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第2話 山嵜精工株式会社

 「おざまーす!!」


 「おぅ…月かぁ……おあよー。しっかしよぅ、月曜ってほんっとにやる気出ねぇーよなぁ……」


 と、朝から愚痴るのは、課長の山嵜 辰木たつき。スポーツ新聞の競馬面を見て、既に今週末のレースを思考している。電子タバコを咥えながら、缶コーヒーを一口飲む。

 「昨日の馬券も全くカスリもしなかったしなぁ…… 

 月曜日と外れ馬券にため息を漏らす。

 辰木は、ルーズな性格ではあるが、コミュニケーション能力も高く、営業の交渉折衝も巧い。この点については月も尊敬をしており、その技術を盗んでやろうと、いつも思っている。


 「おらッ!月曜だからシャンとすんだろうがよ。シャンとしろシャンと。」


 後ろから部長である長男の旭火あさひが事務所に入って来る。姿見の前に立ち、ネクタイをシュッと締める。


 「シャンシャンうるさぃなぁ………兄ちゃんみたく、いつも元気じゃねぇんだょ…」


 「そこは仕事だろ、って先週も言ったよなぁ?…ったく…」


 スパーーーーーーーンッッッ!!!!!


 「はいはぃぃ!!もうええからぁ!!ラジ体やるよ!!」


 頭を思いっ切りハタかれる辰木。


 「いっってぇぇーなぁ、姉ちゃん……」


 「テレテレしてんじゃないよ、まったく……」


 ♪ ラジオ体操第一!! ♪


 辰木の頭をハタいたのは、長女のあき。嘗てはここの係長として、製造現場を課長と共に支えてきたが、結婚後は週1〜3で、手伝いに来ている。咥えていたゴムで後ろ髪を、キュッと結ぶ。旭火同様、しっかりと、キッパリとした性格だ。


 ここは、山嵜精工株式会社。

県内の中小企業からの受注を受けて、製造・納品をしている零細企業だ。従業員は、社長であり創業者の父親を含めて20名。決して大儲け出来る会社では無いが、長年に渡りステークホルダーとの関係を大切にする会社方針を地道に行なって信用信頼を獲得してきた。


 かつて、創業10年目の頃、大口の取引先が突然倒産し、数千万単位の売掛金が回収不能となった事がある。連鎖倒産も現実味を帯びる中、社長は自宅を抵当に入れてまで会社を支えた。その時、社員を一人も解雇しなかったという話は、今でも社内外で語り草だ。


 関連会社との連携もあり、コロナ禍を耐えてようやく元通りの操業に至っている。これも社長の真面目で真摯な経営による賜物であり、更に人柄の良さも後押しする形で協力を受け、1名の退職者も出さずにすんだのだ。


 月曜日は、各々が事務所や机回りの清掃を行なう事から始まる。昔から使っている事務所なので、古びた感じは否めないが、清潔感があり、訪れて来る来訪者からの評判は頗る良いのだ。


 「掃除機は…っと、日さんか」


 1台しか無い掃除機は、何故か取り合いになる。拭き掃除よりも手軽だからだろうか。旭火がバケツと雑巾の束をを絞って持って来た。月は雑巾を手に取り、床を拭いていく。全員、黙々と清掃を進めながら、机上の整理整頓を確認していく。月曜日の清掃は、社長が現役の時からの取組みであり一種の儀式のようなものでもある。


 また、全員で清掃を行なう事で複数の効果が見込まれている。

 ・職場環境の改善

 ・コミュニケーションの促進

 ・業務効率の向上

 ・モチベーションの向上

 ・会社イメージの向上

 清掃活動は、従業員の健康を守るだけでなく、安全な職場環境を維持するためにも重要です。清掃を習慣化することで、従業員の意識改革を促し、組織全体のレベルアップに繋がります。(GoogleAIによる概要より)


 9時前。清掃が終わる。


 日は、入口横のホワイトボードを見ながら一緒に清掃を行なっていた製造課の課長である神谷、同課係長の宮内と共に、今週のスケジュールを確認している。社歴32年の神谷と5年前まで製造課最強と謳われたタッグを組んでいた事から、その信用信頼は未だ衰えていない。


