この特徴的なイントロは……間違いなく『ジャスコ・キッズ』だ。
本来このイントロはピッコロのソロパートなのだが、約20人と吹奏楽部にしては少ない人数だからか、フルートで代用されている。しかし、ピッコロのような可愛らしい高音をフルートで上手いこと表現しており、まったく違和感は感じられない。
フルートのワンフレーズが終わると、そこへ今度は
そんなフルートとクラリネットの独壇場を淡々と支えているのがドラムのビート。決して前に出過ぎず、それでも後ろに下がり過ぎず。絶妙なボリューム感と安定感のあるテンポキープにより、二人の演奏を縁の下から支えている。涼しい顔してかなりの上級者だ。
時間に換算してしまえば、およそ4秒程度の出来事。ただ、その短い時間においても、各々の技量の高さが十分に凝縮されていた。さすがは宍戸先輩の所属する吹奏楽部だと、うなぎ上りに高まっていく雪乃の期待。
そして迎えた、満を持して全楽器が一斉に合流する5小節目。ここまで高揚しきりな雪乃のテンションであったが……不意に膝からズッコケるような感覚に見舞われることとなった。
フルート・クラリネット・ドラムの3人だけだったときにはしっかりと合っていた音の縦が、楽器数が増えた途端にてんでバラバラなものになってしまったのだ。
音の縦を合わせるのはバンドにとっての基本中の基本で、これができていないというのは要はメンバー間の息が合っていないということだ。
その後も控え目に言って弱小校相当の演奏が続く。あの宍戸先輩が所属するような部活だからとハードルを勝手に上げていたせいではあるのだが、雪乃の落胆は演奏が進むにつれ大きくなっていった。
……誤解のないように言っておきたいのだが、決して個人個人が下手くそというわけではない。例えば、現に今もドラムは涼しい顔で難しいビートを正確に刻んでいる。ただ、バンドとしての練習量が致命的に足りていない……傍から聴く分にはそのような印象を雪乃は
そろそろ曲も中盤に差し掛かる頃合い。いよいよ最大の見せ場であるクラリネットソロがやってくる。
きっと宍戸先輩が立つのだろう。そうだとばかり思い込んでいた雪乃の予想に反し、立ち上ったのは……もう一人のクラリネットの部員であった。
***
「いやー。吹部、カッコよかったねー」
「そ、そうだね……」
その日の帰り道。新歓での演奏について目を輝かせながら話す
「あの楽器何て言うの? あのハンガーみたいなのがウイーンって伸びるやつ」
「ハンガー? ウイーン? ……もしかして、トロンボーンのこと?」
「そう、それ!」
スライドの動作っぽい動きを真似しながら、興奮気味に話す佳海。トロンボーンがずいぶんと彼女のツボに入ったようだ。
自分が勝手な期待をしていただけだということは、雪乃が一番分かっている。なにもコンクール本番ってわけでもないのだ。あの場では、細かいことにいちいち目くじらを立てず、純粋に演奏を楽しむのが正解だろう。
でも、一度気になりだすと芋づる式にいろんなことが気になりだすというのも、また人の性である。
上げたらきりが無いほどだが、例えばクラリネットソロは演奏にいっぱいいっぱいで、ドラムの音も聞こえていない様子だった。上手い下手というよりかは、おそらく経験不足。新歓のステージという比較的プレッシャーのかからない舞台で経験を積ませるつもりかもしれないので余計なお世話だが、他に月奈という上手いプレイヤーがいることを知っている身からするとなんだかモヤモヤする。
そこから気になってよくよく聞いてみると、月奈が吹いているのは2ndパートの方であることも分かった。1stを食ってしまわないようにするための配慮かもしれないが、昨日教室で吹いていた音と比べてもどこか抑えられた、もっというとあまりやる気の感じられない気の抜けたような演奏。
それでいて一緒の動きをしていても、テンパり気味の1stとマイペースな2ndという印象で二人の息もまるで合っていなかった。ちゃんと二人で合わせた練習はしているのだろうか……? そう勘ぐった目線で振り返ってみると、昨日雪乃が月奈が練習しているところに鉢合わせたときも、本番前日だというのにパートで合わせるでもなく一人で吹いていただけだった。しかも、新歓で演奏する『ジャスコ・キッズ』じゃなくて、まったく関係のない『アンズモモカクテル』を吹いて遊んでいただけだったし……。
「……ねぇ、雪乃? 聞いてる?」
いつの間にか悶々と自分の世界に入ってしまっていたようで、不意に佳海に顔を覗き込まれ我に返る。
「あ、ごめん……。もう一回言ってもらってもいい?」
「『雪乃はやっぱり吹部にするの?』って聞いただけだけどね。……どうしたの? 心ここにあらずって感じだったけど」
「ううん。別になんでもないよ」
佳海にいらぬ心配をかけてしまった気恥ずかしさから、とっさに誤魔化す雪乃。
「そう……? ならいいけど」
幸い、佳海の側もそう深くは突っ込んでこなかった。
「で、吹部はどうするの?」
「うーん……。高校になって授業も難しくなってきたし、とりあえず帰宅部かゆるめの文化部で様子見しよっかなって思ってる」
演奏に感じたモヤモヤをわざわざ佳海へぶつける訳にもいかず、とりあえず勉強を言い訳にしてみた。
「ふーん。……って、吹部だって文化部じゃん」
「あれは別。なんたって体育会系文化部だから」
「なにそれ、怖っ。そういえば、この前グラウンド走らされてる部員を見たような気が……」
二人の会話はすっかり取りとめもない話へと切り替わっていき、いつも通り駅までの道を並んで歩いたのだった。