目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第109章: 戦争

神は完全ではない。




絶対の力を持ちながらも、


それを使いこなせない未熟さを持っている。




怒りに飲まれ、誇りに縛られ、


愛に迷い、憎しみに堕ちる。




その姿は、人間と何が違うのだろうか?




秩序が崩れ、理性が失われ、


残るのは「本能」と「感情」のぶつかり合い。




だが、そんな混沌の中にこそ、


真実が眠っているのかもしれない。




勝利よりも、名誉よりも、


何かを守ろうとする意志。




それが力に変わり、運命すら塗り替える。




血が流れ、命が燃え尽きる中で——


それでも抗う者たちがいる。




それが愚かさか、それとも強さか。


今、それが試される。


——————————————————————————————————————


風が荒れ、戦死者たちの叫びが天に届く。


その混乱の中で、アレスとディオメーデスは容赦なく敵陣を切り裂いていた。


アレスは正確無比で圧倒的な力を誇り、


ディオメーデスは、まるで神々に導かれているかのような動きで、進んでいく。




次々と敵を薙ぎ倒し、まるで運命に導かれるように――二人はついに対峙する。




互いをじっと見つめ、どちらも不用意な一手が命取りになることを悟っていた。




「……あの男……」


アレスは心の中で呟く。


ディオメーデスの放つ神々しいオーラを見て、


「うまくやったな、あの魔女め」




「おやおや、これは驚いた……まさかこんな場所で神に出会うとはね」


ディオメーデスは余裕たっぷりの笑みを浮かべる。




「こっちのセリフだ、魔女め」


アレスが鋭く言い放つ。




その瞬間、ディオメーデスの背後からヘラが姿を現す。


その禍々しいオーラを纏いながら、彼女は言う。




「さすがは戦の神……鋭いわね」




三人の間に張り詰めた空気が流れ、時が止まったかのように、


互いに武器を強く握りしめながら視線を交わす。




「……てめぇ、こんな所で何してやがる?」




「私は……ゼウスを倒すのよ」




「は? 何を馬鹿なことを言ってやがる」




「信じなくても構わないわ。でも、これが真実よ」




「いや、意味がわかんねぇのは、


 なんでそんな計画をわざわざ俺に話してるかってことだ。


 親父に知られたら、てめぇ、ただじゃすまねぇぞ?」




「ふふっ、でもあなたも同じじゃない?


