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第31話 全国大会翌日

### 全国大会翌日


 全国大会の翌日、カズは陸上部の顧問である小田島先生のもとを訪ね、退部届けを提出した。


「どういう事だね!? これからだというのに!!」


 驚きの声を上げる小田島先生に、カズは、


「お世話になりました!!」


 と一言だけ言うと、さっさと教員室を退出した。


「おめでとう!」


「おめでとう!」


 という声があちらこちらから聞こえて、カズはその度に手を振ったりしていたが、自分が陸上部を辞めたことを知ったらどうなるのだろう?と、ふと考えてしまった。


 帰宅後、カズはハヤトの部屋を訪ねた。


「約束してた通りに陸上部は辞めてきた」


 そう告げるカズに、ハヤトは、


「うん。でも、勿体無いね」


 と、寂しそうに言った。


「でも、今しか出来ねー事をしたいからな。その為には陸上は続けられねーんだ」


「何かやりたい事でもあるのか?」


 不思議そうに尋ねるハヤトに、カズは、


「まぁな」


 と応える。


「今はまだ言えねーんだけど、そのうちにな」


 そう言うカズに、ハヤトは、


「言えるようになったら教えてくれよな」


 と、微笑みながら言う。


 カズは、ハヤトの部屋の窓辺に腰掛けて、遠くの空を見ていた。

 夕焼けが赤く染まる空に、何か言葉では表せないような気持ちが胸の奥にこみ上げてくる。


「なぁ、ハヤト」


 カズは、ふと口を開いた。


「何だよ?」


 ハヤトはベッドに横になって、雑誌をパラパラとめくっていた。


「お前、後悔ってしたことあるか?」


 雑誌のページを止めて、ハヤトはカズの方を向いた。


「後悔? そりゃあるだろうな。でも、それが人生だろ。後悔して、学んで、また前に進むって」


 カズは、その言葉に軽く笑った。


「お前、妙にかっこいいこと言うよな」


「お前がそんなこと言うなよ」


 二人は、少し笑った。

 だが、カズの目はどこか遠くを見ているようだった。


「俺、全国大会で優勝したけどさ⋯⋯」


 カズは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あの時、走ってる最中に、何かが変わったんだ。走ることだけじゃ、満たされなくなったって言うか⋯⋯」


 ハヤトは黙って聞いていた。


「走ること自体は好きだった。でも、それが全部じゃなくなった。もっと、違う世界を見てみてーって思ってさ。お前と話してたら、そんな気持ちがどんどん強くなっていったんだ」


 ハヤトは、ベッドから起き上がって、カズの隣に座った。


「俺、お前のことを止めようとは思ってない。でも、お前が走ることを辞めると聞いた時は、正直寂しかったよ。だって、お前が走る姿って、俺の中では特別だったから」


 カズは、少し驚いたようにハヤトを見た。


「特別?」


「ああ。お前が走ってる姿を見て、俺は頑張ろうって思ってたんだ。だから、お前が辞めるって聞いた時は、ちょっとだけ悲しかった。でも、お前がそう決めたのなら、俺は応援するよ」


 カズは、その言葉に胸が熱くなるのを感じた。


「ありがとうな、ハヤト」


「何言ってんだよ。お前、俺の親友だろ? 家族みたいなもんだろ?」


 カズは、それ以上何も言わず、ただ微笑んだ。


 その夜、カズは自分の部屋に戻り、机に座った。

 机の上には、数十枚の紙があった。


 それは、ある出版会社に送るためのマンガだった。

 カズは、マンガ家になる事を夢見て、陸上の練習の合間にマンガを描き続けていたのだ。


 走ることでしか表現できなかった気持ちを、今度はマンガで表現したい。


「まだ言えるようになったわけじゃねーけど⋯⋯」


 カズは、マンガに最後のセリフを書き込んだ。


「でも、これもオレの走り方の一つだ」


 翌日、カズは学校へ行き、ハヤトと並んで登校した。


 廊下では、陸上部の部員たちが「カズ、本当なのか!?」と驚きの声を上げている。


 カズは、笑顔で「ああ、本当だよ。でも、皆んなには頑張ってほしいな」と応えた。


 顧問の小田島先生も、まだ納得していない様子だったが、カズの目を見て、何かを察したのか、最後は「お前なら、どこでもやっていけるだろうな」と言ってくれた。


 放課後、カズとハヤトは屋上で夕暮れを見ていた。


「お前、本当にマンガの道に行くのか?」


「ああ。まだ誰にも言ってないけど、もう一歩踏み出す準備は整った」


「かっこいいな、お前」


「お前も、自分の道をしっかり歩けよ。オレが応援してるから」


 二人は、夕暮れの中で拳を合わせた。


 カズの人生は、新たな走りを始めていた。


 それは、足ではなく、心で走る旅だった。






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