神は完全ではない。
絶対の力を持ちながらも、
それを使いこなせない未熟さを持っている。
怒りに飲まれ、誇りに縛られ、
愛に迷い、憎しみに堕ちる。
その姿は、人間と何が違うのだろうか?
秩序が崩れ、理性が失われ、
残るのは「本能」と「感情」のぶつかり合い。
だが、そんな混沌の中にこそ、
真実が眠っているのかもしれない。
勝利よりも、名誉よりも、
何かを守ろうとする意志。
それが力に変わり、運命すら塗り替える。
血が流れ、命が燃え尽きる中で——
それでも抗う者たちがいる。
それが愚かさか、それとも強さか。
今、それが試される。
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風が荒れ、戦死者たちの叫びが天に届く。
その混乱の中で、アレスとディオメーデスは容赦なく敵陣を切り裂いていた。
アレスは正確無比で圧倒的な力を誇り、
ディオメーデスは、まるで神々に導かれているかのような動きで、進んでいく。
次々と敵を薙ぎ倒し、まるで運命に導かれるように――二人はついに対峙する。
互いをじっと見つめ、どちらも不用意な一手が命取りになることを悟っていた。
「……あの男……」
アレスは心の中で呟く。
ディオメーデスの放つ神々しいオーラを見て、
「うまくやったな、あの魔女め」
「おやおや、これは驚いた……まさかこんな場所で神に出会うとはね」
ディオメーデスは余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「こっちのセリフだ、魔女め」
アレスが鋭く言い放つ。
その瞬間、ディオメーデスの背後からヘラが姿を現す。
その禍々しいオーラを纏いながら、彼女は言う。
「さすがは戦の神……鋭いわね」
三人の間に張り詰めた空気が流れ、時が止まったかのように、
互いに武器を強く握りしめながら視線を交わす。
「……てめぇ、こんな所で何してやがる?」
「私は……ゼウスを倒すのよ」
「は? 何を馬鹿なことを言ってやがる」
「信じなくても構わないわ。でも、これが真実よ」
「いや、意味がわかんねぇのは、
なんでそんな計画をわざわざ俺に話してるかってことだ。
親父に知られたら、てめぇ、ただじゃすまねぇぞ?」
「ふふっ、でもあなたも同じじゃない?
戦に介入している以上、神の資格を剥奪されるのが筋よ」
「それなら好都合だ。俺は前々から、その肩書きを捨てたかったんだ」
「……やれやれ、情けない。
本物の神なら、人間ごときと交わるべきではないのよ。
私が支配する時代になれば、純粋な神々の王朝が蘇るのだから」
「……皮肉なもんだな、そうは思わねぇか?」
「何が言いたいの?」
「この前、半神にコテンパンにされたのはお前だったよな?」
アレスの言葉に、ヘラは微笑むが、その顔には怒気が滲んでいた。
「相変わらず口が悪いわね、アレス」
「よくもまぁ、賢いとか言われてるもんだ……
自分の計画を敵に話すなんて、頭が悪い証拠だろ、魔女」
ヘラは皮肉な笑みを浮かべて言う。
「安心なさい、アレス。
――この地が、あなたの墓になるんだから」
その言葉にアレスはニヤリと笑い返す。
「ほう……それは面白くなりそうだ」
直後、アレスの体から、かつてないほどの莫大なエネルギーが解き放たれる。
黄金に輝く美しいオーラと、深紅の影が混じり合い、戦場を染め上げる。
「戦の魂よ……」
アレスはそう呟き、槍を天へと掲げる。
その瞬間、無数の戦士たちの魂がアレスのもとへ吸い寄せられる。
夢、恐れ、復讐の念――
すべてが戦神の力となり、彼の体を包む。
その姿は、黄金のローマ風の鎧に深紅の装飾を纏った、
まさに“戦の化身”だった。
一方――
ヘラは再びディオメーデスの体内に入り込み、
彼に神に匹敵する力を授けるのであった。
二人のオーラが空中で激しくぶつかり合う。
混ざることはなく、互いに反発しあい、無数の電撃を生み出していた。
アレスは咆哮を上げると、ギリシャの戦士へ向けて凄まじい速度で突進する。
彼の表情には隠しきれない興奮が宿っており、