 戦に介入している以上、神の資格を剥奪されるのが筋よ」




「それなら好都合だ。俺は前々から、その肩書きを捨てたかったんだ」




「……やれやれ、情けない。


 本物の神なら、人間ごときと交わるべきではないのよ。


 私が支配する時代になれば、純粋な神々の王朝が蘇るのだから」




「……皮肉なもんだな、そうは思わねぇか?」




「何が言いたいの?」




「この前、半神にコテンパンにされたのはお前だったよな?」




アレスの言葉に、ヘラは微笑むが、その顔には怒気が滲んでいた。




「相変わらず口が悪いわね、アレス」




「よくもまぁ、賢いとか言われてるもんだ……


 自分の計画を敵に話すなんて、頭が悪い証拠だろ、魔女」




ヘラは皮肉な笑みを浮かべて言う。




「安心なさい、アレス。


 ――この地が、あなたの墓になるんだから」




その言葉にアレスはニヤリと笑い返す。




「ほう……それは面白くなりそうだ」




直後、アレスの体から、かつてないほどの莫大なエネルギーが解き放たれる。


黄金に輝く美しいオーラと、深紅の影が混じり合い、戦場を染め上げる。




「戦の魂よ……」


アレスはそう呟き、槍を天へと掲げる。




その瞬間、無数の戦士たちの魂がアレスのもとへ吸い寄せられる。


夢、恐れ、復讐の念――


すべてが戦神の力となり、彼の体を包む。




その姿は、黄金のローマ風の鎧に深紅の装飾を纏った、


まさに“戦の化身”だった。




一方――


ヘラは再びディオメーデスの体内に入り込み、


彼に神に匹敵する力を授けるのであった。




二人のオーラが空中で激しくぶつかり合う。


混ざることはなく、互いに反発しあい、無数の電撃を生み出していた。




アレスは咆哮を上げると、ギリシャの戦士へ向けて凄まじい速度で突進する。


彼の表情には隠しきれない興奮が宿っており、


その異様な気迫は、ディオメーデスのような強者すら怯ませた。




アレスの槍がディオメーデスの剣とぶつかり、火花を散らしながら激突する。




その圧倒的な膂力により、ディオメーデスは数メートルも吹き飛ばされ、地面を転がる。




アレスは容赦なく跳び上がり、上空から一撃を放つ。


ディオメーデスはなんとか反応し、間一髪で直撃を避ける。




だが、その槍の衝撃は凄まじく、大地を粉砕し、地面が数メートルも陥没する。




「この化け物め……」


ヘラは内心でそう呟く。


アレスの顔に浮かぶ獣のような笑みに、戦慄が走ったのだ。




アレスは勢いを止めることなく、槍で連続攻撃を繰り出す。


その圧倒的なラッシュを、ディオメーデスはかろうじて剣で受け流していく。




だが――


アレスの一撃がついにディオメーデスの剣を弾き飛ばす。




その瞬間、アレスは容赦なく槍を突き出し、


ディオメーデスの肩に深く突き刺さり、胸を大きく裂く。




「……くっ!」


ディオメーデスは後退し、荒く息を吐きながら、負った傷を見つめる。




深い裂傷が広がる中、彼は服を破って即席の包帯を作り、腕を縛る。




その様子を、アレスは静かに見つめていた――まるで次の一撃を愉しむかのように。




「くっ…あの野郎、一体いつからあそこまで強くなったのかしら…」


ヘラは、アレスの圧倒的な力を前にそう呟く。


「仕方ないわね…やるしかないか。」




その瞬間、ディオメーデスの体から、ヘラと同じような濃密で黒いオーラが噴き出す。




「…あの魔女め。」




ディオメーデスの体が徐々に崩壊し始める。骨が砕け、筋肉が捻じ曲がる。


彼はもはや人の姿とは思えぬ怪物へと変貌し、その闇のエネルギーが戦場の死者たちの身体を包み込んでいく。




倒れていた兵士たちが一人、また一人と立ち上がる。


その姿には、もはや人間としての面影はなかった。


彼らはすべて、恐るべき闇の怪物へと変貌していた。




そして――


獣たちは、天地を揺るがす咆哮と共に目覚める。




カメラが上空へと引いていくと、


アレスの姿は、無数の闇の獣に囲まれた小さな点として映っていた。




「やっと少しは面白くなってきたな、魔女め…」


アレスは不敵に微笑み、呟いた。




制御の効かない獣たちは、一斉にアレスへと襲いかかる。


だが、アレスは恐れることなく、ひとつまたひとつと敵を薙ぎ倒していく。




最初の数体は、槍による一閃で吹き飛ばされ、


次は、鋭い突きで仕留め、


さらに次は、素手でその頭蓋を粉砕する。




アレスは槍を高速で回転させ、竜巻のような衝撃を起こし、


近づく敵を一掃する。




その雄叫びは何キロも離れた地まで響き渡り、


敵は次々に倒れていった。




そして、アレスはその中の一体の上に立ち、


まるで勝利の象徴のように仁王立ちした――




……




だが、運命はまだ満足していなかった。


それは、さらに遊びを求めていた。




倒れたはずの怪物たちが、再び立ち上がる。


まるで何事もなかったかのように、完全に回復し、より強くなって。




それを見たアレスは皮肉げに笑い、槍を強く握りしめる。




「まだ足りねぇってか、クソどもが…!」


「いいぜ…何度でもぶっ潰してやるよ!!」




アレスはまるで血に飢えた獣のように、


次々と敵を破壊していく。容赦も、躊躇も、一切なかった。




その瞳には、もはや人間の光はなかった。


それは――捕食者の目だった。




