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第6話 くせーやつと倒壊事故

 金曜の内勤も終わり、帰路に付く月。

 お決まり、親分の店に一目散だ。


 「しゃーせーぃ!!」


 「妻さん、お疲れ様でス!」


 「ちょうど良かったよ!今日さ、常連さんに新商品の味見してもらってんのよ!月君も試食手伝って!!」


 「おぉ!!ラッキーっす!!」


 「ほれ!名付けてシバキ棒!!」


 ■ 鳥極道(とりごくどう)

 → 既に常連さんによって、親分のシバキ棒、と命名された新作。辛さ・旨味・香ばしさが極まった「覚悟して食え」系唐揚げをニンニクと交互に串に刺した逸品。味は選べて黒胡椒仕上げ or モア辛口が選べる。


 月は目を輝かせて、ガブリエル!!


 「その唐揚げ、極道過ぎる。」

 最初に断っておくけど、俺は唐揚げのこと、そこそこ食ってきたつもりだ。けど、この「シバキ棒」──いや、鳥極道はちょっと別格だった。


 手に持った瞬間にズシリとくる重み。

 串に刺された唐揚げの塊とニンニクのゴロッとした粒が、交互に睨みをきかせてる。あきらかに「これ、ケンカ売ってる味やろ?」って見た目してる。


 口に入れた瞬間、黒胡椒の鋭い刺激と、衣の焦げる寸前の香ばしさが鼻を抜けてくる。だが、次の瞬間、揚げたての肉汁が口内を一瞬で「説得」してきた。

 ……うん、これはもう抗えんわ。


 それと途中でニンニクを噛むと、一気にパンチが倍増する。なのに脂っこくないのは、仕込みの妙か、それとも親分の矜持か。


 しかも選べる味のもう一方、「モア辛口」は完全に舌に構えてくる暴力だった。汗が出る。でも、串は止まらん。気づけば、俺の中の理性がシバかれてた。


 《さっすが親分……月のハートを抉って来たなぁ。感じる所、評価としてはこんな感じかな。》


 •暴力的旨味:★★★★★(5/5)

 •飯泥棒度:★★★★★(5/5)

 •二本目の欲望:★★★★★(5/5)


「唐揚げでシメられるとは思ってなかった。

けど……この一本には、筋が通ってたよ。親分、参った。」


 月は、臭いもみしだき+おまけで貰ったシバキ棒を手にして帰るのであった。


 途中、いつも通りコンビニへ。

 明日は休みなので、ロング缶3本とおにぎり3つ。

 梅・おかか・昆布。


 《たまには、サラダとか?》


 「んぁ?…………あぁ、そうだな」


 みそマヨディップの野菜スティックをカゴに追加。


 支払いを済ませて買った商品をエコバッグに放り込み、月は帰路に向かう。近くの定食屋では夜の部となり、店主が暖簾を門前に掛けている。入口横に貼り出している「肉野菜炒め定食」や「豚ショウガ焼き定食」の文字にいつもそそられるが、実は1度もこの店で食べた事は無い。根城であるセレーノ久米町から近すぎるせいか、ここで食べるなら家に帰って食べるわ、という気持ちが優ってしまうのだ。


 月は4階までの階段を上る。セレーノ久米町は1階に5部屋という小さな賃貸マンションだ。エレベーター無し、という条件を嫌ってこの4階は人気が無いようで、現在では月以外にもう1部屋しか住民は居ない。


 月の記憶では、男性5年前くらいに住み始めた印象がある。見た目30代後半の物静かな男性で、休みの日など出掛ける時、たまにすれ違って会釈する程度だ。男性の部屋は月の部屋から離れている為、音も聞こえずそれに悩む事も無い。


 月は401号室の鍵を開け、ロング缶を冷凍庫に入れる。いつもの狭いシャワールームでシャワーを浴びる。

 髪を洗い、身体を洗い、最後に洗顔。酵素入りの洗顔フォームを泡立てネットに落としてしっかり泡立てる。


 直ぐに洗い落として軽くタオルでポンポンしてシャワールームを出る。とりあえずパンツだけ穿いて、顔に化粧水をビシャッと掛けて両手で奥まで染みこませる。顔→首、と染みこませた後、薬用リンクルブライトクリームを塗って被せる。


 その後着替えを終えてお待ちかねの食事となる。テレビを付けてキャストンに繋ぐ。冷凍庫からロング缶を1本取り出して、プシュっと!!


 《月、今週もお疲れ様。》


 「おつかれ、9831。」


 グビグビグビッと!!「ぶふぁぁアァ!!」


 《いっつもながら、良い顔して呑むんだよねぇ……

 そんな感覚だけだけど…………》


 9831は耳の中でそう感じでいた。


 「なーんか今日はまた一段と、くせーーなおぃ……」


 《くせーのは、今週初めてになりますからね……》


 「確かにそーかもなぁ……」


 キャストンでは、久米町で発生した事故のニュースが流れている。月の住んでいるとこから数100メートルだ。時々気まぐれで行くファミレス・スマグリ(スマイルグリル)の隣にある古い建物を解体していた時に建物が崩れた為、作業員数名が下敷きになったようだ。


 「あぁ、崩れ方が酷いなぁ……ここって昔何があったんだっけ…………?9831、分かる?」


 《…………》


 【9831情報取得フェーズ】

 1. ローカル環境情報を照合

 - GPS位置データから「久米町●丁目●番地」を特定

 - 月の居住記録、行動履歴、訪問履歴などと突き合わせ、スマグリ隣の建物を特定

 2. ネットワーク検索

 - 地元の自治体オープンデータベースから「建築許可台帳」や「空き家バンク情報」へアクセス

 - 国土地理院の航空写真や、過去のストリートビューアーカイブで該当物件の履歴を参照

 - 過去の不動産情報サイト、商業施設データ、SNS投稿なども横断的にクローリング

 3. ニュースメディア照合

 - 各ニュースプラットフォームから、該当時間帯と現場に関する報道の要点を抽出

 - 作業員が下敷きになったという一次報告を照合し、信頼性の高い複数ソースでクロスチェック


 【9831推論フェーズ】

 4. 過去の施設履歴の統合

 - 1975年:個人経営の古書店「文雅堂」

 - 1999年:整体&マッサージ店「アジアンバランス」

 - 2010年:空き物件として長期放置

 - 2022年:土地譲渡 → 建築許可申請(アパート建設予定)

 5. 月の記憶と結びつける

 - Castonアカウントの視聴履歴や地元タグ投稿の閲覧履歴と突合

 - 過去の会話ログ(音声やチャット)に「文雅堂」「あの古い建物」などのワードが存在


 この間、僅か数秒。


 《該当物件は、元「文雅堂書店」です。1975年開業、1996年に閉業。以降、整体マッサージ店や学習塾などが短期で入居しましたが、2010年以降は空き物件となっていました。建物の老朽化に伴い、先月より解体作業が行われていました。》


 テレビでは、近隣住民や現場責任者のインタビューが流れていた。画面には、マイクを向けられた高齢の男性が映る。解体していた業者の話では、築36年と届け出がありました。


 「36年……?」月は思わず首をかしげる。


 「……おかしいな。9831がさっき言ってた情報だと……」


 《1975年開業、つまりおよそ49年前に建てられたという記録が、行政と地元紙のアーカイブに残っています。》


「36年と49年……13年の差か。

 記憶違いにしちゃ、ズレすぎてないか?」


 月は画面に映る解体業者の表情をじっと見つめた。

 ただの記憶の混乱か、それとも…………

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