その異様な気迫は、ディオメーデスのような強者すら怯ませた。
アレスの槍がディオメーデスの剣とぶつかり、火花を散らしながら激突する。
その圧倒的な膂力により、ディオメーデスは数メートルも吹き飛ばされ、地面を転がる。
アレスは容赦なく跳び上がり、上空から一撃を放つ。
ディオメーデスはなんとか反応し、間一髪で直撃を避ける。
だが、その槍の衝撃は凄まじく、大地を粉砕し、地面が数メートルも陥没する。
「この化け物め……」
ヘラは内心でそう呟く。
アレスの顔に浮かぶ獣のような笑みに、戦慄が走ったのだ。
アレスは勢いを止めることなく、槍で連続攻撃を繰り出す。
その圧倒的なラッシュを、ディオメーデスはかろうじて剣で受け流していく。
だが――
アレスの一撃がついにディオメーデスの剣を弾き飛ばす。
その瞬間、アレスは容赦なく槍を突き出し、
ディオメーデスの肩に深く突き刺さり、胸を大きく裂く。
「……くっ!」
ディオメーデスは後退し、荒く息を吐きながら、負った傷を見つめる。
深い裂傷が広がる中、彼は服を破って即席の包帯を作り、腕を縛る。
その様子を、アレスは静かに見つめていた――まるで次の一撃を愉しむかのように。
「くっ…あの野郎、一体いつからあそこまで強くなったのかしら…」
ヘラは、アレスの圧倒的な力を前にそう呟く。
「仕方ないわね…やるしかないか。」
その瞬間、ディオメーデスの体から、ヘラと同じような濃密で黒いオーラが噴き出す。
「…あの魔女め。」
ディオメーデスの体が徐々に崩壊し始める。骨が砕け、筋肉が捻じ曲がる。
彼はもはや人の姿とは思えぬ怪物へと変貌し、その闇のエネルギーが戦場の死者たちの身体を包み込んでいく。
倒れていた兵士たちが一人、また一人と立ち上がる。
その姿には、もはや人間としての面影はなかった。
彼らはすべて、恐るべき闇の怪物へと変貌していた。
そして――
獣たちは、天地を揺るがす咆哮と共に目覚める。
カメラが上空へと引いていくと、
アレスの姿は、無数の闇の獣に囲まれた小さな点として映っていた。
「やっと少しは面白くなってきたな、魔女め…」
アレスは不敵に微笑み、呟いた。
制御の効かない獣たちは、一斉にアレスへと襲いかかる。
だが、アレスは恐れることなく、ひとつまたひとつと敵を薙ぎ倒していく。
最初の数体は、槍による一閃で吹き飛ばされ、
次は、鋭い突きで仕留め、
さらに次は、素手でその頭蓋を粉砕する。
アレスは槍を高速で回転させ、竜巻のような衝撃を起こし、
近づく敵を一掃する。
その雄叫びは何キロも離れた地まで響き渡り、
敵は次々に倒れていった。
そして、アレスはその中の一体の上に立ち、
まるで勝利の象徴のように仁王立ちした――
……
だが、運命はまだ満足していなかった。
それは、さらに遊びを求めていた。
倒れたはずの怪物たちが、再び立ち上がる。
まるで何事もなかったかのように、完全に回復し、より強くなって。
それを見たアレスは皮肉げに笑い、槍を強く握りしめる。
「まだ足りねぇってか、クソどもが…!」
「いいぜ…何度でもぶっ潰してやるよ!!」
アレスはまるで血に飢えた獣のように、
次々と敵を破壊していく。容赦も、躊躇も、一切なかった。
その瞳には、もはや人間の光はなかった。
それは――捕食者の目だった。
敵の血にまみれたアレスは、天を仰ぎ、荒い息を吐く。
蒸気を放つその体、獣のように輝く眼。
一体の怪物が再生を始めようとする――
だが、その瞬間、アレスの槍がその頭部を貫く。
「クソが……」
「さすがね、アレス。強いわ、本当に」
ヘラが皮肉たっぷりに呟いた――
……
そして、次の瞬間――
アレスの心臓を、彼女の手が貫く。
「い、いつの間に…?」
アレスが血を吐きながら、そう呟く。
「最初から、あなたに勝てるつもりはなかったわ」
「でもね、あなたは馬鹿すぎるのよ」
「意味のない戦いでも本能で突き進む…それが、あなたの弱点。」
「この、クソ魔女が…」
アレスは地面に倒れこみ、血を流しながらもがく。
ヘラは冷酷な笑みを浮かべ、言い放つ。
「地獄で会いましょう、アレス。」