敵の血にまみれたアレスは、天を仰ぎ、荒い息を吐く。


蒸気を放つその体、獣のように輝く眼。




一体の怪物が再生を始めようとする――


だが、その瞬間、アレスの槍がその頭部を貫く。




「クソが……」




「さすがね、アレス。強いわ、本当に」


ヘラが皮肉たっぷりに呟いた――




……




そして、次の瞬間――


アレスの心臓を、彼女の手が貫く。




「い、いつの間に…?」


アレスが血を吐きながら、そう呟く。




「最初から、あなたに勝てるつもりはなかったわ」


「でもね、あなたは馬鹿すぎるのよ」


「意味のない戦いでも本能で突き進む…それが、あなたの弱点。」




「この、クソ魔女が…」




アレスは地面に倒れこみ、血を流しながらもがく。




ヘラは冷酷な笑みを浮かべ、言い放つ。




「地獄で会いましょう、アレス。」




その瞬間、ヘラの生み出したすべての怪物たちが再び立ち上がり、


そして――




まるで皮肉のように、何百本もの槍が、アレスの瀕死の身体を容赦なく貫いた。




「すまねぇな……俺の子たちよ……」


アレスはそう呟き、目を閉じた。




……




まるで運命の悪戯のように、その瞬間、アフロディーテとエリスが現れた。


そして彼女たちは、自らの目でその凄惨な光景を目撃する。




アレスの身体は、何百本もの槍に貫かれ、動かずに横たわっていた。




アフロディーテとエリスの表情には、もはや悲しみだけではない。


恐怖、痛み、戦慄――それらすべてが混ざり合った感情があった。




震えるエリスは、その場に崩れ落ちた。


彼女の目の前にいるのは、変わり果てた父の姿。




アフロディーテは立ち尽くしていた。呆然とその男を見つめていた。


数日前、自分が約束を交わしたその男が、今――


命も、夢も、何もかも失って、終焉を迎えていた。




変わろうとしていた男。贖罪を選んだ神。


もしかすると、別の人生では、子どもたちと共に幸せに過ごせたかもしれない…。




そんな光景の中、誇らしげな笑みを浮かべ、彼女が立っていた。


ヘラ――二柱の女神を見下ろすようにして。




「ようこそ、女神たち…」




「このクソ魔女がァッ!!」




アフロディーテはためらうことなく、全力の神気を放つ。




そして次の瞬間、強烈な一撃をヘラに叩き込もうとする。


だが――


その攻撃は、ヘラの前に立ちはだかった“影”の一つによって受け止められる。




「まぁまぁ、落ち着きなさいよ、クソビッチ。」




「口を開くな、クソ魔女…!」




アフロディーテは再び、ゼンカの力を纏った渾身の拳を放つ。


しかし、またしても影がそれを防ぐ。




「ねぇ、そんなに怒ることないでしょ?


私はただ、アレスみたいなクズを片付けただけよ?それの何が悪いの?」




……




その時だった。




突然、白髪の女が現れた――


そして何の前触れもなく、拳を振るい、ヘラを数十メートル吹き飛ばす。




「な、何…!?」


アフロディーテは、ただ呆然とその光景を見つめた。




――数秒前のこと。




エリスは地面に崩れ落ち、完全に打ちひしがれていた。


彼女には分かっていた。すべての元凶は、自分自身だということを。




「わ、私のせい…私さえ、あのとき…」




呼吸は荒くなり、思考は罪悪感に蝕まれていく。




……




やがて、闇が女神を包み込み、再び彼女を“あの場所”へと連れ戻す。


そこは、彼女の心の中――唯一の安息の地だった。




彼女の頭の中では、これまでに浴びてきた罵声、差別、恐怖……


そのすべてが意味を持って押し寄せる。




だが、突然一つの声が現れた。




「悪いのは…あいつらよ。」




エリスは顔を上げる。


そこにいたのは、自分自身――だが、白髪のエリスだった。




「違う…全部、私たちのせいだよ。」


黒髪のエリスが、苦しげに答える。




「いいえ、違う。すべては神々の傲慢と誇りが招いたこと。」




「でも…私たちが、あのリンゴを置かなければ……」




「違う!あいつらが原因なのよ。あの傲慢な神々が!」




「気に入らなければ、どんな種族でも99%滅ぼすような奴らよ。


気まぐれ、恐怖、不快感……そういった理由だけで、全てを暴力で片付ける。」




「知恵も、成熟もない。


ただの力で支配しようとするクズ。


あれが神様だなんて、笑わせるわ。」




黒髪のエリスは沈黙し、自分自身――白髪のエリスをじっと見つめる。




「手を取りなさい。そして、あのクソ魔女に思い知らせてやるの。


一緒に…復讐を果たすのよ。」




二人のエリスが手を重ねた瞬間、


彼女たちを映していたクリスタルが粉々に砕けた。




そして、そこに残ったのは――たった一人。




“争いの悪魔”としてのエリスだった。




――そして現在。




エリスの拳が唸りを上げてヘラを吹き飛ばす。


完璧な脚本を思い描いていたヘラにとって、完全な誤算だった。




「殺してやる…」




その目に宿った鋭い殺意に、ヘラの背筋が凍りつく。




長きに渡りすべてを支配してきたこの女神。


だが今、思い通りにいかない現実の中で――




彼女は、ついに“恐怖”という感情を知るのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?