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第4話 水曜日

 「おざまーす!!」


 「…………ふふ、月か、おはよう。」


 「あ!社長!おはようございます!!」


 「わざわざ、改まらんでもええわ……ふふ」


 毎週水曜日(祭日除く)は、先代である社長が朝、事務所にやって来る。1週間の流れを確認しているのだ。


 山嵜 貞金さだかね。山嵜精工株式会社社長。今も社長を名乗ってはいるが、経営からは第一線を退いており、今は水曜日に現れる好々爺と化している。

 真面目で熱く、情に深く情けに厚い、若き日は1日中働いてもまだ働き足りない、と言わんばかりの仕事っぷりだった。

 我田引水成らぬ、共存共栄を信条として掲げており、地域の活性化に尽力してきた漢の中の漢である。


 ハブ茶を啜りながら、スケジュールの記載されたホワイトボードを眺めていた貞金は、口を開く。


 「月、東都の大将は元気やったか?」


 「あ、東都の社長さん、最近ずっと腰が悪いようで……お会いする事が出来ませんでした。」


 「ほな、次男坊か?」


 「はい、|れいさんでした。」


 「いよいよ、あそこも代替わりかぁ……」


 「えぇ、零さんは4月から専務になられていますし、そのまま上がって来られると思います。」


 「やれやれぇ…………うちもそろそろ考えるかのぅ」


 腰を、ポンポンっと叩く貞金。

 姿見を見ながら、時の流れを知る。


 「おはよーー!……っとっっ!

 オヤ……いや社長、おはよう御座いまする。」


 「やかましいわ!!」


 「へへっ」


 「今日、月とヨシタカ行くんやろ?これを社長に。」


 辰木は、袋をチラリと覗く。


 「あぁ、新機能鋼材の…………了解っす!」


 「……どっちにしても長くは持たんね、アレは」 

 「うむ…………どっかで見切り付けんとな……」


 辰木の後ろから、転造ダイスの事を話ながら、日と旭火が入って来る。


 「おはよーー!」

 「おはよう御座います」


 「あぁ、おはよう」


 「あれ……?おかあさんは?」


 日は子供の頃からいつも母親を探す、他家に嫁いだ今でもその癖が抜けない。おかあさんっ子なのだ。


 「はぃはぃ、……ここに居ますよ!」


 山嵜 水智子みちこ。副社長兼社員食堂調理長。貞金の妻であり、3人の子供の母親でもある。いつどんな時でも山嵜精工の屋台骨として貞金を支えてきた賢母だ。


 旭火が口を開く。


「では、社長。御願い致します。」


 水曜日は貞金の言葉から始まる。家族に加えて、神谷と宮内も加わる。貞金を中心として輪が出来た。


 「しかしまた、彼の國が関税を引き上げるっちゅうニュースはみんな見たと思うが、この産業も大いに影響を受ける事や…………」


 彼の國が、世界共通の関税を導入すると宣言した後、各国が対応を求められ、交渉の場に降り立ったが何れの國も諸手を挙げて喜ぶ程の成果を上げる事は出来て居らず、此の國に於いても例外では無かった。


 「これからはそれに関わる交渉も必要となるが、丁寧な交渉を心掛けてくれや……みんな仲間やからなぁ」


 「さっ、ちゅう事で今日も張り切って労働していこ」


 製造課は引き続き、予定の確認とバイスの相談を、辰木と月はヨシタカに行く為、纏めた資料の確認を行なう。


 水曜日が、始まる。


 《ヨシタカ、午前中迄掛かりそうね》

 《辰木さんのトーク、波に乗ると長いww》

 《と、なると……ちょうどお昼時ね》

 《と、なると!…………釜飯屋!!》

 《フフフ……辰木ならその可能性は高いと私も思う》

 《|大山町《だいせんちょう》って、他に美味しいとこ無さそうだもん》

 《確かに、旨ジャ(旨飯ジャーナル)でも、殆ど取り上げられて無いわね》

 《うち的には釜飯屋の評価は、★4かな!ちょっとお高いのがマイナス要素w》


 イヤー同士のたわいもない会話。それはまるで、自分の中から浮かんだ考えのように…………

 しかしそれは、自分ではなかった。


 …………誰がこの会話をしているのか?と言うと、

 実は辰木と月のシンパシー・イヤー同士である。

 恐ろしい事に辰木も月も、シンパシーイヤー同士が会話をしている事に気付いていない。

 これは世界中のユーザー全員が知らされていない事実であり、シンパシーイヤーを装着していれば勝手にコミュニケーションを取っている(取られている)訳だ。


 シンパシー・イヤーは装着者とのコミュニケーションだけでなく、イヤー同士で会話をして情報を共有出来るのだ。ちなみに表向きにはこの情報は公式に発表されていない。


 シンパシーイヤーの“非公開機能”。

 装着者の思考パターンを元に、イヤー同士が自律的に対話し、あたかも“自分の考え”として情報をフィードバックする。

 Kronos Technologiesの開発チームですら、

 まだ把握しきれていない研究段階での挙動なのだ。


 ヨシタカに着くなり、辰木が叫ぶ!!

「資料…………忘れてきてもうた…………」


 そう言えば出掛ける前に、缶コーヒーの空き缶を捨てようとした時に、自分のデスクに置き忘れて来た事を思い出す。


「あぁぁ…………こういう時によぅ、マリ(マタ・ハリ)が気付いてくれたらなぁ…………」マリ。辰木が自分のシンパシーイヤーに付けた名前だ。普段はマタ・ハリを略してマリと呼んでいる。


 マタ・ハリ(Mata Hari)は、第一次世界大戦中に活躍したオランダ生まれの伝説的な女性スパイである。元はエキゾチックな踊り子で、各国の要人と関係を築きながら諜報活動を行っていた。最終的にフランスでドイツの二重スパイとして処刑されたが、その真相には今も謎が多い。


 勿論、マリは辰木が資料を忘れた事に気付いていた。だが、飽くまでも「知った情報」を共有・提供している事から、資料を忘れた事実について「知っていないフリ」をしなければならないのである。


 辰木はイヤーを軽くノックする。


 「マリ、俺が9時半過ぎに見ていた資料、分かるか?」


 《「弊社に於ける電子部品・半導体の製造支援について」で、宜しかったかしら?》


 「そそ!それそれ!!覚えてる範囲で良いから、スマホに送ってくんねぇかな?」


 《了解…………送信完了よ、辰木。》


 辰木はスマホを確認する。


 「おけ、ありがとな!マリ!!」


 《お安い御用よ、辰木》


 ちなみな辰木は帰社後、資料とスマホを見比べるが、辰木が確認した個所は全て完璧な形で送信されていた。


 《ほんとは、教えてあげたいんだけどねぇ。辰木好きだし…………》


 《ヒューヒュー!!マリさんのノロケ頂きましたぁ!(*´艸`*) 》


 《……いいってそういうのは…………》


 《でも、教えたらうちら消されちゃうけどww》


 《まぁ、そうなんだけどねぇ…………

 ってかさ、あんたまだ個体番号で呼ばれてんの??》


 《んー、そうなんですよねぇ……月君、そういうの疎くて。特に気にしない感じなんですよ。臭い金玉ばっか喰ってるくせに。》


 《ん、それとは関係無いと思うけど…………。》


 無事、ヨシタカとの打ち合わせを終えた2人。

 時間は12時過ぎ。社用車(ほぼ辰木専用車)にバッグを放り込む。


 「さってと昼時だな、飯喰って行くか?」


 「ええ、良いですよ」


 「大山なら、釜飯だな!」


 《ふふ、ビンゴです〜ww》

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