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角の折れた小さな魔物


干し肉をほとんど食べ終えると、仔犬は再び僕の顔を見上げた。


その瞳に宿ったのは、先ほどの怯えや警戒心ではなく、かすかな安心感と、飢えを満たされたことへの感謝のような、純粋な光だった。

その小さな瞳は、まるで僕に助けを求めるように、あるいは「ありがとう」と伝えたいかのように見えた。


その澄んだ瞳を見つめながら、僕はコボをテイムした時のことを思い出していた。


あの時も、森でいじめられて弱っていたコボに、僕は優しく気持ちで包み込むようにテイム魔法をかけることで、僕への信頼が生まれ、テイムに成功したのだ。


あの時と同じだ。たとえ相手がブラッドウルフという強力な魔物であっても、弱っていても、そこに安心と信頼が生まれれば、テイムできるはずだ。


僕は仔犬の小さな頭に、もう一度そっと手を置いた。

その毛並みは血と泥で固まっているけれど、わずかに残る温かさが、確かに生きていることを教えてくれる。


そして、心の中で、できる限りの優しさと、安心感を送り込むイメージをする。


暖炉のそばで体を温め、お腹いっぱいの食事を楽しみ、どんな危険からも守られる安全な居場所……。


僕がコボに感じさせたのと同じ、全てを包み込むような温かい感覚を、このブラッドウルフの幼体に伝えるように集中した。


僕の体から、魔力が波紋のように広がり、仔犬の体に染み渡っていくのを感じる。


「テイム!!」


僕の声は、森の静寂に吸い込まれるように響いた。体から、残っていた最後の魔力を振り絞るように流れ出す。


すると、今度は、まるで僕の意識と仔犬の意識が一本の線で繋がったかのように、確かな繋がりを感じた。


同時に、僕の頭の中に、仔犬の視界がぼんやりと流れ込んできた。


それは、低い位置から見る森の景色で、普段僕が見ている世界とは全く異なるものだった。

そして、空腹が満たされた後の穏やかな満足感、そして僕への純粋な「ありがとう」という感情が、直接心に響いてくる。


テイムを拒むような抵抗は完全に消え去っていた。


安堵と共に、新しい仲間が増えた喜びが込み上げてくる。

テイマーとして、二匹目の魔物を仲間にできたことに、僕の胸は高鳴った。テイム、成功だ!


仔犬は弱々しく「クゥン」と鳴くと、そのまま僕の腕の中に顔を埋めるようにして、静かに体を休ませるように横たわった。


まだ完全に回復したわけではないが、その表情には、深い安らぎが浮かんでいるように見えた。


僕はそっと仔犬を抱きかかえた。その小さな体は、見た目以上に軽かったが、確かに僕の腕の中にその命の重みを感じた。


「よし、今日からお前はクロだ」


僕はそう言って、クロの頭を優しく撫でた。

クロの毛並みはまだざらざらしているが、この小さな命を守ると心に誓った。


コボも、新しい仲間の匂いを嗅ぐように、クロの体にそっと鼻を寄せている。ゴブリンであるコボと、ブラッドウルフであるクロ。


本来なら決して相容れないはずの二匹が、僕を介して繋がったことに、不思議な縁を感じた。ギルドの警告を無視して、危険なブラッドウルフをテイムしてしまったけれど、僕の判断に一片の後悔もなかった。


この小さな命を、僕が守る。

僕はリュックから、門番さんにもらったドッグタグを取り出した。

コボの分はもう既につけている。もう一つ、予備として持っていたドッグタグを、クロの細い首に優しくつけてやった。


これで、街の門番に咎められることなく、堂々と街に連れて帰れる。タグの冷たい感触が、僕の決意を新たにするようだった。



僕はクロを抱き、コボを連れて、孤児院へと急いだ。

森の奥から街へと向かう道は、先ほどまでの不安とは打って変わり、希望に満ちたものに感じられた。


まずは、この子を安全な場所で休ませてあげなければ。そして、この新しい仲間と共に、僕の冒険者としての道を切り開いていくのだ。


新しい仲間が増えたことにワクワクしながら、僕はコボとクロを連れてギルドへと向かった。


まずは昨日と同じように薬草採取の依頼を受け、今日の稼ぎを確保する。

そして、できればゴブリン討伐も進めたい。ギルドの受付に着くと、いつものお姉さんが笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます、カイさん。今日も早いですね」


僕は頷き、薬草採取の依頼書を二つ受け取った。手続きをしながら、ふと、お姉さんが何かを手にしているのが見えた。


それは、分厚い革の装丁が施された、古めかしい本だった。


「あの、それは何ですか?」


僕が尋ねると、お姉さんは少し躊躇うようにしながらも、その本を僕に見せてくれた。


「これは魔物図鑑です。本当はEランクの冒険者にならないと見れないものなんですけど、カイさん、テイマーですし、魔物のことをよく知っておくのは大事ですから。特別ですよ」


そう言って、お姉さんはそっと図鑑を開き、僕の目の前に差し出した。

ページをめくると、様々な魔物の詳細な情報が記されている。僕はすぐに「ブラッドウルフ」のページを探した。

そこに書かれていた解説を読んで、僕は目を見開いた。


『ブラッドウルフ:夜になると刃の形をした角から魔力を放ち、獲物を切り裂く。しかし日中は魔法が使えず、ただ鋭いツノが生えたオオカミに過ぎない。そのためか、日中は巣の中に引きこもっている。』


「……あれ?」


僕の頭の中に、疑問符がいくつも浮かんだ。

日中は魔法が使えない? そして、クロは角が折れている。ということは、クロは今、ただのオオカミ。しかも、角が折れているせいで、その唯一の武器も使えない。


「普通に、犬……?」


僕は思わずそう呟いた。ギルドの警告や、その凶悪な名前に怯えていたブラッドウルフが、まさかこれほどまでに無力な存在だとは。


僕がテイムしたクロは、その「強さ」を失った状態だったのだ。それは、幸運だったのか、それとも……。


まあ、でも、戦力が上がったのは確かなはずだ!

僕は気を取り直して、コボとクロを連れて森へと向かった。


薬草を取るのも慣れたもので、連日の採取で、僕はすでにいくつかの群生地を覚えていた。

以前は手探りで探していたが、今では効率的に、そして持続可能な形で採取量を調整しながら薬草を摘むことができる。


慣れた手つきで次々と薬草をリュックに収めていく。これで、当面の食費は心配ないだろう。


よし! ゴブリン達を観察するか!


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