康平は少し目を伏せ、怒るどころか微笑んだ。
「俺、他の人より高いのか?」
「うん。」
理音は真面目な顔で答える。
「年齢も体重も身長も、あなたは他の人より心が二つ多い分、リスクも大きいの。」
「……」
康平は手を伸ばし、彼女の手をしっかりと握りしめた。
「そんな保険いらないよ。俺が本当に死んだら、全部お前のものだ。」
理音は彼との接触を嫌がり、火傷でもしたかのようにサッと手を引いた。
こうして大晦日の食事は淡々と終わった。
友人たちはグループチャットで花火を上げに行こうと盛り上がり、役割分担も決めて、集合場所も指定していた。
理音は家に帰って寝たかったが、美咲はこういうイベントが初めてで、興味津々に理音の腕を引いた。
「みんなあまり知らない人だけど、一緒に花火だけやってすぐ帰ろうよ。花火工場から全部持ってきたくらい大量らしいよ。」
この裕福な子たちはお金持ちで、普段はヨットやパーティー三昧、年越しの時くらいしかこうして盛り上がらない。
理音も彼女の気分を壊したくないし、宗介もグループでしきりに自分を呼んでいる。
康平はマフラーを持ってきて、丁寧に彼女に巻いてやった。
マフラーは顎までしっかり覆い、透き通った杏色の瞳だけが見えた。
その姿を見て、康平は思わず彼女のまぶたにキスを落とした。
理音はすぐに踵を返し、歩き出した。
これが最後の夜だ。
あと一晩だけ我慢しよう。
花火の場所は遠くなく、皆で歩いて向かった。理音と美咲が真ん中、康平と慎一がそれぞれ両脇に並ぶ。
夜風が冷たく吹き、花火会場へと向かう人や車が絶えなかった。
年越しの高揚感に引き寄せられたのか、理音の顔にも久しぶりに明るさが戻った。
「昔ね、祖父がよくここに連れて来てくれて、毎回飴細工を買ってくれたの。子供の時からずっと。私が大人になったって言うと、おじいちゃんは拗ねて、年寄り扱いされたって怒るの……」
理音は思い出話を続け、美咲は優しく相槌を打つ。
康平は両手をポケットに入れ、街灯に照らされた影が長く伸び、どこか寂しげだった。
本当は、康平と理音にもたくさんの思い出があった。
でも、彼女はもう何も覚えていないようだった。
この道すがら、一言も触れられなかった。
車が横を通り過ぎ、康平は理音の方へ少し寄った。理音はすぐに彼を押しのけ、苛立ったように言った。
「こんな広い道で、なんでわざわざ寄ってくるの!」
康平は胸が詰まるほど悔しかった。
世の中の誰が、こんなに自分を嫌がったり、強く当たったりするだろう。
「道のどこが広いんだよ?」
康平はほとんど道の端を歩いていた。
「心が狭いから、何でも狭く見えるのよ。」
「そうだな~」
康平は皮肉っぽく言った。
「俺の曾々祖父の時代から心が狭かったんだ、俺が広くなれるわけないだろ?」
理音は慎一に向かって言った。
「旦那様、康平があなたのこと馬鹿にしてるわ。」
康平はすぐに無表情になった。
慎一は冷たく康平を見た。
康平は苦笑しながら言った。
「彼女があなたをからかってるのに、なんで俺の方睨むんだよ?」
「君がもっと早く彼女を機嫌よくさせていれば、俺まで巻き込まれなかった。」
慎一は淡々と言った。
「……」
まあ、確かにその通りだ。
康平は手を伸ばし、彼女をなだめようとした。
だが理音はそれを察し、すぐに足早に歩いて彼を置き去りにした。
康平の手は空中で止まったまま、気まずさだけが残った。
美咲はため息をついた。
「熱は症状であって、原因を治さなきゃ意味がないのよ。解熱剤だけじゃ治らない。」
康平は長い睫毛を伏せ、自嘲気味に笑った。
「どうやって機嫌を取ればいいんだろうな。帰ったら土下座でもするか?」
美咲は首を振った。
斎藤家の兄弟は、女性に対して問題が起きると、まず機嫌を取って金や物で解決しようとする。でも根本的な解決はしない。
でも理音は明らかに純愛主義者だ。
