その昔聖女様がいて、勇者に魔法を与えました。
聖女様は勇者と共に魔王を倒しに行き、見事魔王を封印しました。
その代償に、聖女様は異世界へと送られてしまいました。
それは、ひいおばあちゃんから聞いたおとぎ話。
聖女様は後悔してないの?
だって、家族にも友達にも会えないんだよ?
そう、ひいおばあちゃんに尋ねたら、笑って肩をすくめた。
「そうねえ。後悔はどうかしら?」
「なんで魔王を封印するのに、聖女様は異世界に飛ばされちゃうの? ひどくない?」
「等価交換と言えばいいかしらねえ。魔王を異世界に封印するために、代償が必要だったのよ」
「おかしいよ、絶対! その魔王を倒したら、聖女様は元の世界に戻れるの?」
私が言うと、ひいおばあちゃんは声を上げて笑った。
「ははは、そうねえ。魔王を倒せたら、代償を支払う必要なんてなかっただろうからねえ。もしかしたら戻れたかもしれないわね」
「じゃあ、私が魔王を倒す!」
そう宣言した私に対して、ひいおばあちゃんはやっぱり笑いながら言った。
「莉央、ありがとう、楽しみにしているわね」
そう言って、ひいおばあちゃんは、私の真っ黒の髪を撫でた。
今思えば、ありがとう、ってなんだか変だよね。
だって、あれはおとぎ話だよね?
おとぎ話は本当にあった話ではない……はずよね?
子供の頃の私は、現実と幻想の区別が余りついていなくて、だから魔王を倒すだなんて荒唐無稽なことを言ったのだろうと思う。
でも、成長すれば、そんなの無理だ、ってことくらいわかる。
魔王なんていないし、異世界になんて行けるわけもない。
魔法なんてないもの。
なのに。
なんでひいおばあちゃんは、ありがとう、だなんて言ったんだろう?
おかしいと思うけれど、もう、それを確認する手立てはない。
私が大学に入学してすぐ。
ひいおばあちゃんは死んだ。
それはそうだろう。九十を越えれば亡くなるのは仕方ない。
だから、悲しみとか、喪失感、というのは不思議となかった。
親戚たちも悲しさはそこまでなかったらしく、食事会では笑顔で話していたっけ。
「おばあちゃんは不思議な人だった」
と、親戚たちは皆、一様に言う。
確かに不思議な人だった。
ちょっと外国人ぽい顔つき。
でも名前は遊佐紀子っていう、普通の名前だったけど。
ひいおばあちゃんは物が飛んできてもひょい、と避けるし、怪我もしない人だった。
「戦後の混乱期で、いろいろ間違えちゃったのよ」
とかなんとか変なこと言っていたっけ。
「でも後悔はないの。ここで素敵な人に出会えたし、貴方たちにも会えた。私の人生はとても幸せだった」
ひいおばあちゃんはそう言って、本当に幸せそうな顔をして永遠の眠りについた。
ひいおばあちゃんが語ったおとぎ話。
その話はおばあちゃんも、お母さんも、いとこたちも耳にしていた。
ひいおばあちゃんが入院する前に私にくれたペンダント。
十字に蔦が絡まり、そこに翼が生えたモチーフのごついペンダントは、私が今身に着けている。
「魔王を封印するのに必要だから」
ひいおばあちゃんはそう言って、笑いながらそのペンダントを私にくれた。
どういう意味なんだろう。
結局何にもわからないままひいおばあちゃんは死んでしまった。
ひいおばあちゃんは何者だったんだろう?
「おばあちゃん、魔法使いみたい」
いとこがそんな事言っていたっけ。
魔法なんてない。
そんなものはない。
そのはずなのに、私は運命に絡め取られてしまう。
葬式も何もかも終わり、私は大学のある町に戻った。
地元を離れる時、お母さんはなぜか泣いていた。
何で泣いていたんだろう?
