「春」

　春と聞けば聞こえは良い。何かが始まる予感がしてくるだろう。

　だが、春といっても普段と同じように事件は起こるし、何かが終わる。

　ああ、俺はなんで外で寝転んでんだ。

　雨も降ってきたなあ。

　うおっ！いきなり強くなるじゃねえか。早く立って屋根のある所まで行かないと。

　びしょ濡れになるのはいやだなあ。

　ん？

　あれ？どうしたんだ？

　なぜなんだ？体が動かないぞ.....

　ふんぬ。踏ん張っても無理だなあ。

　まあ大便じゃねえしなあ。

　まずまず力がほとんど入らねえ。全身の健がちぎれちまったみたいな感覚だなあ。

　お！そこの綺麗なお姉さん。助けてくれよお。ん？おいおいそんな泣き顔すんなよ。ていうより、なんで泣いてるんだ？

　俺の方を見て泣くなよ！

　はぁ.....なんでそんな悲しそうな目で俺を見るんだよ。俺は、３２歳の今、１５浪が決定しただけじゃないか。

　１５浪目も頑張ろうと.....

　いや、もう受験しないんだったか。諦めるんだった。

　うん。それで、そんな俺は何をしているんだ。

声も出ない。手足も動かせない。一体俺に何が起こったって言うんだ？

　確か俺が受験をやめることに家族から反対されたんだっけか.....ああ、そうか俺は家を出てきたんだ。

　もう、あんな家には戻りたくないなあ。

　両親は医者、祖父母も医者、そして他の兄弟全員も医者。

　そして、俺だけ落ちこぼれて受験失敗。もう受験をする気力なんて残っちゃいないよなあ。

　大体、なんなんだよ、そんなに医者がほしいのかよ。医者なんて一族に１人でもいれば安泰だろうが！多すぎるってんだ！！

　それで俺はなんで寝転んでんだ？いや動けないなら倒れてんのか。

　俺の身に何が起こった？

　あれ？おーい！そこの中学生のお嬢ちゃん何が起こってんだ？

　教えてくれよおー！っていっても声出せないし聞こえてないけどなあ。

　ん？よく見たら血がついてんなあ。怪我でもしてるのか？酷く怯えてそうだが.....

　そういや、この中学生のお嬢ちゃん見たことあるなあ。いつだろうなあ。最近だよなあ。

　ああ、そうかあ、こいつ俺が暴漢から守った奴じゃないか。

　いやあ.....あの時の俺は立派だったぜえ！

「うおおおおおおおおおおおおおお！！！！！」

　うん、そうそう、こんな感じで暴漢が嬢ちゃんに突っ込んでいっててよ。

　ナイフを持っているのを確認してすぐに.....

「きゃああああ！！！」

「お嬢ちゃん危ないぞお！！！俺の後ろに隠れてろお！！！」

「は、ハイっ！！」

って素直に守られに来てくれてなあ。

　いやあ物語の主人公になった気分だったぜえ。

「おりゃあああああああああああああ！！！」

「じじい！！！！お前も殺すぞおお！！！」

「やってみろや若造がああああ！！！」

って今考えたらあいつそこまで年齢違わなかったなあ。

　俺が皮下脂肪の溜まった32歳のおじさんだからなあ。

　じじいに見えたのだろうか。いや、そんなことないよな？うん。悲しいからそんなこと考えないでおこうな。

　それはさておき、まあそっからめっちゃ取っ組み合って、、どったんばったん.....!!

「お嬢ちゃん今だ！逃げるんだああ！！」

うむそうだった！大体こんな流れだったなあ！

　なかなかかっこいいんじゃないか！？

　このお嬢ちゃんを守らないとって必死って感じ出してたけどよお、助けたら惚れてくれるんじゃないかって少しの下心持って助けに行って.....

　いやいや！そんな変態みたいなこと考えてないからな！考えてないぞ！俺はお嬢ちゃんを助けないとっていう純粋な気持ちだったからな！嘘じゃない！多分！(嘘)

　その後はよお、そうして、、そうしてなあ.....ん？あれ、思い出せない。

　言われてみれば嬢ちゃんがどうなったかとか犯人はどうなったかとか警察から事情聴取とか受けた記憶がない.....なぜなんだ？

　うーん。これは難題だな〜。夢の中の話だったとかか？いやいやいや、いくら変態でも32歳が中学生を助ける夢を覚えてるなんてありえないからな！おそらく！多分！(自信ない)

　そういやこれ、いつ頃の話だっけなあ。確か受験やめるってのを反対されて家を飛び出して歩いてたらなあ.....

