そうして、伏竜と別れてから、オレは海の王国に居た時とは比べ物にならないくらい、盛大なパーティーの会場に水槽ごと移動させられた。
そこは白化した珊瑚みたいな色の壁で四方を囲んだ大きな部屋で、何だか薄暗い。
でも天井の灯りは眼窩に突き刺さるようににギラギラと強くて、会場の中央には舞台が迫り出していた。
やかましい歓声が水槽の中に居るオレの耳にまで聞こえてくる。
『これより、ここ四神王島限定、闇オークションを開催いたします!』
それをオークションの商品である人魚のオレは聞いているだけしか出来なかった。
そして目の前では、血と欲望の狂宴が始まる。
(何だ……? 何してるんだ? あれって……)
ステージの上に連れてこられた全裸の女の人達は抵抗を忘れたように成す術もなく、紺のスーツの男達に従って居並ぶ。
そうして競り落とされた女性達は客達によって【調理】されるのだと知った。
客達は女の人を跨らせたり、よくわからない色々な事をさせていたけど、多分あれは姉ちゃんから教えてもらった『好きな人としかしてはダメな事』なのだと思う。
見ていられなくて目を逸らすと、そんなオレが入った水槽をスーツの男達がステージへと運ぼうとする。
「ちょ、や、止めろよ!」
抗議したが、周囲の男達はオレと目も合わせない。
(ど、どうしよう! オレまで、あの女の人達みたいになっちゃうのかな? いや、オレ、人魚だから、焼いて食べられるんじゃ……!)
恐怖で
「イヤだ! イヤだって!」
騒ぎ立てていると、唯一、オレと視線が絡み合ったのは、ステージの上の伏竜だった。
ここに連れてこられるまで伏竜と会わなかったけど、どうやら伏竜はこのオークションの主催者の重要ポジションらしいのは部下達の会話から理解した。
オレが暴れるので首輪も手枷もつけられ、水槽の底に繋がれている。
助けてと何度も訴えても、部下の奴らもオークションを楽しんでる客も、まるで物でも扱うみたいにオレを無情に見ている。
伏竜だけが、何だか複雑な視線を向けているのは、そっと見つめる視線でわかった。
(伏竜……何なんだよ、アイツ……)
ステージから漏れる光は、伏竜の首に掘られた瑠璃色の鱗のタトゥーを宝石みたいに煌めかせていた。
伏竜も部下のヤツらも何故か首に鱗模様が掘られていたんだけど、それは伏竜が息を飲む度に喉仏が動き、更に艶めかしく蠢く。
ぼうっと見ていたオレは、ハッと我に返る。
こんな絶体絶命な状況なのに、見惚れるくらいに色気を駄々洩れにさせる男は、オレが泣いても喚いても特に何の行動もとろうとしない。
それが何だか腹立たしかった。
こういう時、少しくらい『みんな酷いな』とか思わないもんなのかな?
それとも人間の世界って、こういうのが普通なのか?
でもオレが此処に連れてこられて、初めて会話した人間が伏竜だったから、往生際が悪いけど、助かりたくて必死に呼びかけ続けた。
「おい! 伏竜! 何とかしろよ! こいつら、オマエの手下だろ? オマエと同じ刺青が首にあるし、同じ色の服を着てるし! オレ、陸に来たのは、白月を探しに来ただけで、ニンゲンに食べられる為じゃないんだって!」
文句を言ったけど、伏竜は紫の瞳を細めて、長い黒髪を揺らすようにして顎をしゃくる。
そして低く掠れた声で応えた。
「……だから呼び捨てにすんじゃねぇ。そもそも何で俺が手前の命令をきかなけりゃならねぇんだ」
「は?」
問い返すも、アイツは火がついていない煙草を咥えて、吐き捨てるように告げる。
「せいぜい汚ぇ親父に媚びを売って可愛がってもらえ。運が良けりゃあ、海で野垂れ死ぬより、長生き出来るだろうよ。良かったな、
ケンカを売られているのだと理解し、オレは水槽の中で暴れまくる。周囲の男達が慌てて水槽を押さえたが、知るもんか! 思いっきり叫ぶ。
激怒するオレを尻目に、伏竜は配下に命じて水槽を熱気の中心へと運ばせる。
ライトが照らすステージの上は、人間の汚い欲望の詰め合わせの晩餐だった。
オレの姿を見たニンゲン達は熱狂が最高潮に達したように頬を好調させ、それをオレは絶望的な目で見ていた。
(こ、これからオレ、ニンゲンに食べられちゃうんだ……)
ニンゲンは魚も動物も何でもを食べるって聞いたから、きっと直ぐにバラバラにされて、刺身にされたり、焼肉にされちゃったりして……。
そう思うと恐怖で泣きそうになってしまったが、伏竜を見て涙が止まった。
「……」
面白くなさそうな仏頂面で此方を見つめてる冷血漢の姿に、むかっ腹が立ってきた。
(アイツの前でだけは、泣いてたまるか!)
それから会場の照明は明度を増し、昼間みたいに周囲を照らし出した。
『オークションの目玉の観賞タイム』らしい。ふざけんなよ!