さようなら。
そう言ってお母さんと別れた。
夕暮れの町を歩き、アパートへと向かう。
「何だったんだろうなぁ」
そう呟き、私は荷物が入ったスーツケースを引きずりながら通りを歩く。
別れ際の、お母さんの顔が脳裏にこびりついて離れない。
お母さん、ちょっと不思議な人、ではあったのよね。先のことがわかるというか。
ちょっとした未来を見通すようなことを言うことがあった。
芸能人の結婚とか、グループの解散を言い当てたりあった。だからなんだか不安な気持ちがぬぐえない。
私に何か起きるのかなぁ。
うーん……
首を傾げてもなんにもわからない。
静かな町を、私はがたがたと荷物を引きずり歩いていた。
――って、あれ?
私はふと立ち止まり、辺りを見回す。
「あれ、静かすぎない?」
そう呟き、私は耳に神経を集中させる。
いつもは聞こえるはずの車の走る音や、踏切の音が聞こえない。
なんだか妙に静かだ。誰も通らないだけならまだしも、車すら見かけないなんておかしくない?
目を見開き私は辺りを何度も見回す。けれど何も変化は見られない。何が起きているの、これ……
何だか怖くなって、ぎゅっと、拳を握りしめた。
その時だった。
私が立つコンクリートの歩道が光り出す。
「え、あ……な、何?」
光は徐々に大きくなりそして、私を包み込む。
「え? あ、え?」
恐怖に身体がすくみ動けない。
眩しい光が収束したとき、私は知らない場所にいた。
私は辺りを見回し、何が起きたのか把握しようと試みる。
薄暗い部屋。
床には見たことのない紋様が描かれている。丸い……魔法陣みたいだ。漫画とかアニメみたい。
足音がこちらに近づいてくるのに気が付いて、私ははっとしてそちらを見た。
誰だろう?
暗くてよくわからない。
『光りよ』
という、男の人の声が響いたかと思うと、天井に光の玉が浮いた。
おかげで辺りの光景がよく見えるし、そこに立つ男性の姿もはっきりと見えた。
短い銀色の紙。すっと細い、紅い瞳。端正な顔立ちの男性だった。
RPGのゲームにでてくるような、藍色の長いローブを着ている。
まるで魔術師だ。
彼は私をじっと見つめて言った。
「君が……聖女?」
今なんて言いました?
言われた言葉を頭の中で繰り返す。
聖女……って何でしたっけ。
あれ、おばあちゃんが言っていなかった?
聖女と勇者が魔王を倒してって話。あれ、ちがう。封印したんだ。
「聖女は魔王を封印して……異界へと送られてしまった……?」
そう呟くと、青年ははっとしたような顔になりこちらへと小走りに近づいてきた。
私は思わず半歩さがり、目を見開いて彼を見つめる。
驚きの顔をした青年は、嬉しそうな顔になり言った。
「そう、その通りです。聖女は異界へと消えてしまいました。ペンダントを持ったまま。そして僕は、今日聖女を異界から連れ戻したんです」
ちょっと何言ってるのかわからないんですけど?
でも気になる言葉がある。
聖女、ペンダント、異界……
子供の頃にひいおばあちゃんから聞いたおとぎ話。
私が託された、ひいおばあちゃんのペンダント。
十字架にツタが絡まったそのペンダントに気がついた青年は、それに目を向ける。
「そのペンダント。それが、魔王の封印に必要なのです」
「ちょっと待って? じゃあ……ひいおばあちゃんの話は本当だったってこと?」
ペンダントを握り声を上げると、青年は小さく首を傾げる。
「ひいおばあちゃん……」
「そうよ! 私のひいおばあちゃん。今の話、子供の頃にひいおばあちゃんから聞いたおとぎ話にそっくりなの。でもそれって、あの話が本当だったことでしょう?」
声を上げる私に、青年は頷き言った。
「たぶん、そうなのだと思います。その、ひいおばあ様は……」
「死んだわ。九十を超えていたし。私、そのお葬式の帰りだったの」
私が答えると、青年は目をすっと細めて言った。
「あぁ、そうでしたか。だから貴方が、聖女を受け継ぐ形になったのですね」
その言葉に、私ははっとして目を見開いた。