 「えーっと………今週は…ミナ金(ミナト金属株式会社)と………あとはヨシタカ(ヨシタカ機工株式会社)ね。木曜が山だわ。」


 「えぇ、ちょうど重なるので。まぁ不具合が無ければ問題無く行けるんですが、先週あたりから転造ダイスで引っ掛ってしまうトラブルが結構多くて…」


 旭火も加わる。


 「あれ、出るとヤバいわ…1回ネジ屋呼んで見てもらうか…」


 「そうして頂けると、少しは安心出来ます。」


 「おっけ、連絡しとくねぇっ!」


 さてこちら(営業課)では……


 「月、今日の日メタ(株式会社日進メタルファクトリー)、俺も同行すっからなぁ!」


 「辰木さん、助かります!!」


 「あそこの課長とはよぅ、何回かゴルフコンペで一緒になってるからなぁ。」

 「宜しくお願いします!10時にアポ取ってますんで!」


 「あ、そういやぁ……あそこん社長、確か銭亀屋のかわかし餅が好きだったんじゃねぇかなぁ……銭亀屋寄ってくぞぅ。」


 ってな感じで、月曜日スタート。


 無事、日メタとの打合せも終わり外へと出る。梅雨の折り返しとなるここ数日はこれから来たる夏を思わせる。

 しかし、辰木のコミュニケーション力の凄さを改めて感じた……勉強になる。この会社に入社して12年目となるが、まだまだヒヨッコだなぁ……頑張んないとな!

 辰木さんはこの後、別の会社回るって事で、ここで解散した。取り敢えず、午後の打合せにはまだ時間があるから、飯でも食っとくか…


 「よし、ここなら……あそこ一択だな……」


 《まーた、|篠倉《しのくら》駅構内にある立ち食いそば屋ですか?》


 Unit#SY-9831から、突っ込みが入る。


 「っくッ!いいじゃん、鳳凰庵のかきあげそばは、最高に美味いんだよ!」


 鳳凰庵の、かきあげそば──

 正直、なんでこんなに美味いんだよって思うくらい、沁みる味だった。


 立ち食いって、もっと雑で急かされるものかと思ってたのに、あの店は違う。

 湯気の立つかけつゆをすすると、甘さと塩気のバランスが絶妙で、出汁の香りがちゃんと鼻に抜ける。電車の発車メロディがBGMになる中、気持ちはなぜか少しだけ静かになってく。


 そして、かきあげ。

 あれはもう、奇跡の衣だよ。

 玉ねぎ、人参、小エビ、青菜がざっくりと混ざってて、衣はサクッとしてるのに、つゆを吸ってふわっと溶け出す。

 立ち食いのかきあげって、油っこいだけのも多いけど、ここのは違う。ちゃんと「野菜の旨み」と「油のコク」の両方があって、しかもそれを蕎麦と一緒にすすれば、まさに“瞬間の贅沢”なんだ。


 たった数分で食べ終わるのが惜しくて、最後の一すすりがいつも名残惜しい。


 ──篠倉駅の近くに来たら、ついつい寄っちゃう理由が、あの一杯には詰まってる。


 《よく、立ち食いそば一杯で、それだけ語れますね。》


 月はUnit#SY-9831を無視して、ホームへ駆け寄ってお目当てのかきあげそばに舌鼓を打つ。


 《さて、30分後は、東都(東都精工株式会社)、90分後にカスガ(株式会社カスガ製作所)との打合せとなります。お忘れなく。》


 カスガとの打合せが思ったより長引く。最寄駅の門前町もんぜんちょう駅に向かいながら軽く、耳をノックする。


 《16時50分です。辰木さんに電話繋ぎましょうか?》


 「御願いするよ」


 月は2件の打合せ内容を概略で報告する。


 「えぇ、カスガさんとこ、ハステロイ探してるそうで。うちはチタン以上の物は作って無いので……はぃ、そうですね。取り敢えず仲介として考えても…はぃ……ある程度当たっておきます。では、このまま直帰しますので詳細はまた明日お願いします。はぃ、お疲れ様でした、失礼します。」


 タイミングよく来た普通電車に、月は乗り込む。途中の春市駅から快速に乗り換えて、およそ1時間の通勤となる。最近では、シンパシーイヤーのお陰?で、スマホを見る人も少なく、何処を見つめるでもないような、そんな表情をしてる人が多い。


 窓の外では季節柄、緑が多く梅雨明け前の陽光が差し込んで来る。月はそれを眺めているように見えるが、特に意識はしておらず、晩御飯についてUnit#SY-9831と脳内で会話を交わしていた。