医者だって、最初の治療が効かなければ薬を変える。
このままじゃ、康平には破滅しか待っていない。
美咲はどこか哀しげに言った。
「理音を幸せにするのが一番大切よ。」
「わかってる。」
康平の目は灰色に沈んでいた。
「ありがとう、お姉様。」
花火の会場は人で溢れ、宗介たちは中心の場所を陣取っていた。
麻衣と裕司も来ていた。
麻衣の首に巻かれたマフラーを見て、理音は嫌悪感を覚え、何も考えず自分のマフラーを外して丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
康平は目を細めて言った。
「寒くないのか?」
理音は無視した。
康平は麻衣のまったく同じマフラーに気づき、不機嫌そうに言った。
「彼女のは俺とは関係ない。」
「理音さん、」
麻衣がフォローする。
「裕司が兄さんがあなたに買ったのを見て、私にも同じものを買ってくれたの。」
でも本当の理由なんてどうでもいい。
勾玉守りの一件もあって、理音は麻衣と同じ物を使いたくなかった。
これ以上言うと、自分が心が狭いように見えるし、友人たちの前では悪目立ちしてしまう。
康平は気に入らず、コートを脱いで理音に羽織らせようとした。
「ここ寒いから。」
彼は言った。
「風邪がまだ治ってないだろ。」
理音は拒んだ。
宗介がいくつかの花火を持ってきて、後ろには何人かの友人もいた。
「はいはい、みんな分けて。女の子たちは安全なやつだけで遊んで。」
この友人たちは理音も知っていたが、その中に見覚えのない二人がいた。誰かの連れだろう。
理音が様子を伺っていると、康平が無理やりコートを彼女の肩にかけた。
その視線に気づいたのか、宗介の隣の男性が彼女に礼儀正しく頷き、優しくスパークラーを差し出した。
理音は目を伏せ、礼を言ってそれを受け取った。
次の瞬間、彼女の視線は男性の手首にとまった。
そこには竹の葉のタトゥーが二つ彫られていた。
理音の瞳孔が収縮し、驚きに顔を上げ、もう一度その男性と目が合った。
「初めまして。」
男性は自己紹介した。
「向井明です。」
その瞬間、理音の手からスパークラーが誰かに取られた。
康平だった。
「遠慮しないで。彼女は俺の妻だ。」
康平は淡々と言った。
「この前の俺の誕生日で会うはずだっただろ。」
理音は戸惑いの表情を浮かべた。
「え?」
「向井さんは最近鎌倉市に引っ越してきたばかりで、うちのグループとも取引がある。この前の誕生日で紹介するつもりだったけど、君は来なかった。」
周りは騒がしく、花火の音が夜空に響いていたが、理音はまるで時が止まったように感じた。
滑稽だ。
本当に滑稽だ。
もしあの日、向井明が康平の誕生日パーティーにいたとしたら――
あの日彼女が出会ったのは、誰だったの?
自分を地下室に突き落とし、顔を一度も見せず、ただ携帯を差し出した時だけ手首の竹の葉の刺青を見せたあの男は――
一体、誰?
夜空の花火が渦のように広がり、理音の頭の中も混乱し、吸い込まれそうな感覚で体がぐらりと揺れた。
康平は驚き、素早く彼女を抱きしめた。
「大丈夫?どこか具合悪い?」
理音は涙目で、不安と混乱を必死にこらえながら、彼の目を見つめた。
「康平。」
彼女の声はかすかだった。
「ここにいるよ。」
「ねえ――」
理音はしっかりと彼を見つめ、誕生日パーティーの向井明が自分を誘拐した男と同一人物かもしれないと言いたかった。
違う。
違うはずだ。
鎌倉市からヴィギスまでは千キロも離れている。
助けを求める電話をしたとき、向井明は康平の誕生日パーティーにいた。宴会の出席者全員が証人だ。
でも、あのタトゥーは間違いなく同じものだった。
理音は言葉が途中で止まった。
自分ですら納得できないことを、康平が信じてくれるはずもない。
「なんでもない。」
理音は微笑みをつくった。
「向井さん、なんだか親しみやすい方ね。知り合いになりたいな。」