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第2話

「前河内月光。太陽に対して、月光とかいてヒカルっていうんだ、あいつの弟」


 ノノたち四人は商店街の片隅に立つ果物屋の店先に置かれた、小さな丸い机を囲むように座っていた。彼女達の前にはフルーツジュースの入ったコップが置かれており、ノノと飛鳥の前にはさらにりんごパイが添えられていた。二人が笑顔でりんごパイを頬張るのをよそに、葵はミユウに質問する。


「その弟が何かしたの?」


「ヒカルってさ、なんていうか、タイヒと違って出来が悪い奴なんだ。勉強しない、人の迷惑顧みない、すぐに暴力に訴える。それで、よく警備局に補導されてるんだ」


 ほんと、困った奴なんだ、とミユウは言ってストローを口に咥える。


「タイヒくんは、いつもそのヒカルくんを引き受けに行ってるって訳?」


「さっきも話したと思うけど、兄弟登録されてるからな。ほら、オレら第二世代には明確な両親が居ないだろ? けれど、同じ遺伝子を持つ兄弟や姉妹がいることがある。そしてそれは第一世代同様、家族という括りとして社会には認識されているんだ。だから兄弟が何か問題を起こせば、それは自然と兄弟登録されているものの所へ回されてくるわけ。たとえ養育施設を出て独り立ちしたとしても、兄弟姉妹登録が変わるわけじゃないからね。オレには兄弟姉妹が居ないから一人暮らししてるけど、兄弟や姉妹のいる第二世代は社会に出た後もしばらくは二人で暮らしたりしてるんだ。その方が気分的にも楽だし、同じ遺伝子を持つっていう連帯感って言うの? そんなのがあるから、気兼ねしないですむみたいなんだよな」


「それで、タイヒくんもヒカルくんも一緒に住んでるってことか」


 葵が納得するように頷くのを、

「あぁ、いや。それは違う」

 とミユウは否定した。


「確かに兄弟登録されてるし施設を出たときは二人で暮らしていたときもあったけど、今は別々に暮らしてる。いや、あれを別々に暮らしてるっていうのはおかしいか。ヒカルのやつ、家出したんだよ、タイヒと取っ組み合いの大喧嘩してさ。それ以来、ヒカルは悪い仲間とつるんでいっつも遊び歩いているってわけ」


 ミユウはそこで、大きなため息を一つ吐く。


「だから、今も一応、住所は兄であるタイヒと一緒になってんだ。今回母さんの方に連絡が行ったのは、たぶんヒカルが警備局の人に住所を聞かれたときに、咄嗟に答えちゃったんだろうな。ヒカルはタイヒのこと、嫌ってるみたいだから。で、たまたま母さんのところに遊びに行っていたオレが、代わりにタイヒに伝えたってワケ」


 ミユウがやれやれというふうに言って、葵は首を傾げる。


「わざわざ直接言わなくても、電話で伝えればよかったんじゃない?」


「え、あぁ、それ無理。だってタイヒのリストは政府から配布された、ただの個人識別票だからさ。あいつバイトもしてないから、自分でメーカー品のリストを買えないんだよ」


「ふぅん、そっか、そりゃそうだよね……」


 葵は自分自身を基準にモノを考えていることに気づき、少しばかり自分が恥ずかしくなった。


 リストには電話機能があって当然。しかしそれはあくまで政府から委託されたメーカーが作った通称『コミュニケーションリスト』に付いている機能であって、政府から配布されている通称『ノーマルリスト』にそんなものは付いていない。電話機能つきのリストが欲しければ最寄の店で購入するしかなく、それには様々な機能の付加された機種に沿ったお金が必要だ。だから、そういったものを購入するだけのお金のない者や必要を感じていない者は、政府から配布されたものしか付けていない。


「オレもさ、タイヒにバイトしてリストを買えって言ったんだけど、今は部活が忙しいって言って全然」


 ミユウが困ったように笑ったそのとき、不意にノノが口を開いた。


「ねね、さっきミユウちゃんが言ってた悪い仲間って、どんな仲間なの~? 葵ちゃんはいい仲間だよね~? いい仲間だよね~?」


 ノノが横から心配そうな顔を向けてきて、葵は「はいはい」とノノの肩に手を当てる。


「大丈夫だから安心しなさいよ、ノノ。あたしら、別に何も悪いことなんてしてないでしょ?」


「う~ん……。 そだね。ノノたち、何も悪いことしてないよね? 悪いことするのが悪い仲間なんだよね?」


「そ、だから気にしなくていいからね?」


 葵がまるで子供をあやす様にノノの頭を撫でると、


「あっははは、でも学校で禁止されてる買い食いしてるけどな~」


 ミユウがからかうように言って、飛鳥がけらけらと笑った。


「あぁ、じゃぁあ、ワタシたちは悪い仲間だねぇ?」


「えぇ!? 飛鳥ちゃんとミユウちゃん、悪い仲間だったの~!?」


「あのねぇ、こんなの悪いうちに入らないでしょうが」


 葵は思わずつっこむのだった。


 そんな四人に、突然声をかけてくるものの姿があった。


「君達、ちょっと、いいかな」


 振り向けば、そこには背の高いスーツ姿の男が立っており、四人はぎょっとしながら男の方に顔を向けた。男はがっしりとした体つきにいかつい顔をしており、見た感じ三十代後半くらいに見えた。そんな顔がノノ達四人を大真面目な表情で見詰めてくるものだから、葵は思わず体が硬直してしまうのを感じる。ノノも男の顔に恐れをなしたのか、すっと葵の方へ手を伸ばしてくると、軽く制服の袖口を握り締めてきた。