オレの水槽の周囲には、色んな人間がグラス片手に群がってきて、値踏みするみたいに無遠慮に見つめて、ぺちゃくちゃ喋りだす。
「ほぅ……! 四神王島には古来より人魚が棲むとされてきたが、これは美しい!」
「人魚って不老なんでしょう? その肉を食べると老いなくなるとか……」
「人工的なキメラかと思ったが、胴体に繋ぎ目も何も無い! これは間違いなく人間の体に魚の尾を持つ、異種族だ! 素晴らしいよ! 是非、解体して調べてみたいものだ!」
「流石は島でも最高の流通経路をもつ
何を言ってるのかわからないけど、オレにとってロクでもない内容なのは理解した。
客達はオレが助けてほしいと喚く度、愉快そうに笑うのだ。
オレが惨めで無様であればある程、満足だとでも言わんばかりに。
「うぅぅう~!」
呻いて睨むしか出来ないオレの水槽を客の一人、頭部が禿げ上がって腹が出た酔っ払いのオッサンが揺らしだした。
「おいおい? その愛くるしい顔が涙で歪むのを見たいのに、泣かないじゃないか~? ほれほれ! 泣け泣け! 今の内に泣け! お前を競り落としたら、もう快楽堕ちした顔しか出来んようになるんだからなぁ~?」
オッサンが乱暴に水槽を揺らし続ける。
「わ、わわ!」
傾く水槽にオレは慌てずにはいられなかった。
人魚は陸に上がってしまうと、足が無いから動けない。
(そもそも陸地の重力は人魚の体にとってシンドイってのに! このオッサン、ぶっとばすぞ!)
しかし、ぶっとばせるだけの力が水中ならともかく、地上では出ない。
されるがままにビビらされるオレの姿に、警備をしていた青龍門派の奴らは顔を見合わせるだけで動こうとしない。
そして警備のヤツらのヒソヒソ声が聞こえてきた。
「……おい、止めろよ。商品に何かあったら
「っつっても、このオッサン、島でも随一の富豪だろ? ウチの門派の上客でもあるじゃねぇか」
「別にあの程度なら許容範囲だろ。無駄に広い水槽に入れてやってんだから、カオに傷もつかねぇよ」
こ、こいつらぁあぁあああああ! オレの見張り役なら仕事しろよ! と、歯噛みしていると、オッサンの野太い腕が水槽の中に入ってきた。
「ひっ!」
ナマコみたいに蠢く指に怯えると、オッサンは脂でテカった額を水面に近づけて舌なめずりしながら、吐息を荒くして話しかけてくる。
「フヒヒ! 見れば見るほど、色気のある可愛さじゃないか~! ちょっと触るぐらい、良いだろ? な? ワシの愛人になったら、好きなだけ欲しいものを買ってやるから、ワシのものになれ? な?」
「フガフガフガー!(なるわけないだろ! ぶん殴るぞ! 変態! スケベ親父!)」
怒りすぎて口から泡が噴き出して言葉にならなかったが、あまりにも生理的に無理すぎて暴れようとするも、拘束の所為で動けない。
オッサンの蠢く手がオレの肩に触れようと伸びる……その刹那、オッサンの動きが止まった。
「「え」」
オッサンと声がカブってしまったけど、見上げると伏竜がオッサンの腕を掴んで締め上げていたのだ。
(伏竜……? 何で、今更……)
しかし伏竜の目は、今にも獲物を噛み殺さんとする人食い鮫みたいに攻撃的な熱が浮かんでおり、その殺気にオッサンは飛び上がって後退した。けど、オッサンは周囲の視線を気にしたのか、直ぐに伏竜に向けて怒鳴り散らす。
「き、貴様! ワシが誰だかわかっているのか! ワシは青龍門派の……うぼぉ!」
オッサンが喋ってる最中に、まるで雷で打たれたみたいに跳ねると、意識を失った。
そんなオッサンの腕を伏竜が無造作に放すと、相手はカーペットの上にどしゃりと倒れる。部下達が気絶したオッサンに駆け寄って介抱しつつも騒ぎ出した。
「伏哥! 落ち着いてください! 素人相手に霊力を使うなんて!」
「そうですよ! 伏哥の今の行動、老大にドヤされるだけじゃすみませんよ!」
しかし伏竜は部下を無視し、ドスの利いた声で告げた。
「……こいつを落札したなら客だが、そうじゃねぇなら排除対象だ」
しん、と静まり返る場で伏竜は続ける。
「そもそも、俺達は玄武門派みてぇな生粋の商売人じゃねぇ。魔道に堕ちた修仙者の中でも血の気の多い連中揃いの門派だ。その青龍相手に舐めた真似する成金風情が寝言垂れ流したなら、命があるだけ御の字だろうが」
オッサンは直ぐに意識を取り戻したけど、伏竜の殺気に短い悲鳴を上げると、こそこそと会場の隅へと逃げてゆく。
ふふん! ざまぁみろ! オレは何もしてないけど! と思ったけど、どうやってオッサンを気絶させたんだろ?
(伏竜が光速でオッサンの頸動脈をトンッて、したとか? それとも……)
考えてもわからないので、考えるのを止めた。
その後、伏竜にオレは溜まりに溜まった文句を投げつける方に意識をもってかれたからだ。
「遅い! 何してたんだよバカ! オレをこんな目に遭わせておいて、オマエはパーティーで御馳走三昧してたのか! ずるいぞ! この食いしん坊!」
「うるせぇガキだな……。食い意地が張ってんのは手前の方だろうが……」
伏竜は面倒くさそうに溜息をつくと、わあわあ騒ぐオレの口に何かを放り込んだ。
喋っていたオレは口内に入れられた『それ』を思わず咀嚼してしまった。
けど、その瞬間、脳髄が蕩けるような快感に見舞われる。
つづく