その臭いはかつて自分が思っていた以上に芳しく、鼻腔の最奥部にまで至り僕の気分を高揚させてくれた。ふわふわと宙を浮くような感覚が脳を支配し、どうしようもない激情と欲情が入り混じり、その感情を抑えつけるべき理性をどこか遠くの方へやってしまう。耳に入ってくるその苦しそうな喘ぎ声は電気的な刺激となって僕の全神経を駆け巡り、やがて下腹部から脳髄へ激しい快楽となって襲い掛かってきた。僕の意識はその一瞬、どこか別の場所へ吹っ飛んでしまったかのように今にも失神してしまいそうになる。
気付くと僕は、失禁していた。それが今し方突き刺した厚手のアーミーナイフの感触によって齎されたものだという事を理解し、あまりの気持ちよさに涎を垂らす。そして更なる快楽を求めて、僕は突き刺したそれをぐりぐりとこねくり回した。そのたびに、そいつの体が左右に揺れ動く。
しかしそいつは――僕の弟はいつの間にか喘ぐことを忘れ、ただ眼を見開いているだけの大きな人形のようになっていた。赤黒い液体を胸からどくどくと垂れ流しつづけながら、馬乗りになった僕の股間の下で、ぐったりと仰向けに横たわったまま、動かない。
弟が絶命したことを理解しても、僕はもっともっとあの激しい快感を味わいたくて、何度も何度も弟の胸に血みどろのナイフを突き立てた。けれど、あの快感はもう二度と戻ってはこなかった。どうやら弟が絶命したあの瞬間が、快楽の絶頂だったようだ。
自分の下半身に眼を向ければ、尿以外にも色々なものが僕の中から垂れ流れていた。
僕は僅かに痙攣している己の体に残った快感を微塵も残さないように味わい尽くすと、やがて弟の腹にナイフを突き立てたまま、コンクリートで塗り固められた味気ない天井を仰いだ。
「は、ははは、あはははは・・・・・・」
渇いた嗤いが、喉の奥から漏れて出てくる。
後悔なんてしていなかった。むしろ、いつまでもいつまでもこの快楽を味わっていたかった。
そう、それは至高にして至福のひと時。体中の全神経が昂ぶり、心振るわせる瞬間。突き刺したナイフと肉の隙間から溢れ出るドロドロとした赤黒い液体と共に、僕の体内から流れ出る淫猥な体液の感覚に酔い痴れる。
弟は散々僕に暴力を振るい、心と体を傷つけた。
どんなに謝っても、弟は決して僕を許してはくれなかった。
だから僕も、弟を許さなかった。
これは、僕に与えられた当然の権利だったのだ。
弟を殺して得られた快楽は、あまりにも刺激的だった。
もっと、もっともっと、あの快感を味わいたい。
僕の中に、どす黒い感情が産まれた瞬間だった。