――ガルルッ!
アオシンの前に飛び込んできたルナーヴは先ほどの
――ミュレアだ。
初心者でも容易に狩れるように設定された初級ルナーヴである。
だが、本来のサイズは人の肩に乗れるほどの大きさのはずだ。
しかし、目の前の黒きボディを持つミュレアは見上げるぐらいには高さがある。
――ガアッ!
羽音をたて、疾風を起こすミュレアを反射的によけ、物陰に隠れた。
このルナーヴクラスなら、初級理星術攻撃で倒せるはずだ。
この体が使える理星術はなんだ?
そもそも、使えるんだよな?
理星術参照!
とにかく、よく分からないまま、心の中で叫んでみた。
――“理星術一覧”
TEOで目覚めてから語りかけてくる女の無機質な響きがやはり、かすめていく。
そして、目の前に現れるのは半透明なモニター。
並ぶのは属性の文字。
理星術は大まかに火、水、光、雷、風、闇の六属性に分けられ、生体リンクから得られた情報で得意な属性が決まってくる。
今、俺が使えるのは…。
火系の
モニターに並ぶのは初期モードで最初から備わっている六属性の技名である。
とりあえず、火系にしてみるか。
アオシンはBlaze Shotをタップしてみた。
すると、モニターが消え、腰に刺さった短剣が淡いオレンジ色の光に輝く。
――“対象を設定してください”
言われなくたって分かってるさ。
アオシンは短剣を構え、走り出る。
――キュウアッ!
甲高い泣き声と同時に周囲に地響きを起こすミュレアの口元から無数の光の粒が飛んでくる。
それらを器用に剣で薙ぎ払っていくアオシン。
初級の技しか使えなくたって、こっちは仮にも製作者だからな。
あらゆるルナーヴの弱点は把握している。
走り出たアオシン短剣を横に切り裂いた瞬間、剣先から複数の小火球が飛び出し、ミュレアに突き当たる。
――ギュアアッ!
雄たけびを上げたミュレアの体から理星術発動の元となる理星力の輝きが漏れだす。
これはルナーヴを倒した時に出現するエフェクト。
だが、目の前のミュレアは姿を消すどころか未だ暴れ回っている。
おかしい。討伐されたルナーヴは一定期間、姿を消すはずなのに。
本来のミュレアよりも遥かに大きな図体といい、やはり、違法に改変されたルナフェイクか。
元に戻してやらないと…。
だが、いくら、短剣を振っても投げても何の反応も示さない。
「どうすりゃあ、均衡者モード?とやらに入れるんだ?」
――“アクティブが足りません”
アクティブって何すりゃあ、良いんだよ。
特定の動きでもしろって言うのか?
――“本来の姿を思い出してください”
本来?
つまり、正規のミュレアを思い出せばいいって事か?
えっと、確か、本物のミュレアはもっと少なくて、全体のサイズも小ぶりだった。
それから、泣き声はもう少し単音が混じっていた。
――“アクティブ認証”
――“スキルを選んでください。
よし。
解釈はあってたな。
「再編制式、発動……」
突如、重くなった短剣を暴れ回るルナフェイクへと突き立てるとその姿は一瞬、データの塊となりそして、羽が生えた小動物のような装いへと姿を変える。
「おかえり、ミュレア。また、会えて嬉しいよ」
いわゆるモンスターとして誕生したはずの腕の中のルナーヴは丸い透明な瞳を潤ませながら、思いっきり、空へと飛びあがった。
「我ながら、もう少しとっつきにくい見た目に設計した方がよかったかもな。可愛すぎるだろ!」
そう言えば、ミュレアはその愛らしい見た目からプレイヤー界隈で人気が高く、グッズ展開も積極的に行われていたルナーヴの一つだ。
未だ、空の旅を謳歌するミュレアに手を振りながら、アオシンはゆったりと笑みを浮かべる。
懐かしい思い出だ。
再編制式の発動条件は”本来の姿を示す”なのか…。
膨大なフィールドが広がるTEOのかつての姿を思い描くのは一苦労ではありそうだな。
だが、出来ないわけではない。
あの頃のTEOは今もこの頭の中で色鮮やかに残っているのだから。
「やってやる!」
幸い、時間は沢山あるからな。
うん?
自身が持つ短剣を見据えたアオシンはその刃先にヒビが入っているのに気づいた。
初期装備だからか?
早急に変えるか、強化の必要はありそうだな。
アオシンはとりあえず、やる事を頭の中で整理しようとした。
「お姉さま!!」
だが、天敵とも思える聞き覚えのある叫び声に背筋が凍りそうになった。
澪花!
なんで、追いかけてくるんだよ。
「こんなに早く見つけられるなんて。やっぱり、運命ですわね」
いやいや、違うから。
アオシンは本能的に逃げようとした。
だが、勢いよく飛びついてくるモブキャラ、もといレイカを振り払えず、汗だけが噴き出てくる。
俺の中身が蒼真だと知られたら、絶対殺される。
なぜなら、妹は俺と同じ部屋の空気を吸うのも嫌がっていたぐらい口が悪い。
「私を妹にしてください」
「無理だ……」
「お姉さまはツンデレでらっしゃるんですね」
これのどこがツンデレだよ。
妹の感覚は昔から少しズレていたが、TEO内でもそれは変わらないのか?
しかも、青年モブキャラなはずのレイカはやはり、どこか少女めいた雰囲気を醸し出している。
もしかして、こいつは改変された
だが、いくら見渡しても、正真正銘、俺が作ったモブアバターである。
こっちの脳がバグを起こしそうだ。
「悪い事は言わない。ログアウトして、二度とTEOには来るな」
「それは…無理です」
「どうしてだよ!!」
レイカはそっと回していた腕をほどき、神妙な面持ちでアオシンを見つめた。
今度はなんだよ。
アオシンは妙な緊張感に苛まれ、彼女、いや、彼の次の言葉を待つ。
「ログアウトできないみたいなんです!」
「へっ!」
思わず、おかしな擬音が飛び出すアオシンは妹と思われるアバターから飛び出した言語を理解するのに数秒かかった。
そして、理解する。
つまり、俺と同じ状況って事なのか?
飛び出した事実とは裏腹にあっけらかんとした様子のレイカとは異なりアオシンの体温は5度は下がった気がした。