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第2話 運命を変えるために、俺は手段を選ばない。

「朝定でも食いに行くか……」


 シャワーを浴び、さっぱりした体に衣服を身に付ける京太郎。


 カンヅメ前提で食料を買い置きしてはいたものの、チェーン店の朝定食の食いでとコスパには敵わない。そもそも保存食は腐るものより高い。そして、なによりも暖かい米のメシと味噌汁が出て来るのだから、プレイ中でもなければ店で食った方がいいに決まっているのだ。

 もとより京太郎はヘビーゲーマーではあっても、引きこもりではないのだから。


 ゲーマーにとって食の確保は、実に悩ましい問題の一つだ。実家暮らしの友人たちを羨むこともあるが、時折家族にプレイの自由を阻害されたり、集中力を妨げられることを思えば、独り身の自由の方が京太郎には有難かった。

 その点、現在の住居は食の確保に関しても非常に有利で、京太郎が物件を契約する決め手の一つになっていた。


 朝日の中、京太郎はアパートのドアを開けた。自室の外に出るのは二日ぶりくらいだろうか。だいぶ白くなった朝日が彼の目に刺さる。


 アパートは駅前通りに面しているため、平日なら学生やサラリーマンが往来するのが見えるのだが、今日は休日のため人通りは少ない。

 逆に増えるのが、遠出をすると思しきスーツケースをゴロゴロ転がす人の姿だった。そんなものが目に入ったとて、京太郎がゲームをプレイすることを差し置いて旅行に興じるなど有り得はしないのだが。


 地の利上、京太郎が自炊することは少ない。なにせ五分も歩かぬうちに、定食屋や牛丼店、町中華やファミレスと、食事をする場所に事欠かないからだ。実際、一人分の食事を自炊するとなると食材のロスも大きく、結局は安い店で外食する方が経済的な選択となってしまうのだった。


 中でも外食チェーンの実施する朝定食は、群を抜いてコストパフォーマンスが高く、学食の使えない休日には絶対に外せない栄養源だ。夜通しプレイして空腹感が強いときは二食分注文したり、朝から長時間プレイする場合には、昼食用にテイクアウトすることもある。


 飲食店を物色しながら駅前通りをぶらつく京太郎が牛丼店の前で立ち止まった。


「お、そろそろスタンプ貯まるな」

 スタンプカードを財布から出した京太郎がつぶやく。

 今朝はここで決まりのようだ。



     ◇



 いつものように、おかわりのご飯と味噌汁で腹をパンパンに満たした京太郎は、帰り道でふと何かを忘れていることに気づいた。


「………………あっ! そうだ……、くっそ!」


 米と味噌汁で幸せになっている場合ではなかったのだ。

 京太郎は若干苦しくなった腹を抱え、アパートまで全力で走っていった。


 一歩ごとに怒りが復活してくる。

 己は怒っていたのだと。


 また一歩。

 裏切られた記憶。


 そしてまた一歩。

 騙された記憶が。


 京太郎の心を再び燃え上がらせる。


 ゲームではなく、

 別の何かに燃えることなど、

 なかった彼が燃やすのは、


 ――復讐の炎だ。


 炎を纏った京太郎が、アパートの階段を一段一段駆け上がっていく。

 そして、最後の一段に力強く足を掛けた――はずだったのに。


「……え?」


 彼の足は何も踏むことなく、空を切った。


「お、おわああああああああああああああああ――ッ」


 京太郎の体は姿勢を崩し、どこかに落ちていった。

 ここではない、どこかに。



     ◇



『起きよ』


 円形の広いモニタールームのような場所に声だけが響く。

 あらゆる映像を映し出したモニターが、壁一面を埋め尽くしている。


 床の真ん中で京太郎が眠っている。

 腹いっぱいで眠ってしまったせいなのか、気持ちよさそうにイビキまでかいている。時折寝返り打ち、ムニャムニャもう食べられないよ、などとベタな寝言まで言っている。


『あー……まだ起きないのかな。やっぱり食後に連れて来たのが間違いだったか』


 声の主は、ちょっと困った様子。

 己の不手際を反省しているようだ。


『おーい……、そろそろ起きないかい?』


 イビキで返事をする京太郎。

 ボリボリと腹をかいている。


『しょうがない……』


 ふと天井に穴が開くと、


 バシャーン!!


