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第3話 モブアバターの正体

「TEOの製作者を探してるって?不満でも言う気なのか?」


こんな、悪質まがいのプレイヤーをのさばらせて恥ずかしくないのかってな!


「まさか!」


レイカというプレイヤーはあり得ないと言いたげに両手を左右に振る。


嘘ばかり。


TEOは安全と快適さを提供するとユーザー側に指し示していた。

徹底したセキュリティと運営サポートの実現。

プレイヤー同士のトラブル防止機能だって俺はちゃんと作った。


誰もが安心して遊べる場所。

それが理想だったのに。

何もかもが違ってしまった。

あれ?

だが、おかしい。

TEOはサービスを終了して、そのオープンソースを始め、あらゆるデータは運営側によって消去されたはずだ。


「どうして、まだTEOは稼働してるんだ?」

「そうなんですよね。それが不思議なんですよ。正式なサービスは終了して、アクセス不可能になったはずなのになぜだか、Nullspaceヌルスペースにログイン可能状態で漂ってるんだもん」


――Nullspace

従来のインターネット技術に変わる新世代の仮想現実ネットワーク・プラットフォームの総称で、量子通信技術と高度な感覚共有インターフェースを融合させた独自の基盤により、現実と仮想の境界を希薄にすることに成功したと言われている。この技術の誕生によってVRMMOは実現したといっても過言ではない。そして、その空間に漂うのは膨大な量の情報。


「破棄されなかったって事か?」

「さあ?でも、そのせいなのか。今も無断ログイン者が後を立たないみたいですね。正式運用されていた頃から悪質プレイヤーの存在は問題視されていたけれど、今は誰の監視もないからさらに好き放題できるゲームになっちゃったんですよ。データ改ざんはもちろん、リアルマネーによる不正取引とか、暴力行為も日常茶飯事。噂じゃ、現実の事件に絡んだ悪質行為もあるとか言われてますよ」

「そうか…」


TEOがそんな事になっていたとは全く知らなかった。

製作者としても失格だな。


「それでも、まだ正規プレイヤーキーパーは残ってるんです」

「本当か?」


最初のコンセプトから何もかもが変わってしまったこの世界でまだ、楽しんでくれている人がいる?


「何を言ってるんです。お姉さまもそのお一人でしょう?」

「お姉さま?」


誰が?


レイカはアオシンの両手首をガシリと掴んだ。


「お願いします。私を貴方の妹にしてください」

「おっ!はああっ!」

「あの悪質プレイヤーグリーパーにお見舞いした蹴りは胸キュンですよ」

「いやいや。そういうの勘弁。大体、TEOは以前とは違う。さっきも見ただろ。あんたもまともならさっさとこんなゲーム辞めちまえよ」

「それは駄目です」

「どうして?」

「製作者を探さなきゃいけないから」

「それ、さっきも言ってたよな」


レイカはゆっくりと頷いた。


「私はTEOの製作者、白瀬蒼真しらせそうまの妹なんです」


うん?

それって俺の現実リアル名じゃねえ?

待て!という事は目の前にいるこのモブキャラの正体って、澪花みおかじゃねえかぁ!

なぜなら、俺の妹は一人しかいないから。


「やっぱり、お前、さっさとログアウトしろ。そして、二度と来るな」

「ええっ!無下になさらないでください!」


逃げようとするアオシンの腕をレイカは離さないとばかりに強く握りしめる。

力が強い。


現実リアルだと、キモイとかゲームオタクだとか悪態ばっかりで近づくどころか煙たがってただろが!


「どうしても兄を探さなきゃならないんです。もう、1年も連絡が取れないんですよ」


そりゃあ、転生してるからな!!


「その兄とやらはいい歳だろ?どこかで楽しくやってるよ」

「それなら、それでいいんですよ。でも、無事を確かめたいの!!それに、兄はきっと傷ついている。TEOがこんな状態なんだもん」


澪花…。

お前からそんな言葉が出るとは…。

お兄ちゃん、凄く感動…。


「ずっと頑張ってたんですよ。誰もが楽しめるVRMMOを作りたいって…。それなのに、私がいけなかったんです。TEOの権利を売り渋っていた兄を諭して、Cygnusシグナス Gateゲート VRに売ってしまったから。そのせいで、こんな事に」


