て微笑んでいてくれたかなちゃんが、スッとハイライトを落とした瞳を氷見へと向ける。
「この物語のモブは――ううん、悪役なのが氷見君なのよ。私知ってるよ?」
「な、何をだよ……」
かなちゃんの事を見てちょっと後ずさる氷見。
「氷見君てさ、誰にでも優しそうだけど、実は自分以外の人の事を見下してる事。そして私の事が好き――なんて言っているけど、ならどうしてファンの子達といつも一緒にいるのかな?」
「そ、それは……」
「答えられない? 別にいいんだよ。そんな氷見君の事を私が好きになると思う?」
「…………」
黙り込む氷見。
「もう一度言うね。氷見君、私には好きな人が――ちょうくんがいるから付き合えません。ごめんなさい。諦めてください」
立ち上がってスッと氷見に頭を下げるかなちゃん。
「お、おい……」
「なぁ」
「これって……」
部室の前で様子を伺っていたバスケ部員から声が上がる。
そうして何も答えられなくなっていた氷見を引きずるように部室から連れ出し、そのまま数人で氷見をかばうように連れて行くバスケ部員さん達。
「改めまして。久しぶり!! ちょうくん!!」
頬を赤く染め、にこりと微笑むかなちゃんが俺の前へとやって来て、そして俺は幼馴染との再会を果たすのだった。
数年後――。
「主人公の方がカッコイよ!!」
「何言ってんだよ!! この女の子の方が強いじゃん!!」
「「ねぇ!! パパとママはどっちが大事!?」」
先ほどまで好きなアニメを見ていた同じ顔を持つ二人、その手には男の方が小さな女の子のキーホルダーを持っていて、女の子の方が主人公然とした男の子のキーホルダーを持っている。
声を掛けられたパパとママ――俺とかなちゃん、いや、奏は顔を見合わせて微笑む。
「「何言ってるの、二人が居るからこの物語は有るんだよ」」
俺と奏の言葉が重なる。
俺と奏。大人になった俺達は結婚し、そして幸せに暮らしている――
おまけ。
氷見という同級生だが、あの後『完膚なきまでにフラれた』という噂が校内に広がった。
奏にフラれたことでブツリと何かが切れてしまったのか、氷見は徐々に本性を見せていく。
自分が一番だという主張が増え、段々とバスケ部内でも孤立。試合にはだしてもらえるもののスタンドプレーに走る事が多くなったことで、監督や先生からの印象が悪化。
するとパスすらも回してもらえなくなり、一人静かに部活を辞めた。
噂が出始めた同じころ、『氷見と風間は恋人』という公然の事実が崩れ去り、次第に女子が氷見にアタックする事が増え、氷見も次第にその子らと恋人という関係を結んでいく。
しかも同時に何人も――
そんな関係がうまくいくはずもなく、部活でカッコイイ氷見君が目当てだった女子達は、バスケ部を辞めた氷見君に興味を失くして行くモノが続出。
とうとう誰も氷見に声を掛ける女子はいなくなった。
それからの氷見はというと、良くない噂と共に高校生活を送り、卒業式の日にその姿を見る事はできなかった。
噂では留年したとも、退学したとも。
これ以降、氷見という名前の生徒の事は忘れられていく。今は何処で何をしているのか。それは『幼馴染』である奏も、モブである俺も、同級生たちも誰も知らない。