──この世界には、法則から外れた存在がある。
完結しない物語は、やがてカタチを持ち、現実に干渉し始める。それを放って置くと、街が物語に飲み込まれてしまい焦土と化す。
だから僕たち“
登場人物やモンスター達が飛び出して来ていても、皆それに気付かず生活をしている。
でも、それが無害とは限らない……人を殺すのが好きな登場人物だったら?毒を吐く植物型のモンスターだったら?
……人はあっけなく死んでしまう。ガーディアンは日夜皆んなが安心して暮らせるよう守っている
ガーディアンは今日も大忙しいだ。
今日も本部は平和だった。
だからこそ、僕は……仕事をしたくない。
副総隊長室のソファに寝転び、雑誌を顔に乗せたまま、浅い眠りに落ちていた。
夢を見ていた……あの大災害の光景を。
逃げ惑う人々、崩れる建物、響き渡る悲鳴に紛れて、あの子たちの声がやけに鮮明に響いた。「助けて」とそれは命乞いだったのか、それとも懇願か。夢の中で、手を伸ばせば届きそうだったのに、僕は……手が止まった。
夢の中の声が、耳にこびりついて離れない。
「如月副総隊長、そろそろ午後の会議の時間っす!」
通路に響く、チャラそうで根は真面目な補佐官・木田徹の焦った声。
その声で、僕は現実に引き戻された。
身体が汗でベタベタで気持ちが悪いな。雑誌を顔の上からどかし、ソファから身を起こす。
「……欠席で」と木田を見ずに呟く。
すぐさま木田の声が飛んできた。
「ダメです!また隊長会議をすっぽかしたら、また俺が総隊長から説教されるっす!」
現実は、相変わらず容赦ない。
「……何故スタンピードは起こるんでしょうね」
「は? 話逸らさないで欲しいっすよ……。……でも、まあ、確かに。研究者たちがずっと登場人物やモンスターが飛び出してくる原因を調べてるみたいっすけど、解明はされてないっすね」
「この封印札も、研究者たちがいろいろ試した副産物でできたものですしね。物語武器じゃないとモンスターを倒せないことも、あれこれ検証した結果分かったんだとか」
この封印札はスタンピードが起きた未完の物語を封印する為の物。封印札が作られ始めたのが30年前で、封印札が出来る前はモンスターを全部倒し物語を燃やしていたそうだ。
僕は何でできているか分からない封印札を、指先でひらひらさせた。
「……だからって話逸らさないで欲しいっすよ……。ほんとに」
木田はやれやれと呆れたような顔で僕を見ている。
僕の名前は如月弦。副総隊長。年齢20。見た目中学生、自分で言うのもあれだが性格やや悪め。
今日もまた、未完の世界をからもたさられる問題の後始末をする。
木田の事は無視し、本当は今日貴重な休みなのでいつものカフェでコーヒーを飲むことにした。
やっと取れた一ヶ月ぶりの休暇を楽しんでいると、僕の持っているスマホから「ピリリリ」と着信音がなり始めた。
「はい?……今日は僕休暇なんですけど?……緊急時以外連絡してこないでください。一ヶ月ぶりに休暇なの分かっています?副総隊長になりたくもないのにされて、機嫌の悪い僕に出撃せよと?……嫌です」
通話を一方的に終わらせ、スマホをテーブルに伏せて置いた。
だがすぐにまた鳴り始め切れるのを待ったが、切れる様子がないので仕方なく電話に出た。
相手の要求を聞かずに「嫌です」と即切り。
指先にまだスマホの冷たさが残っているのに、胸の奥は熱くざわついていた。ようやく手に入れた休みを奪われる――その理不尽さに、心臓が小さく暴れる。
気分を変えようと店員さんにケーキを一つ注文しケーキが来るのを待っていると、カフェのドアが「バンッ!」と乱暴に開け離れた。
「如月副総隊長いたーー!!!」
僕の名を呼ぶ声が響いた瞬間、カップを口に運んでいた客が驚いて手を止め、カチャリと小さな音が連鎖する。甘いケーキの匂いと一緒に、気まずい沈黙が店内を覆った。
やけに通る声で叫びながら入って来たのは、僕の部下の木田だ。大声で叫びながら入って来た為、周囲に客達が木田を見ている。
「……木田。ここはカフェ。声のボリュームを落として下さい。他のお客さんにご迷惑です」と木田をジロリと睨んだ。
「あ、はいっす……じゃなくて!!出撃指令、完全に無視してるじゃないっすか!マジやばいっすよ!隊長会議もすっぽかしたし……」
木田を横目に今来たケーキを食べながら、「僕じゃなくても他の隊員で対処出来るはずです」と木田を軽くいなし外へ追い出す。
ふと、店内のざわめきの中に聞き捨てならないものが聞こえてきた。
「え?あの小さい子が
「中学生でも
僕の事をコソコソと話すので軽く咳払いをすると、他の利用者は喋るのを止めたせいか一瞬店内がシンッとした。
僕は決して中学生ではない。これでも20歳のれっきとした大人だ。大学には入らず
……まったく、納得はしていないが。裏で僕がガキ副総隊長と呼ばれているのは知っている。
上層部の一部はまだ僕を認めていない。年齢のせいか、実績を疑われているのか……。肩書きは副総隊長でも、その重みはまだ背中に馴染んでいない。
「ま、僕がいなくてもどうに……はあ……」
不穏な気配……スタンピードが発生したみたいだ。
この嫌な気配に心がざわつく。
休暇中だがスタンピードが発生したのを気づいたのに、行かないという選択肢はない。常に携帯している鞘袋に入った刀を持ち、「はぁ……」とため息をし重い腰を上げ仕方なくお会計をして外に出てた。