 と大量の水が京太郎の上に降って来た。

 一秒後には、金だらいもセットで落ちて来た。


「うわッ! つめた! な、ななななんだ!」


 グワングワンと床の上で回っている金だらいの横で、京太郎はガバッと起き上がった。


「なに、タライ? え? え?」


 己の置かれた状況が分からず、周囲を見回しはじめる京太郎。

 まもなく、壁のモニターの半分くらいの幅で、京太郎の様子が映し出された。

 いきなり巨大なモニターに己が現れて、驚くよりも先に、恐怖が彼を襲った。


「だ、誰だよ、こんなことして! おい! 誰だ! ここはどこだ!」


 金だらいを急いで掴み、体を隠す京太郎。

 ゲーマーの本能が成せる業なのか、防御態勢に入っている。


『やっと起きたな、京太郎』


「だ、だだだ、誰だよ! なんなんだ!」


『説明するから落ち着け』


「……わかった。ちゃんと説明しろよ」


『では右側のモニターを見よ』


 声の主が言うと、京太郎の右側のモニターが、神的な人物の画像を映しはじめた。声に合わせて口パクしてるので、LIVE映像なのだろう。

 ちなみに左側では、今朝彼がプレイしていたゲームの映像が流れている。


『私はゲームの神。お前の願いを聞き届けた……』


「は?」


『ここまでゲームに強い想いをぶつけてきた人間は久しい……』


「強い、想い……」


 京太郎は何かに気が付いた。

 何故あのゲームの映像が流れているのか……。

 ――まさか。


『いやそれじゃないから』

「じゃあ何なんだよ! のぞき見犯罪者め!」


 京太郎は勘違いしていた。己が盗撮されていたのだと。


『だからゲーム神だというのに。どうしたら信じてもらえるのかなあ?』

「やかましい! 俺を家に帰せよ! この誘拐犯! 目的は何なんだ! つかタライ落とすなよ!」


 怒りに震える京太郎は、手にした金だらいを床にバンバン叩きつけている。


『そう! その怒りだ。お前の怒りが私に届いたのだよ、京太郎。ちなみにタライは私が普段使っているもので、普通に水を汲むのに使っただけだ。他意はない』


「いか……り?」


 正面モニターには、ラスボス手前で次々と脱落していく仲間の姿が映し出されている。ここまで来ておいて、最後まで一緒に行かれないなんて。


 そうだ。このせいで主人公は――。


『思い出せ、京太郎。お前の怒り、絶望を。

 プレイヤーを裏切ったメーカーにぶつけんと、業火のごとく燃やした、お前の怒りの炎を!』


 己しか知り得ないことを、神を名乗るこいつが知っている――。


「あんた……本当に神、なのか?」

『そうだ。京太郎よ、この理不尽な運命を変えてみたいとは思わないか?』

「変えるって……。俺はただ、クソメーカーにカチコミして文句を言ってやろうと……」


 改めて己が行おうとしたことを考えると、ただの不法侵入クレーマーでしかないことに気づき、怒りがしぼんでいくのを感じた。


『己を恥じることはない、京太郎よ』


「でもよ……じゃあ、どうやって変えるんだよ。ゲームはもう売られちまった後なんだぞ?」


『お前が変えるのだ。あの世界で』

「あの世界で?」

『私がお前をゲームの中に送り届けてやる。己の手で呪われた運命を変えてみせよ』

「それってまさか……異世界転生?」

『みたいなやつだ』

「いや、でも、そんな、いやいやいや困りますって急にそんな」


『怒ってたじゃん! なんとかしたいって思ってたじゃん! だから叶えてやろうつってんだよ! ゲーム神のこの気持ち、わっかんないのかな!?』


「あ……はい?」


『最近のゲーマーはさあ、とかく面倒なことはスルーしようとするし、ちょっと大変だとすぐ投げるし、作る方も作る方でソシャゲだのなんのとゲームもどきばっかだし、ゲーマー魂を燃やすようなプレイヤーがめっきり減ってしまったんだよ』


「まあ……。で、減るとどうなるんです?」


『弱くなる』

「信仰心みたいなもんか……」


『そうだよ! だから京太郎、お前の強い強い怨念の炎がドストレートに私のところにブッ刺さってきたんだよ! わかる? 愛しいゲーマーの怒りの声が届いたこの気持ちが! この喜びが!』


「……はい」

『そこ! ちょっと、哀れむのやめてくれる? まだそこまで零落してないから!』

「すんません……で?」

『だから、あのゲームの世界に行って、望む結末を己の手で掴んで来いよ!』

「ハア……。それで現実は変わるのか?」

『変わる』


 京太郎はじっと神を見た。


『疑ってるな?』

「まあ。……というか俺、戻れるのか?」

『トゥルーエンドを見せてもらえれば、な』

「トゥルーエンド……」


 プログラムされた以上に本物のエンディングなど存在しない。

 では、神の言うトゥルーエンドとは一体?


『それは、お前の望む結末に他ならない。行け、京太郎よ!

 運命を変えるために、手段を選ぶな!』


「ああ……。ああ! やってやるぜ!

 トゥルーエンドのためなら、俺は手段を選ばないぜ!」


 京太郎の瞳に炎が再び灯ったのを、神は嬉しそうに見ていた。

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