半端に大人びた少年たちの話を耳にして、石野夏末は呆れながらも苦笑いを浮かべた。
原作でも触れられていたように、石野琉生は高校時代、反抗的な行動で大人の気を引こうとする癖があった。
今日、クラスメイトを家に連れ込み騒いでいるのも、おそらくそのつもりだろう。
ちょうどその時、二階の手すりのそばにいた石野琉生が突然顔を上げた。
そして、思いがけず、憐れみを帯びた夏末の視線とまっすぐに交わった
。目が合った瞬間、夏末は口元を緩めて、小さく微笑み返した。
琉生は明らかに動揺し、眉をひそめて疑問を浮かべた。
琉生は人気者だ。
そのわずかな表情の変化はすぐに仲間に察知された。
一同が琉生の視線の先を追って見上げると、そろって固まった。
二階に、スタイルの良い若い女性が立っていたのだ。
高校生の本能的な大人への畏敬の念から、さっきまで勝手気ままに継母の噂話をしていた生徒たちも、一瞬で羽目を外した態度を引っ込めた。
「石野くん、あの美人お姉さん、誰だよ?」
一人の男子が勇気を振り絞って琉生の脇腹を小突いた。
「黙って」琉生は冷たい目で睨み返した。
「まさか、君の継母さんじゃ…?」男子は驚いて口を押さえ、声を潜めて言った。
琉生は肯定も否定もせず、そのままソファに沈み込んだ。
「構うな。お前ら、好きにに遊べばいい」とまるで夏末が空気でもあるかのように無視した。
その態度は事実上の認めに等しい。
リビングには次々と挨拶の声が上がった。
「おばさん、こんにちは!」元気な声の波が押し寄せ、夏末の首筋の毛を逆立たせた。
夏末はまだ二十八歳だ。
前世ではよく大学生に間違えられたのに、今は十数人に一斉に「おばさん」と呼ばれて、一気に歳を取った気分だった。
ソファに埋もれた琉生の視線が、だらりと二階へ流れた。
夏末はようやく琉生の全身をはっきりと見た。
眉目には霜や雪が凝ったような冷たさが漂い、全身から「近づくな」というような倦怠感がにじむ。
骨格は鋭く整っていて、将来、年月を重ねれば、どれほど多くの女性を惑わせることだろうか、と思わせるほどの美貌の素地を持っていた。
しかし、見れば見るほど、夏末の胸に疑念が浮かんだ。
この顔は石野卓也とは、似ているところがまったくない。
本当に実の親子なのか?
「こんにちは、皆さん。どうぞご自分の家だと思って、気楽に遊んでね」夏末は疑念を抑え、階下に向かって笑顔を広げた。
わざと明るく軽やかな声を出し、「おばさん」という言葉がもたらした衝撃を和らげようとした。
少年たちは顔を見合わせた。
噂に聞く悪女のような継母が、こんなにも明るく優しい美人だなんて?
さっきまで「絶対に構うものか」と叫んでいた反抗的な男子でさえ、今は後頭部をかきながら照れくさそうに笑っている。
「奥さま、お邪魔します」
夏末は振り返り、自分の部屋へ戻っていった。
思春期の頃、自分も友人たちの前で親がうろつくのが嫌だった。
今は立場が逆になったのだ。
自然と、彼らに空間を残してやることを心得ていた。
リビングは再び騒がしさを取り戻した。
ゲームの効果音とトランプを叩きつける音が入り混じる中、琉生は上の空でスマホをいじりながら、目尻で二階をちらりと盗み見ていた。
本当に気持ち悪い。
クラスの半分を連れ込んで騒いでいるのに、この女、ちっとも怒る気配がない?
優しい継母キャラに変更か?
うける。
そう考えていると、メイドが二つの膨らんだ買い物袋をテーブルに置いた。
「若様、奥さまがお菓子をお買い求めになられました」
「は?」琉生は目を細めた。「あいつが俺のためにお菓子を買うって言ったのか?」
今日はエイプリルフールじゃないぞ。
メイドは確信ありげにうなずいた。
「奥さまは、タピオカミルクティーがお飲みになりたければ、今すぐ買いに行きましょう、ともおっしゃってました」
その言葉にメイド自身も密かに驚いた。
旦那様がいらっしゃらない時、奥様が自ら若様のことを気にかけられるなんて?
まるで夢みたいだ。
「…いいよ、結構だ」
琉生の顔には依然として面倒くさそうな表情が浮かんでいた。
「琉生、お前の継母さん、結構いいじゃん。俺の実母より気が利くよ」
星野大輝はもうポテトチップスの袋を開け、バリバリと音を立ててかじっていた。
中学時代から琉生とつるんでいる親友として、彼はかつて琉生に継母を警戒す
るよう忠告したことがあった。
だって十中八九、継母はろくなもんじゃないから。
しかし今日会ってみると、印象が少し変わった。
「何がわかるかよ」琉生は顔を背けて鼻で笑った。
突然の気遣い? 何か下心があるに決まってる。
「『銀河鉄道』の新譜、持ってきたか?」琉生は突然訊いた。
「カバンの中だよ!」大輝はCDを取り出した。
「再生するぞ」琉生は指で再生ボタンを強く押した。
インダストリアル・メタルの咆哮が一瞬で空気を引き裂き、ドラムの音が重たい槌のように鼓膜を打った。
少年はボリュームを最大まで上げ、歪んでいた期待を胸に、夏末が怒鳴り込んでくるのを待ち、その偽りの優しげな仮面を引き裂かんとしていた。
二階の寝室で、夏末はスマホをスクロールしていた。
暴力的な音波がドアを貫通し、窓ガラスをぶるぶる震わせる。
夏末は諦め混じりにため息をついた。
ネットに溢れる『反抗的な継子を感動させる秘訣』なるものは、やはりみんな嘘だった。
わざといい母親の振りをする?
やめとこう。
寝室のドアが開いた時、琉生は鼻の奥で短く冷たい笑い声を漏らした。
ついに演技が続かなくなったか?
彼はどうでもいいという表情を作り、嵐の襲来を待ち構えた。