　ん？おいおいおい、嘘だろ。今じゃねえか！俺は今刺されたってのか？！倒れてんのか？重症か？

　そういや腹のあたりと、腕のあたり、足のあたり.....そして、頭もいてえ。

　腹は思いっきり正面から刺されたと考えるべきだろう。

　腕と足は、、。正直分かんねえ。でも動けねえし深い傷ではあるなる.....か.....

　頭は確か刺された後に投げ飛ばされたんだっけか？

　多分、そうだな道の端っこの石で頭打ったんだったか。

　そうかあ。そん時に気絶した.....そしてそのまま記憶が飛んだ.....

　そして.....ここ肝心なんだけど、俺はもう死ぬのかああああああ！？嘘だろ。無理無理無理無理！！！死にたくねえ！！！

　だって俺まだなんにもしてねえじゃん！！！

　そうだよな！？本当になんにもしていない！！！中学生を救っただけだぜえ。中学生が読むような、恋愛漫画じゃさあ、ここから結ばれたりすんじゃん！ないの？結ばれないの？ぼろぼろになって助けました。そこでヒロインが惚れるって感じじゃないのお！？

　おいおいおい、まじでシャレにならないんだが！

　助けてくれえ。

　俺の人生ってそんなに意味ないものだったのか？

　受験にも、家族にも束縛された人生だったぞ.....

　不幸せじゃなかったけどよお、別に幸せではなかったからなぁ.....

　もっと自由に生きてえ。

　３２才、正真正銘１４年間浪人した男だ！自分で言うのもなんだがそれなりに頑張ったさ。

　落ちたとしてもよお、もうちょいご褒美タイムってのがあってもいいんじゃないか？

　俺まだＨしたことないんだけどお！一回ぐらいさせてくれたっていいじゃないかよお。せめて童貞ぐらい卒業させてくれよなあ。高校時代の同級生が自慢してくるの普通に悔しいんだぜ。

　そういや、高校時代の同級生って大体医者を目指してたなあ。あいつらも受かってんのかよ。畜生め。

　なんで俺はこんなに頑張ってたのに報われねえんだよ！

　あいつら、医者になる夢叶えて、Hもして、それを俺にいちいち報告しやがってたってことだよなあ。

　これは馬鹿にされてたってことでいいよなあ。

　ああ、だいぶムカついてきた.....所詮あいつらも俺を見下してたってことかよ。

嫌なことに気付いちまったなあ。ああクソが。吐き気がしてくる。

　いや吐き気がするのは大量出血でもしてるからかもしれないけどよぉ.....!!

　あーあ。１人でしかしたことしかないなあ。悔しいなあ。もっと早く受験やめてればなあ。

　もっと自由によぉ.....

　俺の口が動くなら発狂もんだな。あ〜.....最悪だぜ。死ぬ間際にいちいちこんなストレス抱えるなんてなぁ.....

　救急車も全然来ねえしなあ。早く助けてくれよ！

　もしかしてだが死ぬ間際って時間遅くなるのか？それなら納得だけど.....でもなあ、目の前の奴らいつもと動きの速さ変わんねえなあ。

　あーあ。何回でもいえるなあ。自由に生きてえなあ。遊びてえなあ。

　ていうより誰も俺のこと治療してくれないってなんなんだよ。諦められてんのか？

　許せないんだが？おいおい！俺はまだ生きてるぞお！

　まあ伝えられるわけないか。

　ここまで虚しく俺一人で俺について回想してるだけだもんなぁ.....

　死にかけの男(死んでると思っている男)と殺人(今のところは殺人未遂)犯どっちを優先するかっていわれたら殺人犯を取り押さえる方に集中するよなあ。

　自分たちも危ないもんなあ。

　誰だってそうだ。

　死にたくねぇ.....

　でもよお.....１人ぐらい寄り添ってくれてもよくないですかあー？

　ああ.....寄り添うって言葉で思い出しちまったじゃねえか。

　俺もしかったなあ結婚。どうせ俺の家じゃあ医者同士で結婚させようとするだろうけど.....

