古びた木の家具と、かすかに土埃が混じったような、素朴な匂い。
ひんやりと透き通るような空気が窓から流れ込み、肺の奥まで満たしていくのを感じる。
毎日いる部屋の匂いなのに、何故か懐かしさを感じるような不思議な感覚だった。
ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、煤けた木目の梁と、土壁の剥がれた部分だった。ここは、僕が今いる孤児院の部屋だ。
そして今日、12歳の誕生日を迎えた僕は、朝から神父さんに聖堂に来るように言われていた。
12歳は成人。この世界では、成人の儀を受けると同時に、神からスキルを授かることになっている。
厳かな雰囲気の中、神父さんの前に立つ。ステンドグラスに反射する光が綺麗に瞼の前を踊る。
冷たい石の床が素足にひんやりと心地よい。
神父さんが祈りの言葉を唱え、僕の頭に手を置いた、その瞬間だった。
僕の意識の中に、これまでとは違う、膨大な情報が濁流のように流れ込んできた。
僕は、日本人だった。地球という星に生きていた「
トラックに跳ねられ、意識が薄れる中で感じたのは、絶望と、どこかへ吸い込まれるような感覚。
次に目が覚めた時には、この異世界の孤児院の前に、赤ん坊として置き去りにされていた。
前世の記憶が鮮明に蘇った今、僕がやらなければいけないことは
孤児院を出て、自分で生きていかなければならないと言うこと。何もない僕がこの世界で生き残るためには冒険者になる道一つしかなかった。
神父さんが何も言わなかった。ただ、僕の肩にそっと手を置くと、口角を少しだけ上げ、同情とも諦めともつかぬ、複雑な表情をしていた。
その瞬間、僕は理解した。どうやら、僕に授けられたスキルは、あまり期待できるものではないらしい。
神父さんは聖堂の奥から、分厚い一冊の本を持ち出してきた。
それは、歴代のスキルが刻まれているという、古びた魔導書だった。
神父さんが指差したページには、『感覚共有』という文字の下に、たった一文だけ説明が記されていた。
『テイムしたモンスターとの感覚が共有できる』
それだけだ。具体的な使い方や、どの程度の感覚が共有できるのかは書かれていない。
はっきり言って、地味だ。戦闘に役立つようなスキルではない。
前世の知識と、この世界の常識を照らし合わせて考えた結果、僕が生き残るための道は、やはり一つしかなかった。
冒険者になる。そして、テイマーとして、このスキルを最大限に活かす。
とりあえずは、孤児院の部屋だけは新しい子が来るまで使って良いと言われている。
だから、食料さえ手に入れれば、死なずに過ごせるはずだ。
何はともあれ、まずはギルドに行って冒険者登録をしないと始まらない。