 「やっぱ、唐揚げだよな。」


 《あのぅ……先週は5日、唐揚げ食べてますけど?》


 「うむ…………しかしだね。親分んっとこの唐揚げがもう、美味いったらありゃしないんだわ。」


 店名:からあげ親分。月の住む久米くめ駅傍に出店している個人店舗の唐揚屋。主としてテイクアウトが主流ではあるが、店内にはイートインスペースもあり、出来たてアツアツの唐揚げ&ビール(缶)が楽しめる。

 地元のテレビ局、新聞等でも取り上げられ、時間によっては行列待ちとなる。コロナ禍前にやたら増えた唐揚げ専門店だが、一時期の唐揚店ブームは終わり、また原材料費の高騰等により、倒産する店が相次いだ。

 そんな中でからあげ親分は、鶏の部位、特にムネ肉を上手く使ったり、自家製の調味料、漬け込み時間や衣を工夫する事で原価を抑える事に成功、また、メニューもやたら多くせずに最小限で提供する事で、無駄な仕入れが無く価格を維持プラス個性的な形やネーミングで売り上げを伸ばしていた。

 些か紹介しにくいネーミングもあるが、幾つか紹介しよう。

 ■親分の勲章

 → 黄金色に揚がった丸い唐揚げ。「禁断の旨さ」として話題に。笑いも取れるが品を保つのがコツ。からあげ親分の代名詞であり、皆が知る有名からあげである。形がアレに似ている事から地元民の間では「金玉2つ!」と注文するのが親分通である。また、この勲章をニンニク醤油とハブ酒に三日三晩付けたヤツは本来、親分の宝物庫と言う名であるが「臭い金玉!」で注文が通る。

 ■ 親分の掌

 → デカくてジューシーな唐揚げ。「噛みしめる旨さ、親分の矜持」。親分の手の掌と同サイズで、掌の上に金玉2個をトッピングをする「もてあそび」と言う裏メニューも実在。

 ■ 親分の一枚

 → モモ肉一枚を贅沢に揚げた逸品。ガッツリ行きたい時は迷わずこれ。「衝撃的且つ一撃必殺のうまさ」。


 「やっぱ、唐揚げだよな。」


 《脂質・カロリー過多、腸内環境が荒れる、ビタミン・ミネラル不足等々…………》


 「へへッ、そう言うなって。」


 「しゃーせーぃ!!おっ、月君じゃん!今週初だね!」


 「はは……、まだ月曜っすよ、妻さん…」


 「んだねぇ!あはははは!」


 親分とこの妻さん。名の通り、親分の妻である。本当の名前は、恵麻えまである。


 「でぇ?今日も臭いのでいい?」


 「あ、明日も外で打ち合わせあるんで、普通のにしときます!臭いの食ったら2日くらい匂い消えないんで………あ、もみしだきで!」


 もみしだき。親分の掌プラス金玉4つ、というグランドメニュー。月の金曜夜は勿論、臭いもみしだきとなる。


 「あざまーす!またねー、月君!!」


 月はもみしだきを受け取ると、そのままコンビニに向かう。いつもと同じ、ロング缶2本とおにぎり3つ。


 「しっかし、おにぎりも高くなったなぁ……」


 《物価高騰、米不足、ですからね…》


 今日のおにぎりは、昆布・鮭・明太子。月はおにぎりが大好きで最後の晩餐は、臭いもみしだきとおにぎり3つと決めている(まぁ悪い事をして最後の晩餐を喰う事は無いと思うが)


 コンビニからは歩いて7分、親分とこからは10分という距離に月の賃貸マンションがある。すっかり日も暮れて弱々しい街灯の下を通る。


 セレーノ久米町。4階建て、エレベーター無しのワンルームマンション。月はそこの4階に住んでいる。毎日、セッセと階段を昇降する事、もう10年になる。


 セレーノ:Serenoはイタリア語で、「晴れやか」「穏やか」「静けさ」みたいな意味。付けた名前は大家の権利なので別に良いが、陽当たり最悪、何処の国が分からない外人がタムロして朝まで騒ぐ、玄関灯は常に切れてて真っ暗、無慈悲に屋根が傾いた自転車置き場……等、環境的には如何なものだろうか、と感じてしまう。


 階段横直ぐの部屋、401号室の鍵を開けて部屋に入る。エコバッグに入れた缶ビールを冷蔵庫に入れて、月はそのままシャワーへ向かう。狭いので髪を洗う際に、よく肘を打つのはご愛嬌。


 シャワーを浴びて、こざっぱりした月。Tシャツ・半パン姿でいつもの座椅子に腰掛ける。テレビを付けて、いつものCastonチャンネルに接続。

 外国に本社を置くオンライン動画共有プラットフォームのキャストン。Broadcast(放送)+On(オンライン)から命名された。Castoner(キャストナー)と言われる世界の配信者が今日も多くの動画を配信している。


 プシュっ!!!