　それでもしかったなあ。子供も欲しかった。

　子供ってのは自由でのびのびしてていいよな。俺の子供見たかったなあ。

　まあ、それ以前に結婚相手を決めるっていうハードルがあるけど。

　そういや、俺の子供時代ってどんなだったんだろうなあ。親に迷惑かけてたのかなあ。

　あーあ、家、飛び出さなきゃ良かったぜ。

　流石の俺でもよ、お嬢ちゃんには申し訳ねえが、少女漫画的な展開で死ぬよりも家族愛を感じれて生き残る展開の方が嬉しいぜ。

　ハッピーエンドに勝るもんはねえ。死んだら基本バッドエンドだ。

　やっぱり.....受験失敗して、文句垂れ流されてたとはいえ、３２年もお世話にはなった。

　やっぱそれなりに恩は感じてるんだよなあ。

　あいつらを嫌悪してるのに切り捨てられねぇ。

　それが家族ってものだったんだろうな.....

　上手く向き合えなかったわ.....

　ああ、だめだな。

　意識が薄れてきた。

　なるべく人生で後悔は残さないようにって子供の時から思ってたんだが.....

　結局後悔ばかりが残る人生だったなぁ.....

　受験は失敗して、家族から馬鹿にされ、友人からも馬鹿にされ....

　おまけに結婚もできない。

　性欲という名を発散について含んでも含めなくてもほとんど遊んでいない。

　こんな人生の何が楽しいんだ。やり直してぇ。束縛されたくねえ。

　勉強ってのは将来のためにするもんだって思ってるだろう。

　その中途半端な部分で死んだって何も意味ない。

　無意味な人生ってこれのことだ。

　とうとう痛みの感覚もなくなってきたか.....頭も痛くない。

　手足も痛くない、もちろん腹もだな。

　なんで動けねえのか不思議な位だ.....

　もしかして、俺ってすでに死んでるのか？いや、まだだろうな。降ってくる雨さ冷たい、ら

　痛みは感じないのに寒さは感じるってどうなっちまったんだろうなぁ.....

　ん？んん！？うわあ！？なんだよこれ！なんかちっちゃい天使達きたあ！

　これは.....死んだ！これ俺は今までまだ生き残る可能性あると思ってたけどアウトです！アウト！終了です！俺の物語終了！人生終了！

　ここまで人生のエピローグっぽい雰囲気出してたけどそんな事も保てねぇわ！

　うわあ！？おいおい、天使！俺を持ち上げないでもらっていいですかあ？肉体から離脱した俺の魂を空に運ばないでもらってもらっていいですかあ！？

　てかこれが幽体離脱か！実在したんだな！

　って、今はそんな事どうだっていいんだ！

　くっそ.....あーだめだ。これ、ほんとにダメなやつだ。せめて天国行きたいなあ。天使がきてるんだし！流石に天国だよなあ！？連れて行けよ！？

　もう一度、最後に願っておくか.....今日何回願ったかわかんないくらい言ってるけど.....これで叶えてくれなかったら神様も性格が悪い。

　俺は自由に生きたい！束縛をされず、好きに生きたい！せっかく受験を諦めるって決断したんだ。せめてあと１０年！１年でもいい！自由に生活させてくれ！！

　頼む.....!!

　ああ.....だめだ。一向に天使達は俺の魂から手を離す気配を見せない。

　俺ってなんのために生まれてきたんだろうなあ.....教えてほしいわ。

　自由に生きることのできない人生なんて意味ないんだよな.....他人からの影響ばかり受けて、自分のしたいことが一切できなかった人生。

　たった１度の人生か。もっと有効に、自由に使えば良かったなあ。

そうだな、振り返ってみると頑張っては来ているんだな。

　ここまで頑張った俺はやっぱり流石に天国行け.....！？

　いや、ちょ、待って！！嘘だろ！！！なんだよこれは！！？？

　そう思う魂の前には、まるでブラックホールのような穴が空いていた。

　天国とは程遠いような色をしている穴。

　肉体の近くにいる人達はそれが見えているのか見えていないのか、あるいは気づいていないのか、それはよくわからなかった。

　魂は天使によってそこに投げ入れられ、意識を失った。

　それと同時に肉体も目を閉じた。

　ある年の春の初めに桜の花が咲くのと対比するかのように１つの命が散った。