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鬱ゲーのモブ聖女に転生した俺はどんな手を使ってでもトゥルーエンドを目指す
鬱ゲーのモブ聖女に転生した俺はどんな手を使ってでもトゥルーエンドを目指す
東雲飛鶴
ゲームゲーム世界
2025年07月29日
公開日
1.6万字
連載中
まさかの鬱エンドでバチクソに切れた京太郎。その怒りの炎がゲーム神に届き、彼はプレイしていたゲームの世界に送り込まれてしまう。『お前の燃える心で、呪われた運命を変えてみせよ!』モブ聖女に転生した京太郎は、死の運命から勇者を生還させるべく突き進む。どんな手を使ってでも。

第1話 怒りをぶつけるために、俺は手段を選ばない。

「ありえない……だろ」

 ラスボスを倒したのに――主人公が死ぬ?


 大学生の桜井京太郎は、あまりのショックでコントローラーを落としてしまった。

 百時間以上もプレイしてきた結末が、まさかのバッドエンドだった、なんて……。


 週末の深夜、彼がアパートの自室でプレイしていたのは、ダークファンタジー系で人気の高い、とあるRPGだった。


 京太郎はこのゲームが大好きで、枝葉のサブクエスト、やり込み要素も全て制覇した。公式グッズも可能な限り集めていたし、過去作も全てプレイ済だった。


 ストーリーも佳境に入り、ゆっくりエンディングを堪能するために、バイトも休み、ゴミも全て出し、部屋も掃除し、洗濯も済ませ、近くの神社にもお参りした。


 万難を排し、この週末に全てを賭けてプレイしていたのだが――。

 まさかの全滅エンドだなんて、想像も出来なかったのだ。


 もちろん自滅ではない。

 そういうストーリーだったのだ。


 ちなみに過去作では、そういう結末は存在していない。

 そんな鬱エンドがあったのなら、とっくに警戒している。

 つまり、心の準備をしていた、という意味で。


「マジありえねえ……ありえねえ……」

 京太郎の声が震える。


 ラスボス戦に至るまでに、ラストダンジョン内で仲間が一人、また一人と強制的に離脱させられ、実際にラスボスと戦闘出来たのは、主人公たった一人。


 そのうえ倒すことが出来ても、何故か致死性の呪いで主人公はラスボスの道連れとして殺されてしまうのだ。


「何が『倒せてよかった』だよ……。

 お前が生きて戻れなけりゃ、意味ねえだろうが……。

 なあ、この戦いが終わったら田舎で農業でもやりてえとか言ってたじゃねえか。

 夢のスローライフ、どこ行ったんだよぉ……。

 なあ! なあああああああああああ!」 


 京太郎は空のペットボトルを握り潰しながら、モニターに向かって叫んだ。


 深夜の安アパートで絶叫する京太郎。

 壁ドンされなかったのは、運よく隣室が空いていたからだ。


「ちっくしょう…………」


 あまりのショックに、彼はゲーミングチェアの上で縮こまってしまっていた。

 やり場のない怒り。打ち砕かれた幸せなエンディング。

 この不快極まりないストーリーを作ったメーカーに、彼は心底腹が立っていた。


 どのくらいの時間が経ったのだろうか。

 カーテンの細い隙間から、わずかに光が差し込んできた。

 まだ青い光だ。


 新聞配達のバイクがアパート前で停まり、階段を駆け上がっていく音で、京太郎は夜明けが近いことに気づく。


「あっ……」

 京太郎は急に顔を上げた。


「そもそも、どうして仲間を剥がされなきゃならねえんだ?」


 根本的な疑問。

 だが、人は物語の構造に疑問を抱くようには出来ていない。

 それが受け入れたかったはずの物語であったのなら。


 一度疑問が生まれると、脳裏に次々と過去の不自然な事象が沸いてくる。


 ラストダンジョンまで来たのに、ボスの手前で仲間が全員いなくなる。

 あまりにも理不尽すぎないか?


 というか、途中で何度か聖職者を仲間にしたのに、誰一人として最後までついてくる者はいなかった。


 今にして思えば仲間が次々と『理不尽な理由』によって離脱していったのだ。


「最後まで、いてくれていたら……」


 せめて一人だけでも聖職者が最後まで一緒にいてくれていたら、主人公は死なずに済んだのに。

 討伐後、ボスの呪いを解除出来たのに。

 一体、何故?


「まさか……。だが、そんな……」


 脳内に湧き上がる、一つの疑念。

 京太郎の頬を金色の光が照らした。

 やがて彼の瞳が、太陽の炎で燃える。


「――――わざと、か」


 彼がその答えに思い至るまで、しばらく時間を要したのは、過去の記憶が燃料となって、怒りがいくつも燃え盛り、思考を遮るほどだったからだろう。

 答えに至ったら至ったで、なおさら怒りが増してしまったのだが。


 怒りに震えた京太郎はゲーミングチェアから立ち上がり、両の拳を握りしめた。


「ゆるせんッッッ!!!!!!!!!!!!」


 ビリビリ、と窓ガラスが震えた。

 アパートを揺るがすほどの京太郎の咆哮は、メーカーには届いていなかった。

 今は、まだ。



 京太郎は決心した。

 この怒りを、必ずメーカーに叩きつけてやると。


 そのために、俺は手段を選ばない、と。



     ◇



 愛するゲームを穢された恨みは、京太郎を一旦焼き尽くした。


 が、彼の怒りの炎を鎮火させたのは、他ならぬ彼自身の尿意だった。

 さきほど握りつぶしたペットボトルの中身――アイソトニック飲料が体内での役目を終え、今まさに京太郎から旅立たんと欲していたのだ。


「せっかくだし、ついでにシャワーでも浴びるか……」


 京太郎は尿意をガマンしながら手早く衣服を脱ぎ捨てると、乱雑に掴んで脱衣所の二層式洗濯機に放り込み、そのままユニットバスの扉を開けた。


 幸いこの物件の風呂場には小さいながらも窓があり、浴室がカビだらけになるのを多少なりとも防いでくれていた。そして自然な採光も得られ、朝風呂で気分をリフレッシュすることも出来る。さらに、大きなポイントとしてトイレは風呂とは別だ。

 これらは、彼がこの物件を選ぶ決め手ともなっていた。


「ふー…………」


 そんな愛すべき風呂でまず京太郎が行ったのは放尿だ。

 朝日を浴びながら、満タンからゼロになるまで一気に、元アイソトニック飲料だったものを解き放つ心地よさに、しばし怒りを忘れる京太郎。


 そして風呂場の床や内壁を水シャワーで綺麗に流すと、メントール入りのボディシャンプーを手のひらに取り、体を雑に洗っていく。


「うひいいっ」


 その後、水シャワーで流すと、メントールの冷たさと水の冷たさのダブルの刺激で一気に目が覚める。

 これは、彼が集中してゲームをプレイする際にいつも行っている、一種の気合入れのための行為だった。


 水で全てを洗い流すと彼は、両の頬を両の手のひらで、ピシャリと叩いた。


 同時に叩けば音は一つ。これは調子がいい時の音。

 そして、音が二つの時は、まだ調子が整っていないと判断し、もう一度水シャワーを浴びていた。


 今朝の音は、一つ。


「ようしッ!」


 己を奮い立たせて、ゲーマー・桜井京太郎は何をするのか。

 そこに彼のプレイするゲームは、まだない。

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