夜の屋外プールは砕けた銀のようにきらめき、その光が室内を揺らめかせていた。
フロア一面の窓の前、二つの影が絡み合っている。
ソファにだらりと寄りかかった男は、彫琢されたような端正な顔立ちながら、どこか冷たい気配を漂わせていた。ただ、その深くて底知れぬ黒い瞳だけが、抑えきれない欲望を渦巻かせている。
男の上に乗った、くびれが際立つ女が挑発的な動きを見せた。未熟でありながら、それは効果的に映る。
御堂征司(みどうせいじ)は女の顎を掴み、無理やり顔を上げさせると、低くしゃがれた声で問うた。
「名前を言え」
酔いが入った彼女は、面倒くさそうに呟く。
「月島…悠亜(つきしまゆうあ)…」
「俺は御堂征司だ」と、彼はもぞもぞと動く女の頭をしっかりと押さえ、異常な執着でそう言った。
目尻を下げた月島悠亜は、ただ首をかしげ、すぐそこにある「美味しいもの」を何とか味わおうともがく。
死にぞこないめ。
「俺の名前は?」彼は歯を食いしばり、我慢強くも強硬な口調で問い詰めた。しかし、女の目尻に滲んだ、悔しさと赤みをかすかに見て取ると、声を少しだけ柔らげて言った。「当てたらやる」
答えられない彼女は、苛立ちにもぞりと声を漏らす。
彼は仕方なく、もう一度教えた。
「……御堂、征司」月島悠亜は彼の唇を見つめ、潤んだ瞳で、素直に復唱した。
その言葉が終わるやいなや、天地がひっくり返った。
「俺が誰か、覚えておけ」
そんな傲慢な言葉が直に落ちると、彼の下で女は小さく身をすくめ、か細い声を漏らした。
攻守は交代し、支配権は移った。
夜はまだ深い。
夜も更けた頃、浴室の水音に、うつ伏せで眠っていた月島悠亜は目を覚ました。
豪華でありながら見知らぬ部屋には、淫らな空気が漂っている。全身が轢かれたように痛む。そして次々と、あの甘くも熱い記憶の数々が脳裏に押し寄せてきた。
彼女は脈打つように痛むこめかみを押さえた。
酒に酔っても三分は正気だ。自分が何をしたか、覚えている。
ここはアブダビ、アラブ首長国連邦で最も豊かな土地の首府だ。彼女はフリーランスの通訳の仕事を受け、クライアントに同行してきたばかりだった。東京藝大を卒業したばかりの彼女は、名門ヴェローナ美術大学院の合格通知を手にしていた。その学費を貯めるため、灼熱の夏の中東に現れたのだった。
到着したその夜、彼氏の高橋悠真(たかはしゆうま)からのナンパ記録とベッドショットが届く。
送り主は、親友だと思っていた美大の先輩、小野美咲(おのみさき)。写真のもう一人の主役は、紛れもなく小野美咲本人だった。
お決まりの筋書きだ。密かに想い続けた恋敵が「念願成就」、彼女の留学直前に手のひらを返したのは、高橋悠真がいつまでも別れを切り出さないから。小野美咲が彼女に自ら身を引かせようとしたのだ。
なんて嫌な連中だ。
彼女はたった五文字を返信した。
『ゴミはお前にやる』
その後は、高橋悠真からの狂ったような着信とメッセージの嵐。嫌気が差した彼女は即座にブロックした。
高橋悠真と知り合って四年。彼は一つ年上の先輩で、彼女が入学した時から気遣いを見せ、熱心にアプローチしてきた。キャンパスの寵児、良家の出身で、本人も才気煥発、容姿端麗。
月島悠亜は両親を早くに亡くし、おじの家に半年ほど身を寄せた後、長く寮生活を送っていた。久しく感じたことのない、手のひらで包まれるような大切さに、三年の時に彼のしつこいほどの想いを受け入れた。
彼は彼女をとても大切にし、甘やかし、譲り、彼女の繊細な自尊心をそっと守り、物質的な差を感じさせなかった。卒業後はデザイナーの職を得て、サラリーマンにもなった。
二人で抱き合い、未来を語り合った光景がまだ目に浮かぶ。
「頑張って稼がなきゃ、俺の悠亜を養わないと」
「私、養うの大変かも…わかったわかった、俺が甘やかしたいだけなんだ」
「悠亜、卒業したら結婚してくれないか?」
その頃、彼女は既に留学を考え始めていた。ヴェローナ美大のオファーを手にしたことを知った高橋悠真は、初めて彼女と口論した。二年も待った、それが限界だ、もう二年は待てない、と。
だから、それが浮気の理由か? 小野美咲は喜んでくれるのに、彼女はそれを拒んだから?
月島悠亜の腫れた口元に、嘲笑にも似た歪みが走った。
自暴自棄にせよ、復讐にせよ、今夜、彼女はわざと身を委ねたのだった。
服を探そうとベッドから降りた時、足がふらつき、ある一点に鋭い痛みが走った。彼女はその後も、拒みと溺れる間で引き裂かれていたことを思い出す。あの極上の感覚が、酒の酔いを一気に覚まさせた。
禁欲的でありながら、その目は焼け付くような男の顔が脳裏をよぎる。彼は執拗に自分の名前を覚えさせようとした――御堂征司。そして、彼女の微細な反応一つ一つを捉えることに夢中になり、飽くことなく彼女を責め続けた…。
月島悠亜は太腿の付け根にじんわりとした痺れを感じ、慌てて床に散らばったビキニと透かしのカバーアップを拾い、適当に身にまとうと、その豪華なスイートルームから逃げ出すように去っていった。
しばらくして、御堂征司が浴室から出てきた。湯気が立ち込める中、空っぽのベッドを一瞥し、足を止めた。
満たされた後の虚ろな眼差しが、急に深みを増す。口元に、危険で興味深げな笑みが浮かんだ。
月島―――
悠亜―――
か。
食い逃げか。
いい。
いい度胸だ。