 男はすっと自分の腕をノノ達のほうへ差し出し、リストを見せた。そこには警備局の紋が刻み込まれており、それが警察業務を担当する警備局の人間であることを示していた。


 それに気づいたのか、ノノが怯えながら口を開いた。


「葵ちゃん、ノノ達、やっぱり悪い仲間? 捕まっちゃう?」


「……な、なんでそうなるのよ」


 動揺する葵たちに、男はゆっくりと、

「こんな時間まで、若い女の子がうろうろするなんて、危険極まりない。早くお家に帰りなさい」


 それは、至極当然の言葉だった。


 時刻はすでに七時を回っており、空はほぼ完全に夜の帳を下ろしていた。商店街の中は灯りがついていて明るいが、けれど先ほどまで主婦でにぎわっていた通りにはもはやその姿はほとんどなく、仕事帰りの人たちやこれから飲み屋に行こうとしている中年親父にとってかわっていた。


「そろそろ帰らないと、ご両親も心配するんじゃないのかね?」


「――オレ両親居ないんすけど、第二世代だから」


 ミユウが臆せず言って、男は眉間に皺を寄せる。


「……第二世代?」


「なんすか、あんたも第二世代嫌い?」


 男の言葉に、ミユウは嫌悪感を露にした口調で言い返した。


 第二世代を嫌う人間は少なくない。確かに見た目は第一世代と全く同じため、リストの番号を見せたり(第一世代と第二世代で番号が一部異なる)、自分から申告しない限り第二世代かどうかは判らない。しかし、一度言ってしまうと態度を急変させてしまう者が居り、そういった者の多くが第二世代を毛嫌いしていた。第二世代もまたそういった第一世代を疎んじており、第二世代が浸透した現在も稀にいざこざを起こすこともままあった。


 葵はそんなミユウと男に困惑し、ノノもおろおろと慌てふためいている様子だった。飛鳥もパイを食べる手を止め、ぽかんと口を開いている。


 二人はしばらくの間じっとにらみ合っていたが、やがてふいに男の背後から若い男が現れて、

「何してるのかなぁ、藤村クン?」

 にやにやと笑いながら男――藤村とミユウの間に入ってきた。

「もっと笑わないと、女性にはもてないよ?」


「……からかわないでください、部長」


 部長と呼ばれた若い男は、けれどどこからどう見てもノノや葵達と同じくらいの年齢にしか見えなかった。単に童顔なだけなのかもしれないと葵は思ったのは、しかしその挙動がどこかひどく大人びた感じだったからだ。


「僕の部下が大変失礼なことを言って、申し訳ない。藤村は別に第二世代が嫌いなわけじゃなくて、ちょっと理由があって警戒しているだけなんだよ。だからそんなに怒らないでやってくれるかな?」


 そこまで言って、若い男は「そうそう」と思い出したように自分のリストをノノ達のほうへ向ける。


「僕の名前はカムイ・ハツという。神が居ると書いてカムイ。警備局の者、っていうのはもう言う必要はないよね?」


「……あ、はい」


 ミユウがぽかんと口を開けて答えて、神居はにっこりと微笑んだ。


「じゃぁ、本題。ここ最近、夜になる度に起きている事件のこと、君達は知っているよねぇ?」


 神居のその質問に、ノノは首を傾げる。


「夜になると~? う~ん、え~っと…… あ! 昨日の夜ね~、お家の畑に沢山のカラスが来てね~、お父さんが作物が食われて困ってるって言ってたよ~」


「……いやノノ、それ違うから」


 葵が呆れるように言って、神居はくすくすと笑った。


「――面白いね、君。確かにここ最近、夜になると夜行性のカラスが田畑を荒らす事件は増えてるよ。でも、そんなのじゃない。もっと怖い事件さ」


「連続殺人事件だろ?」


 ミユウが小さく言って、神居は頷いた。


「そう。ここ数日、夜になると毎日のようにこの地域で殺人事件がおきている。時間帯も被害者にも共通点はないし、財布もリストも残っているから物取りの犯行じゃない。だから、君達も襲われたくなければ早く帰ったほうがいい」


「カムイさんは~?」


 ノノが心配そうに言って、神居は笑った。


「ははは、僕たちは警備局の者だよ? 簡単に殺されたりなんかしないから、安心しなよ。ほら、もう陽も完全に隠れてしまった。早く帰らないと、標的にされちゃうかもよ?」


「……解ったよ。行こう、皆」


 ミユウが言って席を立ち、


「あ、うん」


 葵も小さく返事して、ノノと一緒に席を立った。


 飛鳥は残ったりんごパイを一気に口の中に押し込み、ジュースと一緒に飲み込んでから漸く立ち上がる。


「なんだったら、お家まで送ってあげるけど。ねぇ、藤村クン?」


 藤村は頷き、けれどその眼は先ほどと同じように厳しい眼でミユウの顔を見詰めていた。


 ミユウはそれにまた気分を害したのか、

「結構です。自分達で帰れますから」

 強く、それを拒否するのだった。


「……そっか。気をつけて帰るんだよ?」


「ご忠告、ありがとうございました」


 ミユウはとげを含んだように答えてから、一人すたすたとバス停の方へ歩いていく。


「あ、ちょっとミユウ、待ってよ!」


「待って~ ミユウちゃ~ん!」


「ミユミユぅ?」


 そのあとを、葵たちも慌てて追いかける。


「――やれやれ、嫌われちゃったね、藤村クン?」


「……」


 神居の、藤村を嘲るような言葉を耳にしながら。

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