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第10話 4.2月27日(1)

 一週間続いた学年末試験も最後の教科の解答用紙が回収され、生徒たちは、勉強から解放されたことを喜び合うように教室を出て行った。


 浩志はいつものように窓際の一番後ろの席に座り、一人で何をするでもなく椅子をゆらゆらと揺らしている。テストの出来はかんばしくなかったが、まぁ、それはいつものこと。進級できる程度には点数が取れているはずだ。


 今日はテストのみで、午後からの授業はない。浩志は、これからの予定をぼんやりと考えていた。籍を置いているサッカー部にはもう随分と顔を出していないので、練習に参加するのは気まずい。しかし、帰ったところで何もする事がないため、すぐに家に帰るのもなんだかつまらなく感じた。


 何か暇つぶし出来ることはないだろうかと考えあぐね、何気なく天を仰ぐ。窓から入る冬の木漏れ日が、思いのほか綺麗だった。光につられて窓辺に立つと、窓の下に広がる中庭が視界に入る。相変わらず、茶色い土が剥き出しになったままの花壇。そして、相変わらずそこにはせつなの姿があった。


 しかし、今日のせつなは殺風景な花壇の前にしゃがみ込んでいる。じっと一点を見つめているその姿は、やはり何かを探しているようだ。


 浩志は、窓から離れると教室を後にした。


 中庭まで来ると、せつなは先程見かけた姿勢のまま、まだそこに居た。


「やっぱり、何か探しているのか?」


 おもむろに浩志はせつなに声をかけた。


 せつなはチラリと浩志に視線を向けたが、その視線は、またすぐに花壇へと戻された。


「なんだぁ? 無視かよ? 傷付くなぁ」


 浩志はしゃがみ込むせつなの隣に立ち、花壇を眺める。しかし、そこには剝き出しの土があるばかりで、特に何があるということもなかった。


「なぁ。おまえ……じゃなかった、せつなは、いつもこんなところで何しているんだよ? 寒くないのか?」


 浩志は両手をズボンのポケットに突っ込み、ブルっと身震いを一つする。


「……お花が咲くの、待ってるの」


 まるで、そのまま土に吸い込まれてしまいそうなほど、細く小さな声が足元から聞こえた。


「花? こんな時期に?」


 首を傾げつつ、浩志もせつなの隣にしゃがむ。地面に近くなったことで、湿った土の臭いが鼻を掠める。昨日雨が降ったからだろう。緩くなった土は、所々でこぼことしていた。しかし、何かの芽が出ている様子はない。


「勘違いじゃないのか?」


 浩志の問いに、せつなは、頭をプルプルと振る。


「……お姉ちゃんが、もうすぐ咲くって言ってたもん」

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