その瞬間、ヘラの生み出したすべての怪物たちが再び立ち上がり、
そして――
まるで皮肉のように、何百本もの槍が、アレスの瀕死の身体を容赦なく貫いた。
「すまねぇな……俺の子たちよ……」
アレスはそう呟き、目を閉じた。
……
まるで運命の悪戯のように、その瞬間、アフロディーテとエリスが現れた。
そして彼女たちは、自らの目でその凄惨な光景を目撃する。
アレスの身体は、何百本もの槍に貫かれ、動かずに横たわっていた。
アフロディーテとエリスの表情には、もはや悲しみだけではない。
恐怖、痛み、戦慄――それらすべてが混ざり合った感情があった。
震えるエリスは、その場に崩れ落ちた。
彼女の目の前にいるのは、変わり果てた父の姿。
アフロディーテは立ち尽くしていた。呆然とその男を見つめていた。
数日前、自分が約束を交わしたその男が、今――
命も、夢も、何もかも失って、終焉を迎えていた。
変わろうとしていた男。贖罪を選んだ神。
もしかすると、別の人生では、子どもたちと共に幸せに過ごせたかもしれない…。
そんな光景の中、誇らしげな笑みを浮かべ、彼女が立っていた。
ヘラ――二柱の女神を見下ろすようにして。
「ようこそ、女神たち…」
「このクソ魔女がァッ!!」
アフロディーテはためらうことなく、全力の神気を放つ。
そして次の瞬間、強烈な一撃をヘラに叩き込もうとする。
だが――
その攻撃は、ヘラの前に立ちはだかった“影”の一つによって受け止められる。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよ、クソビッチ。」
「口を開くな、クソ魔女…!」
アフロディーテは再び、ゼンカの力を纏った渾身の拳を放つ。
しかし、またしても影がそれを防ぐ。
「ねぇ、そんなに怒ることないでしょ?
私はただ、アレスみたいなクズを片付けただけよ?それの何が悪いの?」
……
その時だった。
突然、白髪の女が現れた――
そして何の前触れもなく、拳を振るい、ヘラを数十メートル吹き飛ばす。
「な、何…!?」
アフロディーテは、ただ呆然とその光景を見つめた。
――数秒前のこと。
エリスは地面に崩れ落ち、完全に打ちひしがれていた。
彼女には分かっていた。すべての元凶は、自分自身だということを。
「わ、私のせい…私さえ、あのとき…」
呼吸は荒くなり、思考は罪悪感に蝕まれていく。
……
やがて、闇が女神を包み込み、再び彼女を“あの場所”へと連れ戻す。
そこは、彼女の心の中――唯一の安息の地だった。
彼女の頭の中では、これまでに浴びてきた罵声、差別、恐怖……
そのすべてが意味を持って押し寄せる。
だが、突然一つの声が現れた。
「悪いのは…あいつらよ。」
エリスは顔を上げる。
そこにいたのは、自分自身――だが、白髪のエリスだった。
「違う…全部、私たちのせいだよ。」
黒髪のエリスが、苦しげに答える。
「いいえ、違う。すべては神々の傲慢と誇りが招いたこと。」
「でも…私たちが、あのリンゴを置かなければ……」
「違う!あいつらが原因なのよ。あの傲慢な神々が!」
「気に入らなければ、どんな種族でも99%滅ぼすような奴らよ。
気まぐれ、恐怖、不快感……そういった理由だけで、全てを暴力で片付ける。」
「知恵も、成熟もない。
ただの力で支配しようとするクズ。
あれが神様だなんて、笑わせるわ。」
黒髪のエリスは沈黙し、自分自身――白髪のエリスをじっと見つめる。
「手を取りなさい。そして、あのクソ魔女に思い知らせてやるの。
一緒に…復讐を果たすのよ。」
二人のエリスが手を重ねた瞬間、
彼女たちを映していたクリスタルが粉々に砕けた。
そして、そこに残ったのは――たった一人。
“争いの悪魔”としてのエリスだった。
――そして現在。
エリスの拳が唸りを上げてヘラを吹き飛ばす。
完璧な脚本を思い描いていたヘラにとって、完全な誤算だった。
「殺してやる…」
その目に宿った鋭い殺意に、ヘラの背筋が凍りつく。
長きに渡りすべてを支配してきたこの女神。
だが今、思い通りにいかない現実の中で――
彼女は、ついに“恐怖”という感情を知るのだった。