その件なら別に怒っていない。より多くの人に楽しんでもらうにはやはり、大手のバックアップが必要だと身に染みていたから。だから、TEOの価値を見いだしてくれたと思ったVRMMO運営会社のCygnus Gate VRに権利を譲渡したのだ。彼らがTEOをより、広く世界中の人達の手に届くサービスにすると約束してくれたから。だが、それが間違いだった。あの会社はTEOを悪質プレイヤーのおもちゃにさせて、そして、いつの間に倒産してしまった。

すべては俺の見る目がなかっただけ…。


「そのお兄さんとやらは気にしてないんじゃないか?」

「どうかな。私達は喧嘩ばかりだったから」


そうだ。澪花の思い出はどれも、見るに堪えない罵詈雑言のオンパレードしかない。

俺達は仲が良い兄妹とは程遠かった。


「なら、なぜ。ここにいる?」

「知りたいから。お兄ちゃんが何を見ていたのか。それにここになら、手がかりがある気がするんです」

「手がかり?」

「居場所のです。それにもしかしたら兄もプレイしているかもしれない」


ああ、もう、目の前にいるよ。

とは、どうしても言えない。


「だからって、何もそんなモブキャラでプレイしなくたって…」

「モブキャラ?」

「これは兄のVRMMO端末に残っていた物です。この見た目なら、気づいてくれるかなって」


ああ、気付いたよ。


「だから、私は強くならなきゃいけないんです。目立たなきゃならないんです。兄に私はここにいるって知らせるために!!ですから、妹にしてください!!」


なんで、そうなるぅっ!


「これは運命なんです」

「それは錯覚だと思う」

「いいえ、そのお姿も何よりの証拠!」

「姿?」

「だって、お姉さまのその装いは昔、私が作ったアバターにそっくりだから」


えっ!


「まあ、私のリリちゃんはピンク髪でしたけどね」


もしかして、この姿、澪花が作ったキャラが元なのか?

そうなってくると、澪花のマイキャラが俺で、俺のマイキャラが澪花!!

もう、意味分からん!!

キャパオーバーすぎるぞお!!


「お姉さま。私を妹にして、強くしてください!」


俺はお前の兄だ。

姉じゃねえっ!


「このTEOにシスター制度はない!」

「待って。お姉さま!!」


実の妹からお姉さま呼びは何かとキツイぞ。

アオシンは恥ずかしさと混乱が頂点に達し、猛ダッシュの末、安全地帯を抜け出したのであった。


「もう!私、結構諦め悪いんですよ。だから、絶対逃がしません!」


そうつぶやいたレイカの言葉などもちろん届いてはいない。


唯々、木々も草花も一つも生えていない荒地をただひたすらにアオシンは走っているだけだ。

まるで状況を整理するかのごとく…。


「ああ、もう、俺はどういう状態なんだよ!」


これなら普通のモブ転生とかで良かった。

変わり果てたTEOを目の当たりにして、悪質プレイヤー追放なんていう謎のスキルは発動するし、挙句にリアル妹が俺のキャラを使用して現れる始末。


盛りだくさん過ぎるだろぉ~!

これは泣いて良いんだろうか?

今は美少女なわけだし…。

おっさんの涙よりはきっと、絵になるはずだ。


――ズキッ!


再び、脳の血管を蠢くように痛みが走る。

そして、流れてくるのは揺らめく水面。


「そう言えば、どうして、俺は転生したんだ?」


どうやっても、転生だと思い込みたい衝動に駆られる俺は馬鹿なんだろう。

だってしょうがないだろ。

最も新しいと思われる現実の記憶自体も朧気なのだ。


一体、俺の身に何が起きたんだ?


澪花は俺が行方不明になって一年だと言っていた。

ならば、現実は今何年の何月何日だ?

そして、俺がここにいる理由は?

確かに調べる必要があるな。

妹に言われたからではなく、俺自身に何があったのかを突き止めるために。


「そのためにも、今、俺がいる場所と使える技やスキルを確かめなくては…」


――ガルゥッ!


「まずはお前からだ」


アオシンは決意の眼差しで目の前に現れた巨大な牙を有するルナーヴを見上げるのであった。


これは後にTEO…いや、すべてのVRMMO界の守護者――蒼の均衡者ブルーパランサーと呼ばれる一人の美少女プレイヤーの始まりの瞬間であった。

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