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第5話 金曜日

 朝5時55分。


 公共放送で天気を確認した後、月は家を後にして久米駅へと向かう。いつも同じ時間帯を過ごしているのは月だけではない。途中、収集場にゴミ出しをしている女性や、ちょっと先を行くお笑い芸人に似た男性等、レギュラーメンバーである。並木道に入る。この時期、風に揺られて花粉のでかい奴みたいなのが降り注いで来る。月は上を見て注意しながら歩く。


 ビリヤード場、散髪屋を通り過ぎて少し歩き、左に曲がると久米駅が見えて来る。光迅鉄道こうじんてつどうの停車駅でもあり駅も大きく、3階立ての駅はエレベータとエスカレータで繋がっている。月の乗る電車の改札口は2階にあるが、月は階段で登って行く。夜を迎え打つ為に少しでもカロリーを消費させようとする努力。


 《駅階段での運動は平均心拍数に改善効果あり。ただしコーヒー量をもう1缶減らせば、より高効率です》


「……余計なお世話やな」


 こういう動きも全て、9831は確認している。


 6時15分。


 久米駅発の各駅停車は出発。およそ1時間の旅?である。この各駅停車の8分後に快速電車が来るのだが、当駅発という事もあり確実に座る事が出来る方を月は好んで選んでいる。

 いつも座る車両も席も一緒。他の客も然り。正面に座るのは2駅先で降りる学生もどき。もどき側の端っこには、上はスポーツウェア、下はスラックスの前リュック。月側の真ん中にはパートっぽい女性。その奥には咳がでかい肥満中年。全員定席だ。


 途中、目を瞑り休めたり、9831とたわいのない会話をしたりする。たまに車窓から外を眺める。特に興味を惹かれる事も無く7時7分、会社から一番近い少竹こたけ駅に到着。そこから歩いて5分程の所に山嵜精工がある。


 駅を降りたここでも常連が続く。喫煙所ではないが溜まり場となっているベンチに座って紙タバコを吸うヤニ爺。向かい側から小走りで来る女性。近くまでバスで来ているんだろう、といつも思う。

 更に進むとこれまた大層な肥満中年が暑くも無いのに汗をかきながら通り過ぎる。トドメは別の道(駅から会社までの道は二股に分かれている)から出て来る天パー爆発野郎。会社手前の曲がり角で、「あ、これ曲がる!曲がるわ!」って進路で進みながら最終的に、真っ直ぐいくんかい!という歩き方をする姿(何度見ても曲がると思う)を見ながら、月は会社に入って行くのだ。


 《本日は“天パー爆発野郎”の行動パターンに0.7%のズレがあります》


「そんな分析いらんわ……でも、確かに変やな。あれは近いうちに必ず曲がるな……」


 会社前の自動販売機。


 「おざまーす!!」


 「おぅ、おはよう。」


 缶コーヒーを買おうとしていた旭火が答える。今日は全員外出が無く、旭火もポロシャツにスラックス、という(今すぐゴルフ行けるやん的な)ラフな格好をしている。胸には「BLOOD & BREAD」のロゴと髑髏、麦のイラストが入っている。旭火と辰木は兄弟でありながらも気が合う方では無いのだが、このBLOOD & BREADのブランドを好んで着ている。

 旭火はブラックの缶コーヒーを1本買うと、月に手渡す。


 「あ、旭火さん!ありがとう御座います!」


 「今日は営業も外出無しだな」


 「えぇ、今週の纏めと来週の資料作りになりますね」


 「カスガんとこは、うまく仲介入れそうか?」


 「はい、代理店であり販売も、行なっている東物(東洋物産株式会社)と打ち合わせをしまして、話が進みそうです。」


 「そうか、東物なら信用も実績あるからな」


 ガチャリンコっ


 月は入口の扉を開ける。 


 「おざまーす!!」


 「あら月君、おはよう!」


 水智子が声を掛ける。ホワイトボードを見て、今日は月が外出しない事を確認した水智子。


 「月君、ご飯どうする?今日はフライと肉じゃがだけど。」


 「あっ、お願いします!!」


 「ふふ、了解!」


 《月は水智子さんの肉じゃが好きだもんね〜》


 「あのダシがたまらんのよ」


 「ふぁぁあぁ…………あよう……」


 今日は外出予定は無かったはずだがスーツ姿の辰木の登場、まだ眠いのが全身から溢れ出している。


 「まったくこの子は…………辰木は?昼ご飯どうすんの?」


 「んぁ、……いらんよ……今日11時から丸銀(丸福銀行)だから、なんか喰って帰るわ……」


 「営業?」


 「んー、契約書類をチラホラと。後、光学機器の相談。」


 「んなら、キンコーさん(斤光技研株式会社)とこの案件になるかね」


 「んだんだ……」


 「まぁ、頑張っておいで!!」


 「ふぅあぁぁぃ…………」

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