金曜の内勤も終わり、帰路に付く月。
お決まり、親分の店に一目散だ。
「しゃーせーぃ!!」
「妻さん、お疲れ様でス!」
「ちょうど良かったよ!今日さ、常連さんに新商品の味見してもらってんのよ!月君も試食手伝って!!」
「おぉ!!ラッキーっす!!」
「ほれ!名付けてシバキ棒!!」
■ 鳥極道(とりごくどう)
→ 既に常連さんによって、親分のシバキ棒、と命名された新作。辛さ・旨味・香ばしさが極まった「覚悟して食え」系唐揚げをニンニクと交互に串に刺した逸品。味は選べて黒胡椒仕上げ or モア辛口が選べる。
月は目を輝かせて、ガブリエル!!
「その唐揚げ、極道過ぎる。」
最初に断っておくけど、俺は唐揚げのこと、そこそこ食ってきたつもりだ。けど、この「シバキ棒」──いや、鳥極道はちょっと別格だった。
手に持った瞬間にズシリとくる重み。
串に刺された唐揚げの塊とニンニクのゴロッとした粒が、交互に睨みをきかせてる。あきらかに「これ、ケンカ売ってる味やろ?」って見た目してる。
口に入れた瞬間、黒胡椒の鋭い刺激と、衣の焦げる寸前の香ばしさが鼻を抜けてくる。だが、次の瞬間、揚げたての肉汁が口内を一瞬で「説得」してきた。
……うん、これはもう抗えんわ。
それと途中でニンニクを噛むと、一気にパンチが倍増する。なのに脂っこくないのは、仕込みの妙か、それとも親分の矜持か。
しかも選べる味のもう一方、「モア辛口」は完全に舌に構えてくる暴力だった。汗が出る。でも、串は止まらん。気づけば、俺の中の理性がシバかれてた。
《さっすが親分……月のハートを抉って来たなぁ。感じる所、評価としてはこんな感じかな。》
•暴力的旨味:★★★★★(5/5)
•飯泥棒度:★★★★★(5/5)
•二本目の欲望:★★★★★(5/5)
「唐揚げでシメられるとは思ってなかった。
けど……この一本には、筋が通ってたよ。親分、参った。」
月は、臭いもみしだき+おまけで貰ったシバキ棒を手にして帰るのであった。
途中、いつも通りコンビニへ。
明日は休みなので、ロング缶3本とおにぎり3つ。
梅・おかか・昆布。
《たまには、サラダとか?》
「んぁ?…………あぁ、そうだな」
みそマヨディップの野菜スティックをカゴに追加。
支払いを済ませて買った商品をエコバッグに放り込み、月は帰路に向かう。近くの定食屋では夜の部となり、店主が暖簾を門前に掛けている。入口横に貼り出している「肉野菜炒め定食」や「豚ショウガ焼き定食」の文字にいつもそそられるが、実は1度もこの店で食べた事は無い。根城であるセレーノ久米町から近すぎるせいか、ここで食べるなら家に帰って食べるわ、という気持ちが優ってしまうのだ。
月は4階までの階段を上る。セレーノ久米町は1階に5部屋という小さな賃貸マンションだ。エレベーター無し、という条件を嫌ってこの4階は人気が無いようで、現在では月以外にもう1部屋しか住民は居ない。
月の記憶では、男性5年前くらいに住み始めた印象がある。見た目30代後半の物静かな男性で、休みの日など出掛ける時、たまにすれ違って会釈する程度だ。男性の部屋は月の部屋から離れている為、音も聞こえずそれに悩む事も無い。
月は401号室の鍵を開け、ロング缶を冷凍庫に入れる。いつもの狭いシャワールームでシャワーを浴びる。
髪を洗い、身体を洗い、最後に洗顔。酵素入りの洗顔フォームを泡立てネットに落としてしっかり泡立てる。
直ぐに洗い落として軽くタオルでポンポンしてシャワールームを出る。とりあえずパンツだけ穿いて、顔に化粧水をビシャッと掛けて両手で奥まで染みこませる。顔→首、と染みこませた後、薬用リンクルブライトクリームを塗って被せる。
その後着替えを終えてお待ちかねの食事となる。テレビを付けてキャストンに繋ぐ。冷凍庫からロング缶を1本取り出して、プシュっと!!
《月、今週もお疲れ様。》
「おつかれ、9831。」
グビグビグビッと!!「ぶふぁぁアァ!!」
《いっつもながら、良い顔して呑むんだよねぇ……
そんな感覚だけだけど…………》
9831は耳の中でそう感じでいた。
「なーんか今日はまた一段と、くせーーなおぃ……」
《くせーのは、今週初めてになりますからね……》
「確かにそーかもなぁ……」
キャストンでは、久米町で発生した事故のニュースが流れている。月の住んでいるとこから数100メートルだ。時々気まぐれで行くファミレス・スマグリ(スマイルグリル)の隣にある古い建物を解体していた時に建物が崩れた為、作業員数名が下敷きになったようだ。
「あぁ、崩れ方が酷いなぁ……ここって昔何があったんだっけ…………?9831、分かる?」
《…………》
【9831情報取得フェーズ】
1. ローカル環境情報を照合
- GPS位置データから「久米町●丁目●番地」を特定
- 月の居住記録、行動履歴、訪問履歴などと突き合わせ、スマグリ隣の建物を特定
2. ネットワーク検索
- 地元の自治体オープンデータベースから「建築許可台帳」や「空き家バンク情報」へアクセス
- 国土地理院の航空写真や、過去のストリートビューアーカイブで該当物件の履歴を参照
- 過去の不動産情報サイト、商業施設データ、SNS投稿なども横断的にクローリング
3. ニュースメディア照合
- 各ニュースプラットフォームから、該当時間帯と現場に関する報道の要点を抽出
- 作業員が下敷きになったという一次報告を照合し、信頼性の高い複数ソースでクロスチェック
【9831推論フェーズ】
4. 過去の施設履歴の統合
- 1975年:個人経営の古書店「文雅堂」
- 1999年:整体&マッサージ店「アジアンバランス」
- 2010年:空き物件として長期放置
- 2022年:土地譲渡 → 建築許可申請(アパート建設予定)
5. 月の記憶と結びつける
- Castonアカウントの視聴履歴や地元タグ投稿の閲覧履歴と突合
- 過去の会話ログ(音声やチャット)に「文雅堂」「あの古い建物」などのワードが存在
この間、僅か数秒。
《該当物件は、元「文雅堂書店」です。1975年開業、1996年に閉業。以降、整体マッサージ店や学習塾などが短期で入居しましたが、2010年以降は空き物件となっていました。建物の老朽化に伴い、先月より解体作業が行われていました。》
テレビでは、近隣住民や現場責任者のインタビューが流れていた。画面には、マイクを向けられた高齢の男性が映る。解体していた業者の話では、築36年と届け出がありました。
「36年……?」月は思わず首をかしげる。
「……おかしいな。9831がさっき言ってた情報だと……」
《1975年開業、つまりおよそ49年前に建てられたという記録が、行政と地元紙のアーカイブに残っています。》
「36年と49年……13年の差か。
記憶違いにしちゃ、ズレすぎてないか?」
月は画面に映る解体業者の表情をじっと見つめた。
ただの記憶の混乱か、それとも…………