心臓がひとつ、小さく跳ねた。戦場の気配は、いつだって肌の奥をじわりと粟立たせる。
小さくため息をついて、スタンピードが発生した現場へ向かった。
現場に踏み込んだ瞬間、焦げた肉の匂いがツーンと鼻を刺し、どこかで金属が引き裂かれる音が凶器のように耳を貫いた。足元には血まみれの靴、砕けたガラス、折れた木片が散乱し、まるで街が泣き崩れたかのように歪んで見えた。このような現場にくると、肌がピリつくような感覚がする。
「さて今回の未完成の作品は漫画か小説か、はたまた別のものの何かか」
未完の物語からモンスターや登場人物が一定数出てくると、未完の物語は足りない物を補おうとその場にいる人を物語の中に取り込んでいく。だから、早く片を付けなければならない。
考えている間にもモンスターは、「ガオオー!!」と雄叫びを上げながら僕に襲って来る。最小限の力で左に避け、右から来るモンスターを轟雷刀で斬り捨てた。斬ったモンスターは首が落ち、血が噴水のように吹き出しぴくりともしない。辺りがモンスターの血の匂いで充満し始める。
もう、何度もこのような光景を見ているので気分が悪くはなったりしない。昔は何度かあったが、今はもう慣れた。
どういうストーリーなのかモンスター達を思考していたら……。
「そこの君っ!!逃げて!!!」
額から血を流している女性が、僕に向かって必死に叫けんでいる。けれど、僕は静かにひとこと「シロ、結界」とつぶやくと、僕の前に結界が現れ巨大な狼型のモンスターが結界に「ドンッ!」とぶつかり弾き飛ばされた。
僕のそばには狐達自身の能力で姿を見えないようにしている、白い狐と黒い狐が控えている。2匹は僕のパートナーで、普通の狐ではない。物語の中に登場する特殊な動物だ。白い狐がシロで黒い狐がクロとそのまんまの名前を付けた。
この2匹がいるだけで何でか分からないが、心が穏やかになる気がする。
「さて、今回は異世界ファンタジー系の未完っていうところか。狼型のモンスターのみで人型はいないのは救いだな。シロ広域結界展開。クロ、雑魚を一掃」
目の前に立ちはだかる狼型のモンスター達、崩れかけた建物に怪我をしている人。この様なことになっているのに、まだ来ない
シロの結界のおかげで周りの人達はモンスターに襲われなくなり安心している。クロは影を使い、シロの結界の中に被災者達を入れながら、モンスター達を倒していっている。
「……僕が現着してから10分が経ったのに、他の
僕はまだここに来ない
いつ来るか分からない部下を待つより、クロとシロにここを任せ発生元の捜索をすることに決めた。
これ以上待っていたらモンスターが物語から出過ぎて、物語に人を取り込んでしまうかもしれないから。
「今回スタンピードが発生した媒体はなんだ……紙本なら封印札を貼れば済むけど、スマホだと厄介なんだよな……」
狼を斬り血なまぐささを我慢し、色々考えながら裏路地に行こうとしたその時。
「そこの君っ!!危ないから早くこっちにおいで!」
僕を普通の子どもと勘違いして、心配をしてくれたみたいだが……。
あいにく、僕は子どもでは無い。
僕は少し刀を抜き、「轟雷」と狼型モンスターを見ながら呟く。
雷が空を裂き、爆ぜた閃光に「ドガアアアン!!」と地鳴りのような轟音が混じった。
物語武器の能力を使う時は必ず物語に出てくる技名を言う事や決まった動作をしないと使えない不便さがある。
轟雷刀を使った一撃が決まった瞬間、心臓が凍るような静けさが訪れる。振り向くと狼型モンスター達が倒れ、静寂だけが残った。焦躁と安堵が入り混じる。戦いは終わったと言わんばかりの感覚だった。狼型のモンスター達は雷に打たれ倒れたままぴくりともしない。
僕が一撃でこの場にいる全てのモンスターを倒したことに周りの人は驚いている。普通の
「僕は
クロとシロの頭をなで小声で「あの人達を護れ。任せたぞ」と命令した。クロとシロは嬉しそうにふさふさの尻尾を振っている……可愛いな。
「他の
クロとシロにあの人達を任せ裏路地に向かうと、埃りにまみれた一冊の本が落ちていた。
ページが勝手に捲れ瘴気のようなものが溢れ、モンスターを形成し続けている。
「……媒体はこれか」
封印札を懐から取り出し、狼型のモンスター達の攻撃を避けたり切ったりしながら封印札を貼った。
この封印札は物語に貼ると、貼った人自身の体力を使い物語を封印するから多くは使えない。
札を貼った瞬間、風が巻き起こり本が震えた。ページが一枚、また一枚と勝手に閉じていき、最後に“物語が眠るかのように”にこの場は収まった。モンスターも全て霧のように消えた。倒されたモンスターは消えないので、血なまぐさいのは変わらず。
「封印完了」
これでまたこの物語の報告をしなければいけない。
「……どうせ書かなくなるなら、最初から書かなければいいのに」
ページを閉じた本を見下ろしながら、ぼそりと呟いた。
ほんの一瞬、胸の奥に冷たい風が吹き抜けた。いつかこの任務で失うものがある……そんな予感だけは、予備隊員の頃から消えたことがない。
「……未完のまま放置された物語の後始末をするのが、俺の仕事だ」
俺の休日はまたしても顔も知らない、この物語の作者のせいで潰れた。