 銀色のにくい奴のプルタブを起こして、渇いた喉に流し込む。


 「ブヘェェェエェ!!!うめーゃ!!!」


 《今日も飲酒、ですね。土日も関係無く飲むのはどうかと。》


 月はそのまま金玉を、頬張る。外はカリッと中はジュースィィー………………。続けておにぎり(昆布)の皮を剥く。

 ガブッとガブリエル!!ビールをぐぃぃぃ……っと。


 キャストンでは、今日のニュースが流れている。それを観るでも観ないでもなく、月はスマホを広げてアプリを起こす。玉を頬張りながら缶に口を付ける。ニュースをチラ見。あぁ、また教師が猥褻罪で捕まってるよ。多いなぁ、最近……。


 今日のニュースや天気なんて、Unit#SY-9831に聞けば分かる事であり、敢えて観る必要も無い。月は適当な洋楽バンドのライブに切り替える。BGMの代わりだ。


 親分の掌は包み紙を巻いて、ガブリエル!!美味し!!

 スマホは、毎日一時間程度プレイをしているMMO「Myth Terminal(ミス・ターミナル)」を開く。

 MMOは「Massively Multiplayer Online」の略で、日本語では「多人数同時参加型オンライン」と訳されます。大規模なオンラインゲームを指し、多数のプレイヤーが同時に同じ

ゲーム空間でプレイできるのが特徴。(GoogleAIより)


 ミスタミことMyth Terminal(ミス・ターミナル)の世界観だが、数千の神話、宗教、伝承、逸話が、時代と空間を越えて収束(ターミナル)する世界。この世界には北欧神話の雷神も、古事記の神も、ギリシャの英雄も、全てが“記録”として存在する。

 だが、その記録は歪み始めた。伝説は捏造され、神は信仰を失い、世界は“虚構の海”に沈みかけている。

 プレイヤーは、“廃れゆく神話の断片(レルム)“から召喚された記録修復者。仲間と共に、神々の残した断章“Fragment(フラグメント)”を集めながら、世界の深層アーカイブへと潜っていく。

 最奥には、世界すべての神話が終わる場所――

 《ミス・ターミナル》が待っている。


 という、聞けば壮大な世界観だが、何て事は無い。よくあるタイプのお使い+イベント系のやつだ。


 月は、曙の國内にあるギルド・聖十字騎士団に所属している。曙の國内では二番目に大きなギルドだ。

 おにぎり(明太子)を頬張りながら、今日のミッションを熟していく。


 ギルドチャットでは、いつものようにサブリーダーの「ギャンジー」が下ネタを連発している。いつものように無視。チャットを追って見ると、リーダーから次週開催予定のイベント「天魔の時」の概要が貼られていた。

 年に二回開催される大型イベで、一カ月に渡り別の地に於いて陣地を取り合うものだ。天魔の時に参加した場合、今居る世界に戻って来るには一カ月後になる。

 またイベ参加者は、イベフラグメントを集める事で、別のキャラクターとして強化される。勿論、重課金をすれば神にすらなれる訳だが、月は非課金と決めている。


 もう、ターミナルを初めて一年にはなるか……二本目のビールを、カシュっと開ける。そろそろ飽きて来たなぁ……と思いながら……。


 個人チャットの受診マークが点灯した。ギャンジーと同じサブリーダーの「裂けないチーズ」さんだ。同じ時期に始めたプレイヤーだが、どうやら引退するらしい。みんな考える事は一緒だなぁ……。月はスマホを閉じる。


 明日の予定をUnit#SY-9831に確認。ラストのおにぎり(鮭)と、掌を頬張る。


 《時間は、22時25分です。そろそろお休みの時間かと。》


 テレビを消して、洗顔、歯磨き。メンズ夜用オールインジェルを皮膚に染み込ませる。


 「んだなぁ……寝るか。んじゃぁ9831、お休み。」


 《お休みなさい、月。》


 消灯。

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